第9話 結婚の打診②
「アルノール、見苦しいから座りなさい。」
それまで黙っていた公爵様が発言される。
「ミスティカ嬢をスペルキャス公爵家の第二夫人として迎えることを認めよう。
ミスティカ嬢の働きに期待している。
アルノール、第一夫人は社交を任せられる令嬢を探せ。
できれば家の執務もだ。
くれぐれも見てくれと浪費しか能のない穀潰しを家には入れるな。
能無しはお前だけで充分だ。
本来の能力ならイルミネルが跡取りだということを忘れるな」
アルノール様はグッと唇を噛んで押し黙る。
寡黙な分、お言葉に重みがあるわ。
こんなところへ嫁いでいってやっていけるかしら。
「ダドウィン様、あんまり怖い顔をしているとミスティカさんに逃げられてしまいますわ。
怖がらせてしまってごめんなさいね。
本当はとても優しい方なのだけれど、家のことになるとどうしても厳しくなってしまうのよ。」
私の不安を察したように公爵夫人がフォローを入れる。
少なくとも夫人は歓迎してくださる意思があるみたいだし、なんとかやっていけるといいのだけれど…。
「いいえ、とんでもございません。」
「話を戻しましょうか。他に何か気になることや提示しておきたい条件はあるかしら?」
「大変恐れながらあと2点ほど…」
お父様が条件を提示しようとするとアルノール様が叫んだ。
「あと2つもだと!?たかが子爵家の娘が図々しいな!」
「アルノール、黙れ。そのたかが子爵令嬢に頭を下げて階級を飛び越えさせ、無理を強いねばならないのは他ならぬお前の無能さのせいだ。
それにウィズディア家はこちらの立場を汲んだ妥当な提案しかしておらん。
ウィズディア子爵、遠慮なく申してみよ。」
「お気遣い痛み入ります。
まず、子どもが産まれた時の継承権のお話から。
もしアルノール様と娘の間に子が産まれた場合、当主の継承権を放棄させていただきたく。
我が家では継承争いになった場合に子どもの後ろ盾にはなれません。
娘もその子どもも危険に巻き込まれるだけの可能性が高いため、最初から権利を放棄させていただきたいのです。」
これは言えないけれど、継承権がないとなればお世継ぎ作りも強制されないという目論見もあるわ。
「構わん。賢明だろうな。もう1つは?」
「側仕えの件です。現在娘には平民の側仕えが4人おります。
全員とは申しません。1人でも2人でも同行させていただきたいのです。」
これには公爵夫人が答えてくださる。
「全員でも構いませんわ。ただし、第二夫人とはいえ公爵夫人となる方の側仕えが平民だけというのは外聞が悪いので、私の手の者から側仕え頭を就けさせてもらいます。
そこはご理解くださいませ。」
「格別のご配慮ありがとうございます。私たちからのお願いは以上でございます。」
予想外にこちらの要望を聞き入れていただけたわ。
不安もあるけれど、こうなってしまったらやるしかないわね。
「想像以上にウィズディア子爵家には野心がないのだな。
下級の者どもはこちらの隙を見せたらもっと権利を主張してくるものかと思ったが。
これほど客観的に自分たちを見られる子爵の娘なら働きにも期待ができそうだ。
ミスティカ嬢、改めてよろしく頼む。」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。
ご期待に添えるよう懸命に努めさせていただきます。」
「無事に決まったことだし、ミスティカちゃんと呼ばせて貰うわね。婚約者の立場で申し訳ないけれど、イルミネルの体調を考えると、なるべく早く引き継ぎをしてほしいから長期休暇はこちらへ滞在することはできるかしら?」
学園では2ヶ月通って1ヶ月休みというサイクルになっているため、長期休暇が多い。
私は長期休暇で課題と執務の実践をしていたので、実際に嫁ぎ先で実践させていただけるならありがたい。
そう思ってお父様に頷いて同意を示す。
「問題ありません。ただ次の長期休暇だけは1週間準備期間をいただけたらと思います。
最初に必要な荷物をお持ちさせていただければ、学園から直接そちらへ滞在させていただけるかと思いますので。」
「では次の長期休暇は2週間そちらでお過ごしいただくのはどう?
家族と離れるのは寂しいもの。
もちろん帰りたい時はいつでも帰ってもらって構わないのだけれどね。」
「お気遣いありがとうございます。
お言葉に甘えて、家族の時間を過ごさせていただきます。」
「では契約を。リアルテ。」
公爵様が隅で控えていた侍従を呼ぶと、素早く紙とペンを渡される。
「旦那様、婚姻予定日はいかがいたしましょう」
「2人の卒業が3年後。卒業して1年後に第一夫人と結婚と考えると、さらにその1年後で今から5年後の春でどうだ?」
思ったより婚約期間が長いわね。
アルノール様から追い出されないといいけれど…。
「かしこまりました。」
お父様が了承して両家でサインする。
これで正式に私がスペルキャス公爵家へ嫁ぐことが決定した。
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本日の更新はこれでお終いです。
読んでくださってありがとうございます。
また次回も読んでくださると嬉しいです。
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