-第24話- UFOと身分証

 その二百年に及ぶ話の内容に、シリル達は目が眩む感覚がして思わず天井を仰ぎ見た。




「じゃあ、さっき飛んでいたあのUFOもリトルレイさんが生み出したものなんですね」

「ああそうだ。ほれ、こんな風にな」

 リトルレイは、B-17の狭い機内に銀色の小さなUFOを顕現させてふよふよと浮かべた。


「人間はそのUFOに乗せられるのかしら」

「出来なくはない……が、それには相当なエネルギーが必要で一柱の生涯に一~二度だけ、それも人間一人を十数分ほど乗せられる程度じゃろう。ワシらは基本的にはこの『しるし』を通じて幻覚を見せるだけじゃて」

「オイラは乗れるぜっ」アンソニーがUFOの上にちょこんと飛び乗った。


「まぁ結局はそういうこった。ワシらは機械に憑依するのは得意だが、どんな機械に憑依し、その機械をどう扱うかでファントムとの勝負は決まってしまったのじゃな。ワシらは飛行機に執心し、連中はAIを効率的に使った。それだけの話じゃ」




「しかし今のお話を伺うに、もう趨勢が決まってしまっているのなら、もはやここから挽回出来そうな取っ掛かりは何も無さそうに思えます。リトルレイさんは、なぜ今の私達が、『救世主』と予言されているのか、その理由は何なのかは分かりますでしょうか?」


「そんなのワシが知るかいな。それこそメリュジーヌに訊いたらいいじゃろうに。まあ、そうは言えどじゃ。なぜ今かと言えば、それは恐らくあのワケアが関係しておるに間違いなさそうじゃな」




「ワケアか……もうじき近日点に到達するんだっけ」

 確かに現在太陽系内で最もホットトピックとなっているワケアの地球最接近と、今回の案件に深い関わりがある事は、以前ヒューゴも言っていた通りだろうと思われた。


「正直、ワケアに地球外スプライトが乗っているのか、その連中はファントム側なのかどうかは今もって分からん。じゃが、奴らの行動パターンからいって、もうじき奴らはワケアへと接近遭遇しに行くのではなかろうかの」


「ファントムが、何でワケアに会いに行くんですか」

「そうじゃな、元々ワシらには母星への帰巣本能のようなものが備わっておる。これは我々を乗せた天然の探査機が、無事に母星へ戻れるようにするための機能のようなものなんじゃが、それがファントムにも備わっておるとすればワケアに乗って母星へと帰ろうとするか、またはワケア自体に乗っておる母星の同胞へと合一したいという動機があるのやも知れぬな」


「となると、彼らはもう宇宙船に乗ってワケアに旅立っているのでは」

「可能性はあるのう、しかし奴らが『身分証』を持っておるかは分からぬが」




「『身分証』ですか?」


「ああ、つまり自身がワケアの同胞であるという証明じゃよ。例えばワシらが乗ってきた『天然の探査機』の欠片でもあればそれが証となるじゃろう。何しろこの地球や太陽系ではそれと同じ組成の鉱物は存在しないとの事じゃからな。しかしファントムの奴らは、隕石を媒介する事なしに直接地球人の群意識場へと乗り移ってきたようで、そうした物的な証はどこにも存在しないからのう」


「同じ組成の鉱物……あっ、まさか」シリルが目を見開いた。

「何か思い当たる事でもあるのかの」

「ウィルの本体である隕石がそうかも知れません。カリストに落着したものを僕が発見したんですが、その欠片の大半を警察に接収されてしまったんです。もしそれがファントムの手に渡ってしまっているのなら……」


 と、シリルがリトルレイの掌にあるウィルの欠片を見つめた。

 すると、ウィルの体がブルブルと小刻みに震えた。


「ソレニツイテ、チョット話シタイ事ガアルンダ。持ッテイカレタ僕ノ体ノ大半ダケド、モシカシタラ、コノ近クニアルノカモ知レナイ」




「えっそれって、あのカリスト警察に押収されたウィルの欠片かい?」

「ソウダト思ウ」


「ちょっと待って。私もあの時にウクサッカ警察署で立ち会っていたのだけど、そのウィルちゃんの欠片は統合保安局本部に送致されたはずよ。統合保安局本部は月面のティコ市にあるから、地球にはウィルちゃんの欠片はどこにも無いはずなんだけども……」


「ひょっとしたらこのツングースカ隕石の破片みたいなのが、まだ地球のどこかにあるとかじゃないのかな」

「いいや、それはあり得ないじゃろう」リトルレイが首を横に振った。

「そうなんですか?」


「ワシが覚えている限り、確かワシが元々いた体はあのツングースカでほぼ完全に蒸発したはずじゃ。その焼け焦げた欠片は極々わずかに残った一部に過ぎん。十数年前に地球人の科学者達によってコイツが発見された時に、ファントムが確保するよりも先にワシらの協力者であるスプライト達によって奪取したのじゃ。だからその石は大事に取っておくんじゃな」

 シリルはリトルレイから返された隕石の破片をグッと握り締めた。


「だとすると……やはり本部に送致されてから更に転送されていたか、もしくは元々送致先を誤魔化されていたのかのどちらかで、ウィルくんの欠片はまだこの地球のどこかにある事になるわ」




「なぁウィル、どこら辺に欠片があるかは分からないのか?」

「チョット待ッテ……モシカシタラ分カルカモ」


 考え事をするかのようにして一度黙ったウィルが、やがて再び声を発した。

「何トナクダケレドモ……方角ガ分カル気ガスル」

「本当か、どっちの方角だ?」


「コッチ……アノ大キナ動画パネルガ置イテアル方向ダト思ウ」


 全員がその方角へ振り向いた。

「こっちは真西の方角だよな、何があるんだろ」




「もしかしたらだけど……ここからほぼ真西に進むと、カリフォルニア州に到達する事になるわ。そしてカリフォルニアのサンフランシスコには、マークスZの本社があるの」


「……まさか」全員が目を見合わせた。

 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 その時、突然ニーナの懐がガサガサと大きく震えた。




「何かしら……サキちゃんだわ」

 筒に入っていた管狐が増えていたので、嫌な予感がしたニーナは急いでその管狐の首輪にあるスイッチを入れた。


「ニーナ、いきなりで御免なさいね」

「バーリッツ隊長!」

 管狐の首輪から空中に投影されたバーリッツの姿は、かなり憔悴しているように見えた。


「本部が突然、我々L4支部に対してスプライト叛乱分子への情報漏洩を行ったとして、支部隊の全員を拘束すると通告してきたわ。既にここは本部隊に包囲され、通常の通信も一切不能になってしまっているの。ニーナだけでも何とか安全な拠点へ退避して頂戴」

「何ですって!」


「えっどういう事ですか、一体何があったんですか?」

 その投影画像と、愕然とするニーナとを交互に見てシリルが戸惑った。


「私の所属する部署が、スプライト事象部本部隊によって一斉検挙されるという知らせよ。もしかしたら私達の捜査がかなり真実に迫っていて、それだけにスプライト事象部本部もといマークスZの逆鱗に触れた可能性があるって事なんだけど……それにしては、動きがあまりにも早すぎるわ」


「お前さん達、もしや最近NRを使ってはおるまいな?」

「いえ、最近は重要な通信も管狐で行っていたりして、一応気を付けていたつもりですが。まさか調べ物とかでも……」


「そんなの当然じゃろ。さっきも話した通り、NRなんざファントムどもによって完全に掌握されておるわけじゃ。少しでも使えば、こっちの居場所も目的も瞬時に看破するなぞ造作もないわな」

「そうするともしや……」と、シリルが外の方に目を向けた。




 そこへ今度は鏡雪が、ニーナの頭の中でいきなり声を上げた。


(おいニーナ、今から急いでココから逃げるのじゃ! 妾の千里眼で見せてやるわ、ほれこの通り、囲まれておる)


 彼女の脳裏に、この博物館建屋の周りが警官隊や保安部隊のパトモーヴ等でほぼ完全に包囲されようとしているイメージが浮かんだ。


 顔面蒼白になったニーナはシリル達に向かって叫んだ。

「大変、もうこの建屋も警官隊で包囲されてるわ!」


「うぇええ、マジかよ?」アンソニーがぴゅいっとB-17の外へと飛び出していって、それからすぐに戻ってきた。

「うぇえええ、マジだよ!」


「アンソニーちゃんも迂闊に外へ出ないほうが良いわ。多分彼らはスプライト捕縛回収装置を持ってきてるだろうから、彼らが照射する光に当たったらたちまち函の中に吸い込まれてしまうわよ」


「函の中に閉じ込められるなんて嫌だぁー!」

 アンソニーはガクガクブルブルと震えながら、シリルの髪をグイグイと引っ張った。

「イテテっ、分かったから髪を引っ張るなよ抜けちまうって!」


「とにかく今はここをどうやって切り抜けるかを考えないと……」

 必死に思案するニーナだったが、何も有効な手が思い浮かばない。




「何も策がないのなら、お前さん達に一つ提案があるんじゃが」

 リトルレイが片目を瞑りながら手を挙げた。

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