第8話 脚の骨

 パチパチ――と薪の爆ぜる音が広場中に響き渡る。夜のとばりが降りた広場を、赤い炎が照らしていた。



 あれから私はルーク卿の屋敷へ乗り込んで火葬のための大量の薪を供出させた。あのルキは、魔族の癖に泥炭の匂いを嫌って屋敷では薪を使っていたのだ。思えば確かに、あの屋敷では泥炭の独特の臭いがしなかった。兵士の一部も協力してくれ、広場ごと火で清め、亡くなった村人たちを弔う事となった。


 祈りは捧げられても、この村での弔い方は知らなかったため、ユリアの父親――マニウスに出向いてもらった。荷車に乗せて馬で牽いてきてもらったのだ。棺を作る余裕さえ無かったが、早く良く燃えるようにと火葬台が組まれた。


 人形となった死人たちには既にかつての魂は無かったが、縁者たちは彼らに向かって最後の別れを告げ、ねんごろにとむらった。残された者が納得することが大事なのだが、それさえも難しいのが今の世の中だった。



 弔い終えたのは四日後だった。結局、火葬台が崩れた際に骨が混じり合ったりして、半ば誰の物かもわからないような状態だったが、村人たちは丁寧に骨を拾い集めて古い共同の霊廟に収めた。私は彼らから深く感謝された。ユリアたちにも、そしてあれだけ不愛想だったマニウスにも感謝されると、使命とは言えむず痒くもあった。



 結局のところ、彼らが死んだ理由は横暴なルーク卿に反抗しての事だった。今の世の中ではそう珍しくもない理由。


 ディールオ卿が背後に居ることもあって長年耐え忍んでいたところを、ヴァトの父親が処刑されたことをきっかけにして火種は徐々に大きくなり、ついに村人が蜂起したのだ。武器を手に屋敷へ向かったところで突然の。彼らは広場に運ばれたりして集められ、どこにも逃げられずに最期を迎えたようだ……。







 ◇◇◇◇◇



「わかった、脚の骨だ!」


 キミニとヴァトが同時にそう答えた。


「そうですね。キミニのパパと同じ、丈夫でしっかりとした骨です」


 弔いでの疲れを癒すためもあった。私はユリアの家で木彫りを再開していた。弔いの際、樫のしっかりとした端切れをいくつか拾って作り直していたが、二日かけてようやく形になってきたのだ。


 弔いの際に気が付いた。子供たちは人骨を見慣れていた。この時代と言うこともあったが、この村の霊廟はかなり規模の大きなものだった。かつてここが町であった時代から使われていた霊廟だろう。そしてつまり、霊廟があるということは火葬か、或いは土葬して何年か経った後に掘り返し、骨を洗って霊廟へ納める風習があるのだ。だから骨は見慣れていてもおかしくはない。実際、掘り返されないまま無縁となった墓がいくつも残る墓地がこの近くにあった。


「手慣れたものだな」


 ゲイゼルもまた、ユリアの家でこの数日、厄介になっていた。ただ、夜はいつも外で眠るし、驚いたことに彼は食事を取らなかった。食べないと体に悪いと忠告したのだが、自分は食事を取らなくても死にはしない身体なのだと言って聞かなかった。どのような祝福を受けたのか理解もできなかったが、食事を取らなくていいことと食事を楽しむことはまた別だ。食事を楽しもうとしない彼に寂しさを感じた。


「修道院では暇さえあればこのようなことをしておりましたから。あとは体術」

「なるほど」


 ただ、体術はあまり役に立たないことが判明した。少し自信を無くす。


「――ここはどうしてこのような形をしているのだ? 骨はこんな風になっていないだろう」

「ああ、これはですね、関節だけ人の骨らしくあれば十分なのです。あとはこう、太腿と脛に縛り付けるための形でして……」


 ゲイゼルは私の木彫りに、キミニやヴァトたち以上に興味を示してきた。鎧鍛冶――そう名乗っていたが、職人としての癖なのだろうか。三人に並んで作業を見られていると、少しだけ気恥ずかしくもあった。



 ◇◇◇◇◇



 やすりを丁寧にかけ終えた後、亜麻仁油を塗って最後に鹿革で磨き上げるとは完成した。ゲイゼルにマニウスを居間まで運んでもらい、革の帯で太腿と脛に縛り付けていき、最後に祈りを捧げる。


「こんなもの……邪魔なだけ……」

「じいじ!」


 祝祷の間に、悪態をついた祖父を戒めるキミニ。私は彼女らに微笑む。

 そして最後に古王国の言葉で命じた。


彼の支えとなれヴェルホヌムストゥルクル!」



「……何も変わらんではないか」

「立ってみてください」


「なんだと?」

「立ってみてください。自分の力で」


 ほら――と孫にうながされ、バツの悪い顔で立ち上がろうとするマニウス。だが――


「……無理だ。この膝では」

「最初はそんなものです。それに、にも何を補えばいいかわからないのですよ。何故なら、貴方が本当に立とうとしていないから」


「じいじ?」――キミニが首を傾げる。


 孫に恥ずかしい姿を見せたくなかったのか。とにかくマニウスは意を決したのだ。


 フン!――と、力を入れるも、やはりそう簡単には動かない。


「ヴァト、キミリと一緒におじい様の手を、手前に力いっぱい引っ張ってあげてください」

「そんなことをすると前に転んでしまうぞ」


 いいからほら!――と二人に告げると、二人は頷き合い、容赦なく引っ張ってくれた。


 そして……引っ張られたマニウスは無事に立ち上がってくれたのだ。孫たちを押し潰さないように。


「こ、これは…………儂は転ばないようにと思っただけなのに」


 マニウスは安定してその場へ立ち上がれたことに目を見開いていた。


「人は立とうと思って立つのではなく、前に転ぼうとしたのを踏みとどまることで結果として立ち上がるだけなのです。貴方の意思がそうさせたのですよ」


 念のため――伝わるかどうかはともかく――ゲイゼルに目で合図を送っておいたが、無用だったようだ。


「――歩くのも同じです。ただ、慣れないうちは人形が――」


 言い終わらないうちにマニウスは身体を自ら傾かせ、太腿を上げて一歩を踏み出した。さらには二歩、三歩と。いくらか危なっかしくはあったが、恐れず歩いていた。さすがは元戦士か。


「凄い、凄い、ああ、なんてことだろう……」

「お父さん……」


「ありがとう修道女様マテル。こんな素晴らしいものを授けてくれるなんて……」

「じいじ、よかったね! アミラはすごいんだよ」


 ああ、ああ――と、マニウスは顔を綻ばせ、孫の前で涙を零さないように百面相をして耐えていた。


「丈夫な樫で作りましたが、嵩張るのでぶつけないように。それから、力仕事は避けてくださいね」


 マニウスやユリア、キミニにはとても感謝された。

 ただ、ひとり考え込んでいたヴァト。


「システィル・アミラ。この木の骨って僕でも作れますか?」


「作ってみたいのですか? ええ、簡単ではありませんがヴァトにもきっとできますよ。もし、傷んだりした場合に代わりがあれば、セナト=ロクウィム修道会で力を注いで貰うだけで治すことができるでしょう」


 そう伝えると、ヴァトは希望に満ちた目を輝かせた。こういった人形はいくらでも需要があるが、骨に似せて作るのはそう簡単ではない。文字通り魂を篭めねばならないだろう。ただ、ヴァトならきっと、世話になっているこの家に恩を返すことができる日が来るだろう。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る