第5話『放課後のアルスマグナ』


「し、失礼します。二年B組の敷戸しきどです」


「同じく、姫島ひめしまです」


 学園長室の重厚な扉をノックしたあと、俺たちは恐る恐る声をかける。


「おーっ、来たか! 入れ入れ!」


 すると、扉の向こうからは予想外に明るい声が返ってきた。


 言われるがまま室内に足を踏み入れると、最初に柔らかい絨毯の感触があった。


 次に視界に飛び込んできたのは、壁一面を埋め尽くす本棚と、細かい細工が施された机。その上に積み上げられた書類の山と、それと格闘する一人の男性の姿だった。


「すぐに片付けるから、そこのソファに座っててくれ」


 男性は書類から顔を上げることなく言う。俺たちは指示に従い、近くのソファに腰を下ろす。


「いきなり呼び出して悪かったな。まぁ、そう緊張すんな」


 やがて対面にやってきた彼は、朗らかな笑顔を見せる。


 彼がこの学校の学園長――鬼ヶ瀬 宗太郎おにがせ そうたろうさんだ。きちんと姿を見るのは、入学式以来かもしれない。


「あの……学園長先生、わたしたち、何かしたんでしょうか。呼び出される理由が思い浮かばなくて……」


「……マグナカード」


 不安げな玲奈れいなの言葉を遮るように、学園長はあのカードの名前を口にした。つい、体がびくりと反応してしまう。


湯平ゆのひらから聞いたぜ。お前ら、所持者に選ばれたんだろ」


 その軽い口調とは裏腹に、全身から壮年の貫禄のようなものがにじみ出ていた。


 紺のジャケットに身を包んでいて、多少の白髪が混じる頭髪も、威厳を出すのに一役買っている気がする。


「そう警戒すんな。俺も所持者だからよ」


 続いて懐から二枚のカードを覗かせ、彼はニヤリと笑う。


 一瞬だったので、書かれた文字までは確認できなかった。


「こう見えて、俺はオカルト研究会の顧問なんだ。マグナカードについては、部長の湯平より詳しい」


「学園長なのに、顧問をやっていいんですか?」


「おう。学園長が部活の顧問やっちゃいけねぇなんて決まりはないしな」


 多少緊張が溶けたのか、玲奈が尋ねる。鬼ヶ瀬学園長は親指を立てながら答えてくれた。


「それで、湯平からマグナカードについて、どこまで聞いた?」


 その直後、彼は前のめりになって訊いてくる。


「えっと、異世界から呼び出された強い魔力を持つアーティファクトで、たくさんの種類があるとか……」


 俺は昨日の記憶を呼び起こしながら、慣れない単語を口にする。本当にラノベの世界だ。


「大体合ってるな。俺たちがこの世界に呼び出したマグナカードは全部で36種類ある」


「あの、呼び出した……って、どういうことです?」


「そのままの意味だよ。俺と湯平で、マグナカードたちをこの世界に召喚したんだ。成功するとは思わなかったし、その場で逃げられるとも思わなかった。まいったぜ」


 学園長は頭を掻く。湯平部長の発言と合わせると、例の爆発はマグナカードが逃げ出そうと暴れた結果なのかもしれない。


「えっと、カードが逃げたんですか? 足が生えてるようには見えないんですけど」


 玲奈が自分のカードをまじまじと見ながら言う。学園長が吹き出した。


「いや、悪い。足はないが、意思はあるな。マグナカードは適正のある人間を選ぶ。周囲に手頃な人間がいない場合、その姿をくらませる」


 学園長は人差し指を立てながら言って、俺たちを見る。


「突然で悪いが、二人には逃げたカードの回収作業を手伝ってもらいたい」


 一呼吸置いてから、学園長はそう口にした。その目は真剣そのものだった。


「……それって、危ないですよね?」


「そりゃあな。マグナカードは適正のない人や動物に取り憑く習性があるし、捕まるまいと暴れる可能性が高い」


 俺が問いかけるも、彼は表情を変えることなくそう続けた。


「さすがに、危険とわかってるところに首を突っ込みたくはないですよ。俺はただ、平凡な学園生活を送りたいだけで……」


「敷戸、よく考えてみろ。マグナカードがこの学園の生徒に取り憑いて、校内で暴れたとする。その後、平凡な学園生活が送れると思うか?」


「……このご時世ですし、すぐにマスコミが嗅ぎつけて大騒ぎになりますね」


「そうだ。よくて一定期間の休校か、最悪の場合は学園閉鎖もあり得る」


「そ、それは困るんですが」


「だろ? というわけで、お前らもマグナカード集めに協力してくれ。オカルト研究会に所属してくれりゃ、活動もやりやすくなる」


 そう言うが早いか、学園長は入部届を差し出してきた。俺と玲奈は顔を見合わせる。


じゅんくん、わたし、お手伝いしたいと思うんだけど、いいかな?」


「……なんで俺に聞くんだよ」


「だ、だって、准くんも所持者だし、どうせやるなら一緒がいいし……」


 玲奈はもじもじしながら視線をそらす。その声は尻すぼみだ。


「……わかったよ。他ならぬ幼馴染の頼みだしな」


 つい呆れ声を出してから、俺は入部届を記入していく。


 学園長の話からして、マグナカードをこのまま放置していてもデメリットのほうが多そうだし。それなら一刻も早くカードを集め終えて、平穏な生活を取り戻すほうが良さそうだ。


「決まりだな。よろしく頼むぜ。アルスマグナたち」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 それを見て、鬼ヶ瀬学園長は俺と玲奈に握手を求めてくる。その無骨で大きな手を握り返す。


「おう。それと、仲間になるんだから『学園長』なんて呼ばなくてもいい。『鬼ヶ瀬さん』とでも呼んでくれ」


「わかりました。じゃあ、これからは部活の一環としてマグナカードを探すんですか?」


「そうなるな。だが、学生の本分はあくまで勉強だ。学業最優先。カードを集めるのは、主に放課後だな」


 疑問に思って尋ねると、満面の笑みとともにそんな言葉が返ってきた。


 それなら学園生活に支障はない……のか?


「さしずめ、お前らは放課後のアルスマグナってとこだ」


 続いて、鬼ヶ瀬さんは笑顔を崩さずにそう言い放った。



 ――放課後のアルスマグナ。誕生の瞬間だった。


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