第3話 アルルーナ

「フりゃあ!」


 こちらへ向かってきた二人の兵士。他の二人はキミニらを逃すまいと回り込む。私はキミニらの方へと下がりながら、そのうちの一人が掴みかかってきたところを顎を狙って掌底を繰り出したのだ。


 ぐぁっ――私の右手は兵士の顎を捉える!


「…………痛っテ、この小娘!」


「えっ、それだけですか!?」


 男は顎を撫でるものの、依然として私に向かってくる様子。決して小柄では無かったが、せいぜい13才の娘の拳に大人の男をす力は無かった。それどころか掌が痛い。


「小娘の拳なんざ効くか!」


 じゃあ――と今度は勢いをつけて飛び蹴りを食らわせた!


 ――が、硬いブーツの底での一撃は、思ったよりも安定した体幹と厚い胸当てに余裕をもって阻まれ、私は慌てて距離を取る。


「――これで終わりか? 大人しくルーク様の言葉に従え!」


 兵士二人は余裕の笑みで、指を組んでボキボキと鳴らしながら近づいてくる。


「いやあ、まだまだです」


 そう言って苦笑いを浮かべるが――修道士パテルのブローディ・ソグネとブローディ・カランドラは私の体術は筋がいいと言ってくれていた……はずなのにおかしい。ただもうひとつ、外では争ってはならないとも言われていたけれど……。


「お姉ちゃ! アミラ! アミラ!」

「キミニに触るな!!」

「キミニ! 逃げて!」


 手こずっている間にも、逃げ惑うヴァトとキミニが兵士たちに追い詰められていた。キミニを案じて叫ぶユリアに至っては、手枷の鎖を何かの台座に打ち止められていた。


 ――これは……これは緊急事態に値しますよね!


 これまでこのような荒事あらごとの経験は無かったが、例えば身を守らなければならないような、何事にも代えられない緊急事態に於いて、私には奥の手がひとつあった。ただそれは、あまり褒められたことでは無かったし、修道会からも査問に掛けられる可能性もあった。がしかし――



 私は意を決して短い精神の集中と共に古王国の言葉で命じる。


眠りから目覚めよヴァキスーイフィロス! 我らを守れヴァルヴェイトス!」


 ドカッ!――その短い詠唱の間にも、私は頬を殴られて地面の泥へ倒れ込む。


「神へ祈ったところで誰にも助けには来てもらえねえぜ」

「まったくだ。今の世に、神なんぞ力があるか」


 地面に伏せた私を見降ろす二人は醜悪な笑みを浮かべる。

 だが――


「パパ!」


 その声と同時に二人の兵士も目を見張った。


「何だこれは……」

「し、死人が……」


 異臭が広がると共に、広場に横たわる死体の内の20体ほどが身を起こす。


「死人じゃないでしょう。彼らは病人と言ったではありませんか!」


 起き上がった村人たちは、武器を手に私の前の二人の兵士に相対あいたいするように割り込んできた。二人の兵士も後退あとずさる。


「ヒィィッ! し、死んだ村人たちが!」

「ガイウス!? こ、こっちへ来るなぁぁ!」

「やめてくれマルク……俺が悪いんじゃない……俺が悪いんじゃ……」


 後ろの6体にはキミニたちを守らせたが、兵士たちは立ち上がった村人たちを前に混乱し、怯えていた。


 ――ユリアの傍にも何人か寄越して助けないと……。


「こ、これは……ルーク様、これはいったい!?」


 目の前の一人が振り返ってルーク卿に助けを求めた。


「怯むな、愚か者! 死人使いの魔族デオフォルなぞ、今更珍しくもない!」


 流石、ルーク卿は目の前の光景に動揺ひとつ見せず構えていた。殺し合いに慣れ過ぎた人間は今更死人が蘇ったくらいでは驚きもしないのだろう。ただ、兵士たちは尻込みしていた。魔族デオフォルは、この世界では未だに脅威であったし、ただの一体で大勢の兵士を葬ることも珍しくないという。だけど――


魔族デオフォルや死人使いなどと一緒にされるとは聞き捨てなりません――」


 私はユリアの傍へ向かわせた人形たちを指先の動体詠唱ソマティックで操って、鎖を止める輪釘ピトンを外させようとした。ユリアも動揺していたが、今は説明している暇がなかった。さらに、未だキミニたちをさらおうとうかがう男へ武器を振るって牽制させた。


「――私はセナト=ロクウィムの人形使いアルルーナ! 修道女マテルの一人として、貴方がたの蛮行を見過ごすわけには参りません!」


 修道会の力は主神あるじがみの聖堂を背景としていたが、聖堂の本拠地が存在する王国内ほど大きくはない。ただ、信仰の薄い、混沌とした南部でこそ我々修道会というものは存在する意義がある。彼らのような蛮行を排除し、人々を救う事こそ戦神いくさがみたる主神あるじがみへの信仰の本懐だ。



 ◇◇◇◇◇



 今や人形ひとがたとした村人たちを前に、立ちはだかるのはルーク卿のみ。兵士たちは怯え切っていたし、キミニたちに手を出そうとした兵士は人形たちに打ち据えられていた。にも拘らず、ルーク卿は余裕の笑みを浮かべていた。

 そして――


「来たな……」


 そう呟くルーク卿。何の話かと思ったが、それは屋敷へと続く道から聞こえくる獣の息遣いによって理解させられた。


 ガルルルッ!――唸り声を上げて現れ出でたのは黒妖犬ブラックドッグだった。


 黒妖犬ブラックドッグは単体では性質も大人しく、ただの墓守の妖精でしかない。それは人食い鬼オーガとて同じことで、単独であれば温厚な人食い鬼オーガさえ存在すると言う。だが妖精は、一度ひとたび群れを成すと性質が変貌し極めて残虐となる。


「まさか黒妖犬がこの病人たちを守っていたというのですか?」


「小娘よ、お前はやつらの縄張りに手を出したのだ」


 私を守る人形となった村人たちに襲い来る4体の黒妖犬。人形は動きが鈍い訳では無いが、元来が村人であるだけにそれほど強い訳では無い。加えて私が操るにも限界がある。


 武器を振るわせるも、大鎌サイズ二叉フォークでは素早い黒妖犬には当てられずにいた。せいぜいが振り回して距離を取らせる程度。こちらにも向かおうとする黒妖犬の前に人形を立たせて守らせるも、次々と黒妖犬に噛みつかれ、引き倒される人形たち。


 ――既に一度死んだ彼らを再び傷つけたくはないのに!


「あんたも動いてっ!」――思わず乱暴な言葉遣いになってしまう。


 黒妖犬に噛みつかれてもなんとかできそうな人形が一体だけ居たのだ。あの金属の塊のような鎧の村人だ。あれを何とかできればと思ったが、この人形だけ妙に重い。ただ鎧が重いだけならばアルルーナの力にはそれほど影響が無いはずだったが、思うように動かなかった。


 次々と人形が引き倒され、動かなくなっていくなか、ようやく鎧の人形を黒妖犬の前に立たせることができた。が……


「オで…………こデは…………なに…………?」


 死人が喋ったのだ…………。






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