甘くて苦い最後の一口
一の八
甘くて苦い最後の一口
「今度の休み空いてる?」
そんな、電話がかかってきたのもつい3日前の事。
古河は、車に乗り込んでからどこに向かうかも告げずにただ走り出す。
「古河ってこういうの好きだったけ?」
そこは、男同士でいくには似つかわしくないくらいおしゃれなカフェだった。
「えっ?あっそうか言ってなかったけど、俺は、かなりの甘党だぞ。」
「そんな年いったおっさんが偉そうに言うな!」
古河は、席に座るとパラパラとメニューをめくり終え、聞いてくる。
「ブラックでいいか?」
「う〜ん、まあブラックで」
古河は、手元にあるボタンを押すと、店員さんはすぐさま来て、注文を伺う。
「ブラック2つと。えっ…と、この季節限定のパフェをお願いします。黒田は?」
おれは、そこまで甘いのは得意じゃない。
「あっおれは、ブラックだけで大丈夫です。」
「かしこまりました」
店員さんが注文を一通り聞くと、厨房に戻って行った。
「いいのか?季節限定だぞ?」
「いや、もう甘いのしんどくなってきてるから。甘党って言ってたわりには、ブラック頼んでんじゃん。」
「甘党でも、飲み物はべつだ。一つ甘いの頼むなら、一つは、苦いのをいかないと」
「そういうもんなのか?」
なんか、男二人でパフェってな。
周りの席に目をやると、女子ばかりだった。
「それにこういう所に来るんだったら、普通は、彼女とかだろ。そうだ、最近どうなんだ?」
「そうだな。最近、なんか古い町並みみたいな所に行ったな。」
「どこかくらいは、覚えておけよ。で、どうだったんだ?」
「お昼にカレー屋さんに行ったんだよな。そこのカレー屋さんは結構、古くからである所みたいで。内装もなかなか味の建物だったな。そうだ!あと、これ。」
古河は、スマホの画面をこちらに向けると。そこには、カレーうどんを食べてる彼女の姿が映し出されていた。
「いいじゃん」と喜んで見てると。
「よく、見て」
うん?どういうことだとよく見てみると、彼女の首元には前掛けが……うん?あきらかにこれはキッチンペーパーだよな?
「そうそう!これ、キッチンペーパー。古い所で普段からあんまり頼まれないのか、そもそも置いてなかったみたい。で、代わりにこれをくれた訳。」
「これじゃ、防げる範囲狭いだろ」
「そこなんだよ。」
と言って胸の辺りのところを指さして、「ここに大きなシミつくってた」と笑っていた。
「なんだよ、それ意味ないじゃん。」
って笑っていると古河は、厨房の置物を見たまま、聞いてきた。
「黒田って、ズボン履いた時にベルトをいっぱいまで閉めるタイプ?」
急に変な話題に切り替わったな。
「何なの、その質問?」
やはり、古河の考えている事はよく分からないな。
「いや、ちょっと気になってな。」
真剣な眼差しで、こちらを見てくるので答えないわけにもいかず。
「そうだな…いっぱいまでいけるけどその一個前くらいとかかな。」
「ほう、そうなんだ。」
古河は、先程までとは変わって真面目な顔でいた。
なにかの心理テストなのか?と勘ぐっていると古河は再びベルトの話を続けた。
「ベルトってさ、閉めようと思えばいっぱいまで閉めれるけど。ずっと、そうだとベルトによくないんだって。だから、緩めて使ってたらなんか要らなくないか?ってなるじゃん」
古河がベルトの話をするので、少しだけベルトに目をやると、穴が少し伸びている事に気がついた。
「まぁ、そうだろ。ズボンが落ちてこないようにしてるんだから」
この話の行先が見えないな。もしかして、また変な事でも考えているのか?
そんな事を思い、聞いてみる。
「なんか、売るのか?」
「いや、そうじゃなくてね。この前さ、いつも使っていたベルトが壊れたんだよ」
「だったら、そんなの新しいの買えばいいじゃん」
おれの答えに古河は、首を横に振る。
「まぁ、そうなんだけど。初めて見た時におお”これだ”って思ったんだよ。値段はまあそこそこってだけど。何にでも合う感じがするっていうのか。」
「気に入ってても壊れたら、仕方ないでしょ」
「だから、大事に使っていたつもりが傷だらけになってたんだ。ある日からなんかゆるいなってベルトを見ると、バックルの所の横に小さなヒビがあったんだ。それが、原因で閉まりが悪くなったんだと思う。」
「修理とかはしたの?」
古河は、カップのコーヒーをゆらしながら話した。
「まぁ、このくらいなら大したこともないし簡単に直せそうだなって思ったわけ。だから、100円ショップで売ってる接着剤とかでくつけたりとかしたの。でも、使ってる内にやっぱり、取れて噛み合わせが悪くなるんだよね。でも、これお気に入りだから、このくらいなら直せそうだしな。って何度もやってもうまくいかないわけね。簡単に諦めたくないなって頑張ったんだけど、うまくいかないもんだね。」
おれは、この話の先の見えないことにイライラを隠せずにいると。
店員さんが大きなパフェを抱えながらこちらの席に来た。
おいおい、こんな大きさだぞ食べれるのか?と古河の顔を覗くと。
カップのコーヒーに目を落としたまま、ゆらゆらとカップを動かしながら、ポツリと言った。
「昨日、別れた」
ベルトの話?って思ったが、彼女の事かと気づいた。
「えっ?この前まであんなにも仲良くやってたのになんでだよ?」
「小さなヒビだから大した事ないって思ってた。直す度に大きくなってたんだな。最後には、繋ぎ止める事が出来なくなってた。」
古河は、パフェを一口運ぶと「これ甘いな」
と言って泣きながら笑っていた。
次の一口を運ぶのを躊躇するようにゆっくりとスプーンを動かす。
まだまだ残されている大きなパフェを眼の前に。
おれは、カップのコーヒーを口に運ぶと「古河の人生には、必要な苦みだったのかもな。」
古河はパフェの最後の一口を見つめていた。
「甘いけど、どうしても手を止めたくなるな」
「甘党なのに?」俺は苦笑しながら尋ねる。
「これを食べたら、もう終わりかって」古河は笑ってスプーンを置いた。
「甘いのに苦いって、どういうことだよな。」古河はカップを指差して笑う。
「人生も似たようなもんだろう?」俺が言うと、古河は目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「まあな。次の一杯は、少しだけ苦いのもいいかもな。」
古河はおもむろに立ち上がると。「ない!」と言って財布を忘れたことに気づいて苦笑する。
俺はため息をつきつつも、外の景色に目をやる。 窓の向こうで、犬を連れた女性が一瞬こちらを振り返る。 「お前の次の一杯が、少しでもいい味になるといいな。」 そうつぶやき、俺は空のカップを置いた。
甘くて苦い最後の一口 一の八 @hanbag
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