一人ぼっちだったから 2

 


「これで、よし……」


 大きく息を吐く。

 目の前、ベッドの上には先ほどの少女が眠っている。

 とりあえず。取り敢えずだが、彼女には力を渡した。これで、彼女はこの世界でも生きていけるだろう。


 にしても。


「……。起きない」


 この少女、よく眠るモノだ。

 あれから数時間たったが、彼女は目を覚まさない。

 実は死んでいるんじゃないかと思ったが、身体が消えていないので生きているはず――。


 思わず後ろを見る。

 目に入ったのは一時間ほど前に作ったリンゴリゾット。

 彼女のために作った物だが、もしかして無駄だっただろうか。


 こう言った時、人間はお腹を空かせているからと思ったのだが。

 彼女が起きて、求められてからの方が良かっただろうか――?


「――ごはん!!!」

「ぴゃ……!」


 思い悩んだ瞬間、彼女は掛け声と共に跳びはねる様に起き上がった。


 ◇


 私の身体が大きく跳び上がるのが分かる。

 思わず立ち上がり、変な声を上げてしまった。

 それ程までに彼女が突如起き上がったのが衝撃だったのだ。


 こう、急に生き返ったみたいな?

 それに、この後どうすればいいのだろうか。

 自然と手を組んで目が泳ぐのが分かる。

 もじもじ親指を動かして、俯いて、あっちを見て、こっちを見て。声が上手く出ない。


「エミリア?」


 そうしていると彼女が不思議そうに声を上げた。

 エミリア……。誰だろうか。知らない名だ。

 なんで私と見間違えたのだろう。


 ああ、違う。

 今の私の姿は誰かの姿を取っているのだ。

 異世界の、誰かの姿――。


 誰にも殺されないために、誰にも見つからないために取った対策。

 きっと偶然にも、今の私は彼女の知り合いの姿をしているんだ。

 でもそれを何と説明すればいいんだろうか……?


「あの……私は……!」

「ん?あれ!?」


 もごもご言い淀んでいると、またまた彼女が何かに気が付いたように声を零す。

 まじまじと私を見る。視線が送られるのが痛いほど良く分かった。

 他人に顔を見られるなんて新鮮で恥ずかしく、怖くてフードを深く被る。それでも彼女の視線は留まる事を知らない。


「ごめんなさい!人違い!」


 暫くして彼女が声を上げた。

 どうやら私がエミリアと言う人物ではない事に気が付いたらしい。雰囲気からだろうか?

 ほっとすると同時の事。白い手が私に伸びた。避ける暇も無く細い傷だらけの手が私の右手を包む。

 思わず私は顔を上げる。目に入ったのはオレンジ色。きらきら、眩しく輝く綺麗な瞳。


「ハレルゥヤ!お嬢さん!」


 透き通るような声で、元気いっぱいに私に向けて今度こそ言葉を放つ。

 名一杯の心からの笑顔は瞳と同じようにキラキラ輝いていた。


「こんにちは。私はアスカ!アスカ・ピエナス!――貴女は?」

「……」


 あまりに唐突な事に私は現実を忘れたかのように無言になっていた。

 久しぶりに笑顔を向けられたからだろうか。悪意のない視線を向けられたからだろうか。

 分からないけど。ただ、胸が強く締め付けられるような感覚が私を襲う。――この感情の名前は何だっけ?


「わ、私は……」


 気が付いたら声を振り絞っていた。

 どうして声を出したかなんて分からない。でも彼女に応えようと声を出していたのは確か。


 でも直ぐに我に返って、困る。


「私は、私は……シア……」


 彼女になんて返せばいいのだろうか。

 私の名前。

 思わず、シアレンシシスなんて名乗りそうになってしまって慌てて口を押えた。


 その名前は捨てられた名前だ。

 父に捨てられた時、同時に捨てた名前だ。

 捨てられたのだから、名乗ってはいけない名前――。


 じゃあ、私はなんて名乗ればいいのだろうか。


「シア……ちゃん?」


 アスカと名乗った少女が不思議そうに私を覗き込んでくる。

 如何すれば良いのか分からず、私は慌てて首を横に振った。

 首を横に振って、また頭が混乱して。同時に一つの言葉が頭に浮かんだから声にだす。


「し、シアーナ……。そう。シアーナ、です!」


 名乗って直ぐに頭に疑問がいっぱいになる。

 なんで私は、そんな名前を名乗ったのだろうか。

 シアーナなんて。いい加減な名前。


 けれど、私の右手を包み込む手に力が籠められる。


「そう。シアーナちゃんね!可愛い名前♪」


 彼女は一ミリも疑うことなく柔らかく微笑んだ。

 そればかりか私の顔を覗き込むように近づけ。


「多分、私を助けてくれたんだよね。――ありがとう。シアーナちゃん」


 僅かな迷いも無く、疑いも無く、私に感謝の言葉を贈るのだ。

 あまりの事に私は唖然としていた。また心臓が締め付けられる感覚が遅い左手で左胸を抑える。

 ――この感情は何だろう?


 辺りを見渡し始める彼女を見つめながら、言い表せられない感情を前に唇を噛む。

 少しして、再び彼女……。アスカさんは私を見据えた。


「ところで、ここは何処でしょうか?私の最後の記憶はテントで寝たことなんだけど、なんで人の家に居るのでしょうか?と言うか、私の仲間は?あ、其れより何か食べ物無い?お腹が空いて倒れそうなのです!リンゴでもいいから何かないかな!!」


 次々に口から出てくるのは疑問。

 私は流れ込む様な問い掛けに、何から答えれば良いか分からず。呆然と彼女を見据える。

 頭が働くよりも身体が先に動いた。私の手を掴むアスカさんの手を外し、私はゆらりと立ち上がる。

 そのまま向かうのは部屋の隅にある、石作りの台所。


「り、リンゴリゾットが、あ、あります……。そ、それで良いですか?」


 数十秒後。彼女は満面の笑みを浮かべて声を上げる。


「ハレルゥヤ!!」



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