-第25話- B-17
ハンガーの白い壁が、勢いよくバガン! と爆ぜた。
朦々と吹き上がる灰色の煙で辺り一面が何も見えなくなり、空中で待機していたパトモーヴの編隊は互いに衝突を避けるために周囲へと一旦散らばった。
「ニーナ・セイケ・コルボフスカヤ並びにシリル・ヴァレー、無駄な抵抗は止めろ! 君達は完全に包囲されている。これ以上の抵抗は止めて投降すれば攻撃しない。君達はスプライト管理関連法の幾つかに違反しているが、君達には黙秘権があり、また弁護士の立ち合いを求める権利がある。そして……」
典型的なミランダ警告をスピーカーで発しながら、警官隊が再びジリジリと包囲網を狭めようとしたその時、煙の中から巨大な何かが姿を現した。
「なっ、何だ? まさか……あれはB-17じゃないのか」
大きくぶち抜かれた建屋の穴から姿を現したのは、骨董品だと思われていたB-17の銀色に輝く機体だった。
「メンフィス・ベルが……動いている」
初老の警官が呟いた。彼の記憶では、その機体は一〇〇年以上前に映画やドラマなどで使用された後、ほぼ一度たりともエンジンを起動した事が無かったはずだった。
しかし、今眼前でハンガーから出て滑走路に向かおうとしているB-17は、明らかにその四発のエンジンを高らかに鳴り響かせながらプロペラを快調に回していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うわわわ、マジで動いてるんだけどどうやって動かしたら良いんだよぉ」
コックピットでは半円形の操縦桿を必死に掴むシリルが目を白黒させていた。
「ほれ、しっかり操縦桿を握れ。なぁに、実際の操縦はワシがするから心配するでないわ」
「この計器類はまだ使えるのかしら……っていうか燃料の残量が〇なんだけど」
右側の副操縦士席に座るニーナが、計器の幾つかをコンコンと指で叩いた。
「なぁに、一世紀もの間この機体に取り憑いておったワシの力を持ってすれば、一度位のフライトなんぞ燃料が無くとも造作もないもんじゃてな」
機体を動かす為に今は機体の中に溶け込んだ状態になっているリトルレイの笑い声が、機内のあちこちから響いてきた。
「建屋をあんなに壊しちゃったけど、大丈夫かしら」
「気にするでないぞ。あそこは管理人も含めて長いこと人が来んかったからのう、ワシも自由に建屋の中を弄り倒す事が出来たのじゃ」
実はリトルレイはこういう事態がやって来る事を予期して、建屋のB-17に近い付近の壁に穴が開くよう爆発物を仕掛け、同時に派手な煙が出るようにしていたという。
「こんな事もあろうかと、暇な時に色々仕掛けておいて良かったわい、ガハハ! それはそうとシリルとやら、スロットルレバーを前に倒す準備をせい」
「えっちょっと待って、どれの事っすか」
「お前さんの席の右側、コンソールのど真ん中に据えられとる逆L字のレバーの事じゃよ。よく覚えておくんじゃな」
「いやいや何本もレバーがあるんですけど、全部倒すのこれ?」
「四発のエンジンそれぞれに一本ずつ付いとるからな、それを同時に倒せば良い。ニーナも同時に押し倒すのを手伝うのじゃ」
「燃料が無いのにスロットルレバーなんて動かす意味あるのかしら……」
「なぁに、雰囲気じゃよ雰囲気。ガッハッハハ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
警官隊が呆然とする中で颯爽と滑走路の端にまで自走してきたB-17は、そこで機体を滑走路に対して平行に向けた。
「さあ今じゃ、スロットルを倒せい!」
訳が分からないながらもシリルがスロットルレバーの上側二本を、ニーナが下側の二本をそれぞれ握って同時にゆっくりと前に倒していくと、四発あるエンジンの羽音が更に甲高く響き渡り、機体が滑走路の先に向かって徐々にスピードを上げて進み始めた。
「続いてその操縦桿をゆっくり引くのじゃ!」
シリルがその半円形の操縦桿をぐっと引くと、機体の前方がググッと持ち上がっていく。
「わわわ、わ! う、浮いた、浮かんでる、飛んでる!」
猛烈な速度で軋みながらも滑走路を走り抜けた機体がとうとう浮かび上がり、B-17は約一世紀振りに離陸に成功した。
「さあ、ここから一気に三万フィートまで上昇じゃ。操縦桿を離すなよ」
「ぐっ……」シリルは目を血走らせて真っ直ぐフロントグラスの先を見つめながら操縦桿を握りしめ続けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから十数分ほどが経過し、リトルレイが操縦桿を離しても良いと許可を出した。
「ぅはぁあぁ……」全身の力が抜けたシリルが、ほぉっと息を大きく吐いた。その息は高空の低温下で白く機内を漂った。
「二人とも一応酸素マスクをしておけ。ちゃんと機能するようにしてある」
コックピットの脇にあったケースから酸素マスクを取り出すと、お互いに見よう見まねでマスクを顔に装着した。
「飛び立ったは良いんですけど、これからどこに行きますか?」
「そうね……私達はそもそも、スプライト関連事件の増加や『救世主』云々の事案から、スプライト社会全体に何か大きな騒乱が起こる可能性があったので、その原因と背景を探りに来ていた訳だけれど……まさかマークスZとファントムが、ここまで大きく関わっているとは思わなかったわ。でも、もうこうなった以上は逃げ回るだけでは何の意味もないわね」
「だとすると、一挙に本拠地へ殴り込むのがセオリーという奴じゃな」
「本拠地ってまさか……」
「そのまさかよ。ここからほぼ真西の、サンフランシスコにあるマークスZ本社に向かいましょう」
「オイラもニーナに賛成だな、逃げてばっかなんて性に合わねえ」
「僕モ、僕ノ体ノ大半ガ、ドウナッテイルノカガ知リタイ。何カ変ナ事ニ使ワレナイカガ心配ナンダ」
「アンソニーにウィルもか……はぁ分かったよ、マークスZ本社へ一発ぶん殴りに行こうか。でも、何の対策もしないで行ってもそのまま捕まっちゃいそうですけどね」
シリルはニーナの方に向いて訊いた。
「ええ、私達の目的としてはまずマークスZの現CEOか、本社に鎮座するマザーAIに憑依しているファントム本体に会って、彼らの真意を聞く事。あと、恐らくはそこに送られているウィルちゃんの大きい欠片も取り返したいわね」
「でも、CEOだのマザーAIだのってめちゃくちゃ偉い存在ですよね。そんな簡単に会えるもんなんですか」
「確かに……正攻法では御目通り願えないどころか、すぐに全員捕まってしまうでしょうね。なら、こういう作戦はどうかしら」
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