第12話 高い買い物

部屋中に並んだドレスに呆気に取られていると、イルミネル様があるドレスの前で立ち止まった。


「これなんてどうかな?」

そのドレスは朱色の生地の上に銀で全面に刺繍された白いオーガンジーの生地が重ねられていて、一目で上質なものだとわかる。


「大変素敵なドレスですが、私には似合わないような気がいたします……。

朱色のドレスは着たことがないですし……。」


「そうかな?私はこれを着たミスティカ嬢がみたいな。

着てみて気に入らなかったら他のを試したらいいよ。

今日は1日予定を入れなかったからね。

時間はたっぷりある。

僕は別室に待機しているから。

ミスティカ嬢の美しい姿、楽しみにしているよ。」


またもや言い逃げされてしまって、1人赤面した私は取り残された。


「ふふふ。あのように楽しそうな若様は初めて見ました。

さてご期待に添えるように張り切ってお支度をいたしましょうか。」


デザイナーはテキパキと準備をして、あっという間にドレスを着せてくれた。

ただ、やっぱり私にはあまり似合わないような気がする。


「やっぱりあんまり似合いませんね……。

こんなに素敵なドレスは私にはもったいないですわ。」


「あらあら。そんなことございませんわよ。

若様の見立ては流石でございます。

ただ、お嬢様は普段着に合わせるようなヘアセットとメイクですので、少しだけ手直しさせていただきますね。」


そう言ってデザイナーは、私を鏡台の前に座らせて長めの前髪を巻き、複雑に結い上げる。

そしていつもは使わないような赤い色味を使ってメイクを施してくれた。


鏡に映る自分は全く別人のようになっている。

デザイナーに促されて全身鏡の前に立つと、先程とは違ってとても素敵に見えた。


「いかがでしょうか。とてもお似合いですよ。

何か気になるところはございますか?」


「本当に素敵で驚きましたわ。でも少し胸元が心許ない気がいたします。」


このドレスは胸元がビスチェタイプになっているため、胸の小ささが目立ってしまう気がした。


「でしたらこのように胸元のラインに合わせて生地を足しましょうか?ギャザーを寄せると少し印象が変わりますし、真ん中にジュエリーをあしらうこともできますよ。

でもまずは若様にご覧いただきましょうか」


イルミネル様が入室されると、一瞬戸惑ったように感じられた。

やっぱり似合わなかったかしら。


「あの…イルミネル様。」


話しかけるとハッとして笑顔を取り繕われる。


「ごめんね。想像以上に麗しくて言葉をなくしてしまった。

とても素敵だよ。これは決定だな。」


そう言い繕われているけれど、やっぱり私には不相応だったのだわ。

内心で少し落ち込む私を余所に、隣ではデザイナーとイルミネル様に呼ばれた宝飾店の店主が胸元に飾る宝飾品について話し合っている。


「宝石はアレキサンドライトが良いのだが」

「えっ……。

赤の宝石でしたら他にもございますが……。」


イルミネル様のご提案に宝石商の店主は絶句する。

とても高価で希少な宝石だものね。

でも確かに前に夜会でつけていらっしゃる方をチラリと見ただけだけれど、アレキサンドライトは少し暗い赤という感じの色味で、アルノール様のオレンジに近い赤とは色味が違ったような。

そんなに高いものじゃなくても良いのだけど。


「アレキサンドライトが良いんだ。君ならその意味がわかるだろう?」

意味って何かしら。高価だからそれに見合うような振る舞いを求める…とか?


「あの、イルミネル様。

アレキサンドライトはとても高価な石なのでしょう?

お店の方が躊躇うくらいなのですし、私にはもったいないですわ」

「私が申し上げたのは価格ではないのですが。……かしこまりました。必ず素敵なものをお持ちさせていただきます。」


結局よく意味がわからないままそのお話は終わって、更にパーティードレスを2着と普段着のドレスを10着、アクセサリーや靴など合わせるといつものお買い物より桁が2つも多い総額になってしまった。


今日のお買い物だけで、今まで生きてきた16年分の服小物より高かったわ……。







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