第4話『マグナカード』


 倒れていた先輩におそるおそる声をかけると、彼は何事もなかったかのように起き上がった。


「いやあ、すまないね。おかげで助かったよ」


 床に落ちていたメガネをかけ直しながら、彼は額の血を拭う。


「あれ、君とはどこかで会ったかな?」


 その様子を見ていると、先輩が俺の顔をしげしげと眺めてくる。


「昨日、そこの廊下でぶつかりました。二年の敷戸 准也しきど じゅんやです」


「あ、同じく二年の姫島 玲奈ひめしま れいなです」


 このタイミングで、俺と玲奈は自己紹介をする。


「敷戸君に姫島君か。僕は湯平 歩ゆのひら あゆむ。このオカルト研究会の部長をしているんだ」


 俺たちに続いて、彼はそう名乗ってくれた。


「あの、湯平先輩はどうしてこんな場所で倒れてたんです?」


 室内を見渡しながら、俺は尋ねる。周囲の床にはガラス片や書類が散乱していた。


「数日前に起こった爆発事故は知ってるだろう? ここ、その現場なんだよ」


 俺と同じように視線を巡らせながら、彼はひょうひょうとしていた。


「一人でその片付けをしていたんだが、不覚にも転んでしまってね。頭を切ってしまったんだ」


「そうだったんですね……オカルト研究会の部室ですし、悪魔召喚の儀式にでも失敗したんですか?」


「はっはっは。鋭いね。さすがに悪魔ではないよ。魔力が暴走したことに間違いはないけど」


 冗談半分で言ってみたところ、そんな言葉が返ってくる。反応に困るな。


「僕たちが異世界から呼び出したのは、マグナカードと呼ばれる魔力の結晶体だよ。逃げられてしまったけどね」


 ……そして続いた言葉に、俺は心臓が一瞬止まった気がした。


「あの、カードって……これですか?」


 俺は意を決し、ポケットから『炎』と書かれたカードを取り出す。それを見た湯平先輩の表情がこわばった。


「……敷戸君、これをどこで?」


「先輩とぶつかったあと、廊下に落ちてたんです。てっきり、先輩が落としたものかと」


「違うよ。マグナカードは意思を持っているからね。所持者と認めた者の前にしか、その姿を現さない」


「えっと、実はわたしも……」


 そう言われて、玲奈も不安顔で『水』のカードを取り出してみせる。


「……どうやら二人は選ばれてしまったようだね。少し、話をしようか」


 ◇


 険しい表情の湯平先輩に案内されたのは、部室の奥。積み上げられた段ボール箱によって隔離された空間だった。


「汚れていてすまないね。なにせ、部員は僕一人だけで……」


 そう言って椅子に積もった埃をはらうと、俺たちに座るように促した。


「それで、敷戸君たちが拾ったカードなんだけどね」


 対面に座った湯平部長が、メガネの位置を直してから口を開く。


「あれは異世界から呼び出されたアーティファクトで、マグナカードと呼ばれるものだ」


「え? 異世界? アーティファクト?」


「そうだよ。そしてマグナカードを操る者は『大いなる術者アルスマグナ』と呼ばれる」


「は、はぁ。アルスマグナ……」


 湯平部長が前のめりになる一方、俺は正直引いていた。さっきからラノベで聞くような単語のオンパレードだし。


「でも俺たち、普通の学生ですよ? 選ばれたとか、何かの間違いでしょう?」


「いやいや、二人はこのカードに記された文字が読めるのだろう? 僕には読めない。それこそが、選ばれた証なんだよ」


 ついに部長は椅子から立ち上がり、興奮気味に続ける。


 言われてみれば、瑞帆みずほもこのカードに書かれた文字は読めていなかった。


「マグナカードには多くの種類があってね。その全てを手中に収めた者は、いかなる願いも叶えることができると――」


 部長の熱い説明はなおも続くも、ここまで来るとついていけない。


「すみません。俺、頭が痛くなってきたので帰ります。このカードもお返ししますんで」


「返すなんてとんでもない。そのカードはキミが持っていてくれ」


 大袈裟にこめかみを押さえながら『炎』のカードを差し出すも……そのまま押し返されてしまう。


「なんにしても、こんなに早く所持者が見つかるなんて朗報だよ。明日にでも、顧問の先生に話をすることにしよう」


 心底嬉しそうに言う湯平部長に対し、俺たちは苦笑いを返すと、逃げるように部室をあとにした。


 ◇


 そんな湯平部長と出会った翌日。学校へ向かっていた俺と玲奈はバスが遅れ、遅刻ギリギリになっていた。


「セ、セーフ!」


「あ、危なかったねぇ……」


 まだ雑然としている教室に飛び込んだ時、皆の視線が一斉に俺たちに向けられる。


 ……遅刻しかけた俺たちを憐れむ視線とは、どこか違う気がした。


「え、何……?」


 俺と玲奈が顔を見合わせた直後、校内放送が鳴り響く。


『――繰り返しお知らせします。二年B組の敷戸准也さん、同じく二年B組の姫島玲奈さん。登校していましたら、速やかに学園長室に来てください』


 ……その内容は、俺と玲奈の呼び出しだった。


「さっきから、同じ放送が繰り返されてんのよねー」


「お前ら、何したんだ?」


 俺が困惑していると、瑞帆みずほまことが神妙な顔で訊いてくる。


「いや、特に心当たりはないんだけど……」


「学園長に呼び出されるなんて、よっぽどだぜ?」


「そうよ。ほら、早く行きなさいって」


「わ、わかった。わかったから押すなって」


 真顔で言う二人に追い出されるように、俺と玲奈は教室をあとにする。


 なんで俺たち、学園長に呼ばれるんだ……?


 なんだか、すごく嫌な予感がする。


 俺の平穏な学園生活、このまま終わってしまうのだろうか。

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