第4話

 テレビから声が掛かったのは、小学五年生の頃だった。確か近所の森林公園にミニアンプを持ち込んで、パフォーマンスをしていたときだったと思う。あのときもジミヘンの曲を弾いていた。ギターをはじめて六年間、起きているときはずっとギターを触っていたものだから、いつの間にか俺はそこそこの腕になっていた。まあ後は単純に、ギターとの相性が良かったのだろう。それを才能と呼ぶことには、今は少し抵抗があるけれど。

 まだ第二次性徴も終えていない子供が大人顔負けのギターを弾いているとあって、俺がパフォーマンスをするといつもそれなりの人だかりができた。チップの合計額が五桁を超えることもままあった。それだけ、子供のすることには何か特別な価値がある。

 それが地元のテレビ番組に取り上げられて、俺は最初のテレビ出演を果たした。とはいってもローカルチャンネルの夕方五時、たった五分だけの出演だ。俺はそのことに特別な感慨を抱いてはいなかっけれど、た父は酷く喜んでいたように記憶している。まあ気持ちは分かる。自分の息子が自分の好きな音楽で注目を浴びたのだから。

 テレビ出演はそれっきりではなかった。芋づる式にその映像が各所で取り上げられて、俺の名前はじわりと広がっていった。そして全国放送のゴールデンに呼ばれるまで、三ヶ月もかからなかった。

 俺はその番組で、当時人気を博していたギタリストとセッションを演った。交互にオリジナルのギター・リフを演奏する感じだ。そこで俺は、ジミヘンのリフをモチーフにフレーズを作った。初めての作曲。それが、どうやら人気の一押しになったらしい。

 それから、俺は毎日何かしらのメディアに出演することとなった。行く先行く先でギターを弾いて、天才だともて囃される。俺が衆人の前に出れば、大きな歓声と嬌声が上がる。はっきり言ってその盛り上がりは狂気的だった。たぶん世間の人間は皆、世間が盛り上がっているから盛り上がっていただけなのだ。まるで集団ヒステリーみたいに。だからこそ、その膨らみすぎた風船が萎れるのも早かった。

 俺が中学生になる頃には、世間の熱はだいぶ冷めていた。それは、ひとつには俺が「小学生ギタリスト」を名乗れなくなったからだろうし、もうひとつには世間が新しい玩具を求めていたからだろう。使い古した玩具は春先にまとめて捨てられる。

 そこからはもう、ずっと薄暗い夜が続いていた。中学の頃は名前ばかりが有名になって、いわゆる悪目立ち状態だった。友人はひとりもできなかった。何か重大な勘違いをした女子が告白してきたので数ヶ月付き合ったが、その勘違いが冷めるとあっという間に振られた。

 高校で全部を見返してやろうと思い、バンドを組んだ。藤本と出会ったのもその頃だった。でも、やっぱり駄目だった。メンバーを迎え入れては喧嘩別れを繰り返し、二十歳を過ぎた辺りでそのバンドは解散となった。藤本が俺の元から去っていったのも同じ頃だった。

 あとはもう惰性だ。何かを変える気力も起こらず、かといってすっぱり音楽から足を洗うこともなく。排水溝の泥水に流されるままの枯葉のように。俺はだらだらとジミヘンが死んだ歳まで生きてしまっていた。


 それなのに、どうして彼女はあんなことを言ったのだろう。俺には才能があるって褒めそやして、馬鹿にしているのだろうか。でも彼女は、十年間欠かさず俺のライブを見に来ている。本当に彼女には才能の火が見えているのだろうか。本当に? やっぱりにわかには信じられない。彼女の真意が分からない。問い質そうにも、次のライブは未定だ。ライブハウス以外で、バンドマンはファンと会う場所を持たない。


 サポートメンバーの二人から、バンドを抜けたいという相談を受けたのはその一ヶ月ほど後のことだった。それは突然のことだったけれど、理由は聞かなかった。適当な理由で逃げられるのはもう慣れていたから。俺が「分かった」とだけ返すと、二人は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

「引き留めないんですか」

「引き留めたって、どうしようもないだろ」

「貴方はどうするんです?」

「どうもしない。何も変わらない」

「このまま音楽を続ける?」

 俺は何も答えなかった。沈黙が最大限の返事だった。するとドラムの方――確か名前は西口だった――が重いため息を吐いた。

「俺ら、就職しようと思ってるんです」

 ベースの原がこっくりと頷く。

「ずっとバンドやってきたし、働いた経験なんてないけれど。でも、縁あってこんな俺らを雇ってもいいって言ってくれる会社見つけたんですよ。俺らはそこで真面に生きようと思います」

「何が言いたいんだよ」

「貴方は、結局何がしたいんですか?」

 答えられないのなら、それが貴方についていけない理由です、と西口が言った。俺は何がしたいのだろうか。そんなの、俺の人生で分かったことなんてなかったのに。

 次のライブが決まった。二ヶ月後だ。それで、サポートの二人はバンドを抜ける。新しいメンバーの目処は立っていない。つまり、俺がバンドサウンドでステージにあがることができるのは、しばらくそれっきりということになる。もしかしたら、二十七歳の間に出ることができる、最後のライブかもしれない。

 俺はそこで何がしたいのだろうか。俺の二十七歳に、天才の賞味期限切れに、一体何が残せるのだろうか。その答えを出すのに、もう時間はそれほど残っていなかった。俺の問いに答えを出せるのは、もうあの女しかいないのかもしれない。

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