第6話『マグナカードの使い方』


「そうだ。せっかくだし、マグナカードの使い方を教えてやる。ついてきな」


 オカルト研究会への入部届を書き終わった直後、鬼ヶ瀬おにがせ学園長は俺たちを屋上へと案内してくれた。


「学園長先生、こんな場所で魔法を使って大丈夫なんですか?」


 周囲を見渡したあと、玲奈れいながおずおずと口を開く。


「周りにこの校舎より高い建物はねぇし、授業中に屋上へ来る生徒もいねぇよ。ところでお前ら、マグナカードを使った経験はあるのか?」


「何度か使ったことはあるけど……」


 俺はその時の状況を彼に話して聞かせる。


「……そりゃ、使ったって言うより、暴発に近いな。特に『炎』のカードの時、よく火事にならなかったな」


「すみません……」


「まぁ、今更とやかく言うつもりもないさ。ほれ、お前らのカードを貸してみろ」


 思わず謝るも、鬼ヶ瀬さんは気にする素振りもなかった。そんな彼に、俺と玲奈はそれぞれ持っていたカードを手渡す。


「炎と水ねぇ。面白い組み合わせだな」


 そのカードをしげしげと眺めたあと、彼は左手に『炎』のカードを持ち、右手を目線と同じ高さに上げる。


 ……直後、その手の中に小さな炎が生まれた。


「わ」


 それを見た玲奈が小さく声を上げた直後、学園長はその炎を握り潰し……新たに『水』のカードを手にする。


 次の瞬間には、小さく渦巻く水の渦が彼の手の中に出現していた。


「俺たちのカード、鬼ヶ瀬さんにも使えるんですか?」


「ああ。基本、所持者に選ばれてる奴なら、あらゆるカードを扱うことができる。それより、マグナカードの真骨頂はこれからだぞ」


 彼はそう言うと、左手に炎と水のカードを二枚持つ。


敷戸しきど、ちょっと手を出してみろ」


「……? こうですか?」


 言われるがままに両手を差し出すと、そこに向けて虚空から何か降ってきた。


「あっつぅ!?」


 両手で受け止めたそれは、お湯の塊だった。


「マグナカードは複数のカードの能力を組み合わせることができる。炎の力で水を温めて、お湯にしてやったんだ」


「それ、面白いね」


 学園長がからからと笑う中、興味が湧いたらしい玲奈は声を弾ませていた。


「やってみてもいいですか?」


「おう。まずは一枚ずつ、簡単な事象でいいから、しっかりとイメージするんだ。炎ならマッチやライター程度の火、水なら水道の蛇口から出る水を想像しろ」


 俺たちにカードを返してくれながら、彼はそう教えてくれる。


「ライターの火……」


 反すうするように呟いて、俺は指先に意識を集中する。ややあって、そこに小さな炎が揺らめいた。


「おおっ、できた」


 反射的に指を動かすと、まるで火元がそこにあるかのように、炎もついてくる。


 それにもかかわらず、まったく熱さを感じなかった。


 その次は鬼ヶ瀬さんを真似て、手のひらサイズの火球を生み出してみる。これも成功した。


「おお、飲み込みが早いな。これは有望株か?」


 その様子を見た彼は嬉しそうな声を上げる。


 勉強はあまり得意じゃないが、これならいけるかも……。


「こうして……こう!」


 そんな学園長の向こうでは、玲奈が滝のような雨を降らせていた。


 かと思えば、一瞬でその雨を消し、水でできたヘビのような存在と戯れたり、無数の水球を生み出して屋上の床に叩きつけたりしていた。


「わー、すごーい。楽しいー」


 歓声を上げる玲奈を一通り眺めたあと、俺と鬼ヶ瀬さんは顔を見合わせる。


「……敷戸、悪いが前言撤回だ。有望株は姫島ひめしまのほうだな」


「マジかよ……」


「大マジだ。どっちも学習能力は高いが、想像力と魔力量は姫島のほうが圧倒的だな」


「准くん、えい!」


「ぶわっ!?」


 思わず天を仰いだ時、玲奈が水鉄砲のように水弾を飛ばしてきた。


 痛くはなかったものの、春先にこれは冷たい。


「何すんだよっ、仕返ししてやるから、『水』のカード貸せっ」


 怒り心頭の俺は玲奈の手からカードをひったくり、魔力を込める。


 ちょろろろろ……と、それこそ弱い水道のような水しか出なかった。威力が低く、とても玲奈まで届かない。


「ぷっ、あはははっ」


 それを見た玲奈が腹を抱えて笑う。く、くそー。なんか悔しい。


「敷戸の場合、まずは魔力の扱いに慣れないとな。常日頃からカードを使うように心がけるこった」


「そ、そうだね。准くんは毎朝、カードから出した水で顔を洗うようにしたら? 水道代の節約にもなるよ?」


 笑いを必死にこらえながら、玲奈が言う。


 うぐぐ、今に見てろよ。


「まぁ、ゆくゆくはカードを使って戦えるレベルになってほしいからな。頑張ってくれよ」


 悔しさを噛みしめていると、学園長がそう口にする。


「戦う……って、どういうことですか?」


「さっきも言ったろ。マグナカードは人や動物に取り憑いて、捕まるまいと暴れる。そうなると、力ずくでなんとかするしかない。話し合いなんて無駄だしな」


 両の拳を打ち合わせながら、彼は続ける。


「特に動物は人間に比べて知性が低いからな。簡単に意識を乗っ取られる。あ、人間も精神的に弱ってるとやられるから注意な。メンタルは常に強く持てよ」


 ……暴走して、教室で炎をばらまいている自分を想像してしまった。冗談じゃない。


「中には操られていなくとも、カードで悪事を働こうとする所持者もいるかもしれない。いざという時、戦えるに越したことはないぜ」


「戦うって言っても、どうすればいいの?」


「そうだな……『炎』のカードは攻撃手段として有効だ。『水』のカードも状況によっては攻撃に使えるし、水圧を高めれば盾にもなる」


 学園長の解説に頷きながら、玲奈は必死にメモを取っていた。相変わらず真面目だ。


 ……その様子を見ていた時、チャイムが鳴った。


 学園の中央にそびえる大時計の時間を確認すると、ちょうど三限目が終わったようだ。


「おっと……もうそんな時間か。お前ら、そろそろ授業に戻れ。続きは放課後だ」


 急に教師の顔になった鬼ヶ瀬さんがそう言い、俺と玲奈は屋上をあとにする。


 いまだに現実味がなく、どこかふわふわした心境だった。


 俺たちは、間違いなく非現実的な世界に足を踏み入れてしまったらしい。

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