第17話 鉱紀1613年5月
私が居た。
まだ少し肌寒いが、日差しの暖かな森の中を進む私が居た。
右を見る。
そこにはアネッサが居た。アネッサは従騎士から騎士になって間もない。希望に満ちた明るい顔をしていた。
左を見る。
レグレイが居た。彼女は騎士として長く王国に仕えていた。私に剣を教えてくれた師匠でもあり、今は聖騎士である私の護衛であり仲間だった。
後ろを見る。
そこには三人の仲間がいた。いずれも王国が、私の聖騎士としての初めての討伐のために集めてくれた仲間だ。
この時の私は13歳だった。
13歳というと、小さい頃の想像ではまだまだ子供で、仕事をするにしても見習いの徒弟。それが聖騎士の祝福のせいで身体は完全に大人のように成長していた。私自身も神様から授けられた祝福に応えるため、魔族との戦いに命を賭して挑んでいた……つもりだった。
「この森の奥に棲む魔族が周辺の村々を襲い、手が付けられないのでございます。そこを何卒、聖騎士様にお救い頂きたく、国王陛下に嘆願書をお送りしました次第でございます」
我々を先導する近くの村の長老。彼は危険な場所にも拘らず、自分が行かねばとここまでやってきていた。
今回の魔族というのは、近辺の村々を襲い家畜を食らう、聞いただけではまるで
◇◇◇◇◇
「おお、あれは! あれは魔族が手下にしている
長老が指す先には魔族の手下というにはあまりに小さな兎が居た。普通の兎よりはいくらか大きく見えるが、ウサギには変わりなかった。
「なんだ、可愛らしいじゃないか」
レグレイが言った。
――あれが可愛らしい??――私は何か違和感を覚える。
長老の説明では極めて狂暴なウサギだという。
そうだ、狂暴なウサギだった。私は右手の魔剣で――。
『人間共め、皆殺しにしてやるわ!』
どこからか声が聞こえた。辺りを見渡すが何も居ない。
『……がしかし、あの女だけは殺すなとはどういう訳か。殺さず追い詰めよとはどういう訳か。聖騎士など、若いうちに殺してしまえばよいのに』
どういうことか、その声だけが頭に響き、話している者が居ない。
聖騎士――というのは間違いなく私の事を言っている。喋っているのは――そう、私は魔族が喋ることを知った――こんなことを喋るのは魔族しかありえない。
『まあよいわ。聖騎士なら早々死ぬまい。
その言葉の通り、身体が空中へ浮き、空へ向かった落ちた!
周りの皆も混乱していた。
「
「
「聖騎士様、ご自身をお守りください!」
「どっ、どうすれば!?」
私自身も意に反して慌てていた。
だが、私は叫んだ。
「アネッサ! レグレイ! こっちに手を伸ばして!!」
しかし、二人がこちらへ手を伸ばすことは無かった。
どんどん近づく地面に、私は
右を見る。
アネッサの両脚は砕けていた。
アネッサはこの後、生き延びることはできたが、二度と騎士の務めは果たすことができなくなった。そしてあの明るい顔を見ることは二度となかった。
左を見る。
レグレイは気を失っていた。
レグレイはこの後、何とか復帰できたが、二年後、命を落とした。私が不甲斐ないばかりに……。師匠にはもっと教わりたいことがたくさんあった……。
後ろを見る。
この後の事は全部覚えている。
魔術師のメーネは優秀だった。国王に仕える魔術師で、最近、自分よりも優秀な弟子を迎えたと喜んでいた。彼女はこのあと心臓をひと突きされ、倒れる。
聖堂騎士のユアンナはこの直後に受けた左腕への負傷が悪化し、最後には気が触れて亡くなった。ひと時は回復したのだ。腕の負傷にも挫けなかった。それなのに……。
同じく聖堂騎士のラノは脚を失った。彼女もまたユアンナと同じく、最後には気が触れて亡くなった。二人は死ぬ直前に錯乱し、周囲の者を巻き添えにしたらしい。民を守る聖堂騎士として、あまりにも憐れな最後だった。
私は…………私はこの時どうしていただろう…………。
いつの間にか、私は自分自身を離れた場所から見ていた。
私は…………戦っていた。震える足を必死に動かし前へ進み、ウサギを切り刻んだ。
憎かったのだ。ウサギではなく、自分自身が。聖騎士ならば味方くらい守れたはず。それができなかった自分を許せなかった。
動かなくなったウサギを前に、私は胸に手を当てていた。そこには……その鎧の下には大事なペンダントがあった。首からかけたペンダントの存在を感じ、自らを奮い立たせていたのだ。
ただ、この頃はまだ抵抗できていたんだ……。私はこの後、何度も……何度も何度も何度も……無力さを味わい、だがそれでも逃げ出すことができず、戦場に立ち続けるしかなかった……。
『愉快、愉快。皆殺しよりもこの方が追い詰められそうだ』
また声が聞こえた。佇む私にはその意味が分からなかったが、その声の主は嘲笑っていた。
ただ、少なくとも斬り裂かれたウサギが発した言葉ではなかったらしい。
では誰の言葉だったのだろう……。
離れた場所から自分たちの姿を眺め観ていると、ふと、私は気が付いた。
村の長老が、不気味な顔で嗤ってたことに……。
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