一人ぼっちだったから 3

 


「おいひい!!ナニコレ!!こんなにおいしい物、初めて食べたぁ!」


 目の前で、リスの様に頬を膨らましながらアスカさんはリゾットを食べる。

 輝く笑顔で、黙々と。美味しい美味しいと言いながら。

 何てことだろう。「美味しい」なんて言われたことは実に久しぶり。

 また、酷く懐かしい感情が私の中に渦巻く。


「そ、そうです、か。……き、きっと、お店の店主も、よ、喜んでいる事です」


 けれど、どう言い表して良いか分からず嘘が口からでる。

 本当は誰かの前に姿を現す処か、街一つにも入れない嫌われ者のくせに。

 頬が熱くて、口元が自然と上がって、私は再びフードを深く被った。


「あ、シアーナちゃんも食べる?」

「い、いいい。いえ……。いらないので、全部アスカさんが、た、たべてくださ、い」


 急にアスカさんが顔を上げるものだから驚く。

 顔を逸らし、俯いて首を横に振った。

 きっと今だらしのない顔をしているだろうから、人様には見せたくはない。


「シアーナちゃん、なに?どうしたの?」

「そ、それよりも!……先程の、お、お話に、戻りましょう」


 顔を覗き込もうとしてくるアスカさんを必死に抑えながら、フードをさらに深く被り私は逃げるように話を逸らす。

 ただ彼女の興味は移ったようだ。私から身体を離しキョトンとした瞳で見つめて来た。


「さっきの話?なんだっけ」

「…………こ、此処は、何処かと、言う……お話です」


 アスカさんがポンと手を叩く。

 此処で漸くアスカさんも自分の状況を思い出したらしい。


「ああ!そうだね!此処!此処は、一体どこなんでしょうか!」


 リゾットを頬張りながら彼女は問う。食べて話して、実に忙しい人だ。

 とりあえず。私は今の状況を彼女に説明することにした。


「えと……ここは……」

「うん。ここは?」

「……」


 でも、いきなり異世界なんて言って彼女は信じるだろうか。

 いや、普通の人間は信じるだろうか。変な子と思われないだろうか。

 それが怖くて言い淀む。まじまじと見つめて来るアスカさんの瞳が更に追い打ちを掛け、胸が張り裂けん程に胸が高鳴る。


「……もしかして……」


 私がごもごもしていると、アスカさんが何かに気が付いたように顔を上げた。

 何かに気が付いたように。それでも、もぐもぐとリゾットを頬ぼったまま。


「もしかして、シアーナちゃん……。人さらいとかだったりしますか!?」

「はひ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 いや、しかし。ここは否定しなくては。

 私は勢いよく首を横に振った。


「ち、ち、違います!た、た、ただ、私は貴女を拾っただけです!――そ、そ、それに、此処は、異世界ですからっ」


 またまた思わずと、口走ってしまうのだが。

 目の前の彼女が、目に見えて唖然とした表情になるのが横目で分かる。

 けれど一度勢いに乗ったら止められなかった。頭で浮かんでいた言葉が一気に流れ出す様に口から零れだす。


「こ、此処は異世界です!貴女がいた世界とは全くの別の世界になります!貴女は道の側で倒れていただけですから!!ゆ、ゆゆゆゆ誘拐とか!!そんな恐ろしい事していませんから!!」


 言っていて恥ずかしくなる。こんなの怪しんでくれと言っている様なモノじゃないか。

 それに私はもっと不純な動機で彼女を助けたというのに。

 目を逸らし、手を組んで俯く。嘘がバレただろうか、蔑まれるのだろうか。そんな焦りが身体を襲う。

 唇を噛んで後ろに下がって。このまま逃げ出してしまおうと、考えた瞬間だ。


「え!じゃあ、魔法とか使えるの!」


 彼女が私の両手を包み込むように掴んだのは。

 的外れな答えに、私は「え」なんて言葉を零し、顔を上げる。

 目にいっぱい映ったのは真剣な、凄く真剣なアスカさんの表情。

 あまりに真剣だから私はついと素直な答えを彼女に示してしまう。


「……ありません」

「ないの!?」


 また、当然の様に彼女は表情を変える。

 今度は心から残念そう。

 でも瞬きの瞬間にはまた別の顔。

 今度は心から驚いた唖然とした間抜け顔。


「で、元の世界に帰れるのかしら?」


 ――なんて。まるで百面相。

 普通。叫ぶとか、信じないとか。驚くとかじゃない?

 異世界に飛ばされたなんて聞かされて、何故貴女はそんなに普通で居られるの?疑問に思う。


「う、うけいれ……。早くないですか?」

「だってシアーナちゃん嘘ついてないでしょ?――何事も柔軟にいかなきゃ!」

「柔軟、て……」


 少々思考が柔軟過ぎるでは?

 と言うか。なんで、何の根拠をもって私が嘘を付いていると言えるの?

 “私が、悪い人だとは思わないの?”


「思わないよ」

「……え」

「……え?」


 アスカさんの言葉に、一瞬。時が止まったような感覚が襲う。

 お互いがお互い、理解できない様に首を傾ける。

 私、今、言葉を口に出していたかしら?


 疑問が頭を掠めて、次の瞬間には風船のようにはじけ飛ぶ。

 アスカさんが身を乗り出し、掴む手に力を込めて、同時に私の顔を覗き込んだからだ。


「シアーナちゃんは私を助けて介抱してくれたんでしょ?じゃあ、悪い人じゃないよ!」


 違うんだけど違わない。というか、彼女の勢いで否定できない。

 私はなすが儘に頷く。


「だったら問題なし!」


 私の答えを見て、アスカさんは、ソレは気持ちよく、綺麗に笑うのだ。

 ――やっぱり変わった人。


「それより、シアーナちゃん!」

「……は、はい」

「私はどうやって元の世界に帰ればいいのでしょうか!」


 そして、やはりと言うべきか。

 彼女は元の議題に戻った。


 これには困る。

 どうやって帰すか。コレは簡単だ。

 私が願えばよい。ただ、少し念じれば彼女は元の世界に戻るだろう。

 でも、ソレは出来ない。しないと決めたから。

 けど、それをどうやって彼女が納得できるように説明するかが問題。


 いや、問題じゃないか。

 どうやって言い包めればいいか……。問題は此方だ。


「あ、アスカさんは……。な、なんで、そんなに……。も、もとの、世界に、も、戻りたいんです、か?」


 声を振り絞り、俯きながらも問いただしてみる。

 もしかしなくても、やり残したことは沢山あるだろうから。

 結局は帰さないから、やり残しも何も無いだろうけど。


「私が救った世界だから!」


 けれど、アスカさんは胸を張って何の迷いもなく意外な、答えを出した。


「……。“私が救った世界”……?」

「うん!」


 問い直せば彼女は当たり前の様に大きく頷く。

 彼女はアレだろうか。世界を救った英雄様ヒーローという奴だろうか?

 そうは、見えないけど。何処にでもいる普通の女の子に見える。


「だ、誰から……。な、なにを、救ったのですか……?」

理不尽神様から自由を勝ち取ったの!」


 思い切って聞いてみれば、これまた単純な答えが返ってくる。

 まさかここで神様という単語が出てくるとは。

 というか。神様と発言した時、悪意があった。もしかしなくても神様嫌いです?

 だったら、私が神様って知られるのは不味い気がする。ここは良い子を取り繕って寄り添わなきゃ。


「も、もとの世界、が……ど、どこかは、知りませんが……。か、帰り方なら知っています……」

「本当!?」


 もう、こうなったら嘘でも良い。

 彼女が諦めるまで付き合う事にしよう。


「こ、この世界にも……神様が、い、います。……そ、そのなかで、エルシューという……か、神様が、いて。……そ、その神様なら……た、たぶん……」


 一番嫌いな神様の名前を出して、嘘を付く。

 私の手を掴む手に力が入った。


「本当!?」

「……はい……。も、もとから、貴女を呼んだのは……そ、その神様です……。い、異世界から、人を呼ぶのも。か、帰すのも……。その神様だけですか、ら……」


 自身の事ながら、なんてひどい嘘なのだろう。吐き気がする。


「その、エルシュー……?さん、て何処にいるの?」


 私の嘘も気が付かず、アスカさんは問いただしてきた。

 何処にいるか?そんなの知らない。知る気にもならない。

 でも、やっぱり私は彼女を手放したくなくて、何度も嘘を付く。


「た、たぶん……。あ、アプロ……。太陽の、ところ……です」

「アプロ?それも神様?」

「……は、はい……」

「じゃあ、その人の所に行かなきゃね!……ここで、シアーナちゃんにお願いです!」

「……」

「その、エルシューさん?アプロさん?――案内してもらってもいいかな?」


 うん。知っていた。分かっていた。そうなる事は。

 本当は何方も会いたくない2人。

 本当はそんな願いなんて突っぱねてしまいたい。

 でも、これは私の我儘だ。未だに一人ぼっちが寂しい私の、諦められなかった私の我儘。

 彼女の願いを踏みにじるのだから。私は出来るだけ彼女の願いを叶えよう。


「……はい。私で良ければ……」


 私の答えを聞いて、きっと口癖なのだろう。

 アスカさんは綺麗に嬉しそうに私に笑いかけた。


「ハレルゥヤ!」



 1話『一人ぼっちだったから』

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Hallelujah 海鳴ねこ @uminari22

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