第10話 領都へ

 我々はルーク卿とあの村での出来事を、ディールオ卿に報告、或いは問いただすために領都へ向かっていた。途中、町で行商人に修道会への手紙を頼んだが、王国内と違って南部では手紙が確実に届くわけではない。開封されたり、捨てられたりして終わり――ということもある。それもあって、修道会では古王国の文面でやり取りしていた。


 さて、というからには当然、私ひとりでの旅ではなかった。


「修道院というものは面白い。今まで興味が無かったが、インクや羊皮紙から薬まで、何でも作っているのだな」


 ゲイゼルは、先程私が手紙を書いたことで私を貴族か何かの生まれかと聞いてきた。手紙なんてものは平民からすると貴族だけの特別な習慣だからだという。ただ、修道会や聖堂ではたくさんの書物が作られるため、羊皮紙やインクなどは各地の修道院で作っていたし、端切れはいくつも持っていた。その他にも、薬、水時計、髪染め、化粧品、酒、蒸留酒、玻璃など、ギルドを介さずに各地の修道院独自の技術で作っている物が多く在った。


「ほとんどは王国の貴族向けの高級品ばかりですけどね」

「しかし、あの骨の補助具というのは初めて見たし聞いたこともなかった」


「ええ、何しろ最近作られたばかりの技術ですから」

「新しい技術なのか?」


「死体を動かす秘儀というものは古王国の時代から受け継がれてきました。その中には骨だけになった人間を動かし、財宝を守らせるすべもあったのです。食べず、眠らず、永遠に財宝を守ってくれる。骨だけなら腐りませんしね」

「だが骨だけの戦士は軽い。そこだけはどうしても欠点になる」


「戦ったことがあるのですか?」

「ああ、昔な」


「昔って?」

「今は何年だ?」


「初代ヴァタウ王が鉱国を建国されてから1674年――鉱紀1674年になります」

「即答か。さすが修道会だ」


 聖堂や修道院には歴史が残っている。修道女としては当然の知識だった。


「茶化さないでください。それで?」

「30年くらい前だろうか……」


「さすがは祝福を授かっただけありますね。長生きされてるということですよね?」

「祝福か。得たいときには得られず、不要になってから手に入ってもな……」


 覇気のない、諦めの混じった声でゲイゼルは言った。

 年を取ってから祝福を得たと言う事だろうか? 魔術師などはその道をきわめてから祝福を得ることが多く、若くして授かることは極めて稀だと言う話だった。彼も同じということか? ただ、あの面頬ヴァイザーの下から覗き見た顔は老人のそれではなかったはず……。


「ともかく、財宝を守らせるのに使えるくらいなら、身体の補助くらいには使えるだろうと。ただ、残念なことに膝にしか使えないんですよ」

「何故だ?」


「人の身体の関節のうち、軸一本で動きを揃えられるのが膝だけだったのです」


 そう言って、私は歩きながら手首や肩を回して見せる。


「肘はどうなんだ?」

「肘の先は骨が二本に分かれていて、交差したり平行になることで回転するのです」


 なるほど――と彼は自分の肘を動かすが、その腕鎧の上からでは何もわかるまい。


 彼はおかしなことに鎧を一切脱がない。腐臭がまだ残っているから体くらい清めるよう言ったのだけれど、彼が言うには――この鎧には、夜の間に中身を清浄にする魔術が組み込まれているから問題ない――と。実際、朝になると臭いは無くなっていたので文句は言えなかったが、かたくなに鎧を脱がない彼に納得がいかなかった。


「ともかく、膝だけなんとかなれば意外と歩けたんですよ。大発見でしょ?」

「まるで自分が見つけたかのように言うのだな」


「見つけたんですよ、自分で! 修道院は施療院も兼ねていて、足の悪い人も治療のため大勢やってきます。その人たちが歩けるようにと研究したのです」

「それはまた……若いのに素晴らしい。その探求心こそが神々の祝福された才能だ」


 ――それはどうでしょうか。結局、私は祝福を授かることはありませんでした。


「茶化さないでください……」

「いや、茶化してなんかいない。心から感心しているのだ。――そうか……こんな荒れた世界にもアミラのような希望に溢れた若者が居てくれたのだな……」


 ゲイゼルは独り言ちるように呟いた。


「お年寄りみたいですよ、まるで。ゲイゼル、貴方はいったい何歳なのですか?」

「もう年寄りだよ。本当なら墓の下にいるはずだったし、その方がよかった……」


 表情こそ読めなかったが、その言葉には哀しさが感じられた。


「……生きるのが辛いというのなら、祝福を神へお返しするという方法もあります。先の魔王を葬った勇者様は、妻の聖騎士様と共に祝福を神へとお返しし、安らかな余生を送ったという話です」

「…………」


「……ゲイゼル?」

「ん? ああ、そうだな。そうできれば良いのだが、オレにはまだやり残したことがある」


「そうですね、祝福には神の使命が伴うといいますから」


 ただ、それなら何故、私のような者についてくるのだろうか。

 ゲイゼルはユリアの家を出発する私へ、一緒についていかせてくれと言い始めたのだ。旅の邪魔はしないし、護衛もするからと。修道会の一員とは言え、確かに女の一人旅は危険ではあったが、これでも私なりの覚悟を以て臨んだ使命だ。何より、私に同行して彼に何の得があるのだろうか。







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