第7話 ゲイゼル
ドサリ――と音がした。
ハッ――と我に返ると、そこは先程までの村の広場だった。黒い泥濘の上に死んだ
「魔石ダ」
男は滅びゆく魔族の身体から黒い塊を引き抜くと、私の前に見せた。
「今のは!? いま、ここに沢山の死体があった! 見たでしょう!? 貴方も
我慢していた言葉が溢れ出し、その勢いで彼へと問いただした。あんな恐ろしい場所に独りだけで居たなんて考えたくなかった。せめて共感してもらえればと
何を話しているのか。白昼夢のようなものを見たが、それはほんの一瞬の出来事で、だんだんと記憶が曖昧になっていく。ただ、冷え切った身体にあの温もりがあった感触だけは強く残っていた……。
「……魔石があデば、魔剣を打デる」
男はまるで興味が無いかのように話を続けた。
ふぅ――と諦めて溜息を吐き、彼の話の相手をする。
「貴方、魔剣を打てるのですか?」
鉄塊の男は首を傾げたのか僅かに頭を傾かせた。
「鎧鍛冶が魔剣を打デるわけがないだろう。それよりも腕を止めデくれ……」
「貴方、いったい何者なのです? さっきの……私の力が無くても自分でどうにかできるのではないですか?」
ガン!――と、突然自分の腕で自分の頭を殴る男! 私が話しかけているのに!
「――なに!? いったい何事!?」
ボタリ――と
「思った通り、
急にベラベラと喋り始めた男に呆気にとられる。
「あ、あなたのような非常識な存在に言われたくはありません!」
「ゲイゼルだ」
「はい?」
「名前だ。思い出した、ゲイゼルだ」
いくらか枯れた低い声で返した鉄塊の男はしかし、先ほど
◇◇◇◇◇
私は
「ゲイゼルは何故この村に居たのですか? 村人では無いでしょう?」
ゲイゼルはというと、鎧も脱がず、自らの手当てもせずに佇んでいた。こちらが心配しても――勝手に魔法の力で治るから気にするな――と。
――気にしない訳がないでしょう!
結局、あれだけの出血も今は止まっているようなので口を出せないでいた。
「待っていたのだ」
「さっきも聞きましたが何を? 私ではないでしょう?」
ゲイゼルはいくらか黙り込む。
「…………いや、もしかするとお前さんなのかもしれない」
「さっきも言いましたが、お前さんではなく、アミラと」
「もしかするとアミラを待っていたのかもしれない」
「システィルを…………まあいいです。――私に何か用があったのですか?」
「いいや。だが、お前さ……アミラを待てと言う事だったのかもしれない」
「誰かから指示を?」
「オレを救ってくれた女神からだ。だから浮浪者たちに交じってここで待っていた。最初はあの
ゲイゼルは神々からの啓示を授かったのだろうか。神から祝福や啓示を授かることは稀だが確かにあった。神は祝福で勇者を選ぶし、どのような祝福でも、
「浮浪者ではありません……あれはここの村人です」
「そのようだな」
ゲイゼルは兵士と
「残念ながら我々には彼らの魂を呼び戻すことはできません。いま身体に入っているのは魔法的な
「ここで火葬すれば良いではないか」
「統治するディールオ卿がそれを許さないでしょう。木材は薪と言えど管理され高騰し、村人には容易に手に入らなくなっています。私が世話になった家のように、亡くなった夫を火葬するため、僅かずつの薪を買い貯めている妻さえ居るのです」
「この村はそんなことになっていたのか……」
「貴方はこの近くの人ではないのですか?」
そう問うと、逡巡……しているのかは表情が見えないためわからないが、答えに詰まるゲイゼル。
「生まれはともかく、ここへ来るのは久しぶりだ。そもそも人と話すのも何十年ぶりか。お陰で声まで錆びついていた。フフッ」
ゲイゼルはそんな冗談を言って笑う。
◇◇◇◇◇
「アミラぁ! アミラ!」
通りの方から女の子の声。
見ると、キミニが駆けてきていた。しかも裸足で。
「キミニ! ママの言うことを聞いてくださいとあれほど……」
「申し訳ありません、
「アミラぁ、よかったぁ」
「心配してくださったのですね、キミニ。ありがとう。――ヴァトはどうしました?」
「先に帰して父にあらましを告げに……」
「そうですか。ルーク卿は……居なくなりましたからおそらく大丈夫。旦那さんを家に帰しましょう。領主は我々の方で説得してみます」
「ですが……」
「弔いもせずに争いばかり続けている方がおかしいのですよ、ええ」
私は自分に言い聞かせるようにそう言った。ゲイゼルの言う通りだ。彼らをここで弔う方が彼らのためにも、村人のためにもなる。
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