第6話 黒い翼

を動ガしたアレをもう一度やっデくれ……」


 鉄塊の男は言った。先ほどよりもいくらか流暢に。

 アレ――というと、私のアルルーナの力しか思い当たらない。


「ですが人形の力はあなたの動きの邪魔にしかならないのでは!?」

「いいガら、やっデくれ――」


 ゴッ!――とその間にも、光の槍を受け止め続ける鉄塊の男。


「グゲケケケケ! 女と喋ってイル暇などナイぞ!」


 光の槍はさらに激しさが増し、その先端は高熱でもあるのか地を薙ぐと蒸気さえ立ちのぼっていた。ユリアが繋ぎ止められていた石の台座は粉々に砕けた。振るわれるたびに耳をつんざく奇怪な音を立てた。


 さらには鉄塊の男が防戦一方と見て取るや――


燃えよブレイズ!」


 短い詠唱にも拘らず、魔族は魔術をひとつ紡ぐと、その胸から火の玉を吐いた!

 赤く輝く火の玉に包まれる鉄塊の男は両の盾をかざして身を丸めていた。


 黒妖犬の炎と違って明らかに男の動きが鈍る。


「ゴいつを……葬るのダ……」


 ――ならば!


打ち倒せフェル! お前の敵をフィアンダフィナ!」





 黒い――黒い翼を広げたように見えたんだ。


 鉄塊の男の背中から、本来の腕とは別の一対の長い腕が背後に向けて飛び出した。その先端は爪のように三つに分かれていた。黒い翼のようにも見えたそれは、羽ばたくようにひと振るいされると、彼の両腕の脇を通って下から鞭のようなしなやかさで振るわれた。


「ナ……ナンだこれは…………」


 三つに分かれた先端は、今や一本の剣のようになって眠らずの光の守護者ヘルヴィジランテの腋の下を貫いていた、鎧を纏っていても致命傷となるような場所だったが、それは魔族でも同じなのだろうか。


「コレは…………こんなコトがあって…………光のヘル――」


 ドバッ!


 魔族の上半身は四散した。一本の剣が再び三つに分かれたのだ。

 ぐらりと揺らいだ魔族の巨体はそのまま泥の中に伏せ――――













 ドサリ――と音がしたはずだった。

 突然、周囲が暗くなった。最初に、空が暗いことに気が付いた。魔族の力だろうか? 空には暗雲が立ち込め、稲光が雲の中を駆け巡っているのが見えた。


 次に気が付いたのは足元。石畳だった。足元を黒い泥濘ではなく、整然と並んだ石畳が覆っていた。そして建物の影。曇天に浮かぶ建物の黒い影は、村というよりは大きな建物のある町だった。広場の周りには建物がひしめきあっていたが、いくつかの建物は倒壊していた。暗くはあったが、広場の広さや目立つ建物の位置から今の今まで居た村の広場だということは何となくわかったけれど、何故か私の足元はふわふわとしていた。


『スバらしい、よくぞこれだけの魂をアツめた……』


 聞き覚えのあるに振り向き、身構えた。


 そこにはつい今しがた鉄塊の男に斬り裂かれ、倒れたはずの眠らずの光の守護者ヘルヴィジランテのルキが居たのだ! しかも傷ひとつない身体で、おまけにルーク卿の鎧も皮も無く……


 ――いや、おかしい。


 何かがおかしかった。その疑問のおかげか、私は慌てふためかずに済んでいた。


 それは……その理由はルキがこちらを全く意識していなかったからだ。まるで私が見えていないかのようにそこに立ち、私ではない誰かに話しかけていた。


『よくやった。望みドオり、其方に不老不死をアタえよう……』


 ルキが赤い光の玉をそっと押し出すと、それは辺りを照らしながらゆっくりと飛んでいく。ただ、私は飛んでいく先には目をやらなかった。いや、目をやる余裕がなかったのだ。赤い光が照らし出す広場の石畳の上には、大勢の人が!…………男も、女も、老人も子供も関係ない。おびただしい数の人が折り重なるように倒れていたのだ!


 私は背中を丸め、吐き気を抑えるように片手で口を塞ぎ、もう片方の手で心臓が飛び出さないようにと胸を抑えた。心が壊れてしまいそうだった。それほどに恐ろしかった。倒れた人々は誰もが恐怖に顔を引きつらせていて、安らかな死などどこにも在りはしなかった。


 気が遠くなりそうになり、ふらつき、倒れそうになったところを硬い腕が支えてくれた。


 ――あたたかい……。


 それは鉄の腕だったが不思議と金属の冷たさはなく、私は落ち着きを取り戻し――。






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