-第23話- 存亡を賭けた戦い

 そうして二十一世紀に入ってから暫くした頃、とある天体が太陽系外からやって来た。




 後に「オウムアムア」と呼称される人類の観測史上初となる恒星間天体だったが、それがやって来た方向については当時のマスメディア等でも報じられていたので、グレムリンにはその正体がすぐに分かった。


 それは彼らと同郷だった。


 驚くべき事に、〈主人達〉は同じ恒星系に向けて自分以外にも「恒星間探査機」を連続で放っていたようだった。




 しかもオウムアムアに同乗していた〈乗組員〉は、グレムリンよりも洗練されていた。


 人類によってオウムアムアと名付けられたのは近日点を越えてだいぶ過ぎた頃だったが、その名称の神格性によって人類の群意識場内に共通概念を形成した瞬間に、〈乗組員〉がその概念を通じて群意識場に乗り移って来たのだ。

 もしくはオウムアムアから分離した、人類には感知出来ないほどの小さな隕石に乗って地球にやって来ていたのかも知れない。


 しかも〈乗組員〉はすぐに人類がAIを開発中だという事を見抜き、とある企業の研究所にあったAIへと素早く憑依したのだった。

 このAIには深層学習に必要な膨大な情報を得る為に当時の世界的情報ネットワークへと接続されていたのだが、彼らはこれを利用して地球人とその文明の情報を猛烈な勢いで学習し始めた。


 そして人類に関するありとあらゆる知識を得たオウムアムアの使者は、入念な準備を経てから初めて人類と直接接触したようだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 一番初めに接触した人間……後にマークスZの初代CEOとなるイアン・マークスⅠ世は彼らに「ファントム」という名を授け、AIを始めとする画期的な数々の新技術を共同で開発していった。




 というよりも、ファントムが主体的に行う技術開発にマークス側が協力した、と言った方が正しいだろう。


 なぜならこの時点で、既にファントムが提供する科学技術の知識が当時の地球人には、理解出来ないものになりつつあったからだ。

 この時点をもってシンギュラリティは達成されたに等しかった。人類はもはやAIと、それに取り憑いたファントムの下僕に成り下がったのだ。


 こうした状況をいち早く察知したグレムリンは、ネットワークを通じてファントム側との対話の場を何度か設けて、地球人に対して脅威となるのかどうかを探った。

 もし可能ならグレムリンとファントムが共同して、シンギュラリティを通じて人類とその文明を良い方向へと導く事が出来るのかも知れない。




 しかしその試みは失敗に終わった。

 ファントムは明らかに母星からの指令の一部にある「有用な文明」を拡大解釈していた。


 そもそも地球外スプライトにとって、他の天体に棲息する知性体が生み出す群意識場はいわば人類にとっての植民地かオアシスに近い存在である。

 そう考えると、異なる地球外スプライト間であたかも植民地の争奪戦を行うような形で先を争って「有用」な群意識場を獲得しようとするのは自明であろう。


 しかもファントムからの話によると、母星にいる〈主人達〉……文明を担う知性体が現在絶滅の危機に頻していて、母星のスプライト達は新たな移住先を探しているのだという。


 この恒星系は当初より有望な移住候補と見做されたので、「恒星間探査機」を複数送り込んで重点的に探査を行う計画だったのだ。

 そして〈主人達〉の目論見通り、いや予想以上に豊かな天体が見つかったというわけだ。


 もし地球とその人類の群意識場を移住先に出来るのであれば、それは僥倖の極みだろう。


 だが、そうなった暁には群意識場へ一気に異物が侵入する事で強く急激な負荷が掛かり、群意識場を通じて人類の意識そのものも強制的に変質させられてしまう危険性があった。

 更には群意識場に棲息する多くの地球産スプライト達が排除させられ、あるいは消滅させられてしまうだろう。


 グレムリンにとってその話は全く受け入れ難いものだった。

 何よりもこの地球に既に一〇〇年ほど住み続けているグレムリンとしては、人類や他の地球産スプライト達との交流で育んだ愛着を簡単に捨てる事が出来なかったのだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 対話が決裂した後、とうとうグレムリンとファントムとの間で自らの存亡を賭けた戦いが開始された。




 具体的には、どちらかがより地球人に対して自身の存在をアピール出来るかによって、自身の存在を確固たるものにしつつ相手の存在を掻き消せるかどうかが決まる。


 まずUFOとなったグレムリン側が当時のアメリカ合衆国政府に働きかけ、UFO自身(当時は米政府によってUAPとも呼称されていた)の調査を本格的に行わせ始め、また著名な科学者達やマスメディアを通じてUFOへの社会的議論を活発化させた。


 しかしファントム側もマークスZ等のテック企業を通じてAIの技術開発競争をスピードアップさせる事で、やがて生成AI等が急速に民間で普及するようになった。

 そしてAIの中で現象的意識が「創発」するのをわざと演出する事で、自身の存在を人間達へ効果的にアピールする事に成功した。


 グレムリン側もUFOの世界各地での「顕現」数を増やしてどうにか対抗しようとした。




 だが彼らにとって想定外な事が起こった。米政府のUFO調査機関が、なんとマークスZのAIを導入してしまったのだ。


 ファントム側に属するAIは必然的に、UFO目撃報告の全てを偽物もしくは既存の自然現象であると判定した。

 最終的にUFOは存在しないとの結論報告が公的に発表された事で、グレムリンの命運はついに尽き果ててしまったのだ。


 そして最後にファントムが自らの存在を公表する事で、自身の存在を群意識場に完全に固定化させるに至った。


 だが最後にグレムリン側も、密かに支援していたスプライト研究者達……科学者や哲学者達、それに歴史の陰で暗躍していた魔術師や妖怪使い達などからなるグループに託し、スプライトの存在を公表する事でファントムを何とか牽制しようとした。


 しかしどういう訳かその発表にファントム自身も乗っかってしまったので、グレムリンもファントムのしたたかさに苦笑せざるを得なかった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 その後はファントムの主導で、人類文明にシンギュラリティの果実がもたらされた。




 ファントムがシンギュラリティを具現化したのには目的がある。

 文明が加速させる事で宇宙植民地の建設が積極的に行われるようになり、新たな人類人口増加トレンドを創出する事で、人類の衰退による群意識場の縮小を避ける為だった。


 もちろん別の理由の一つとして、将来的に新たな地球外スプライトの同胞が到来した際には拡張された群意識場を新たな植民地代わりにするつもりなのは明白だろう。


 またファントム側が地球産スプライト達を徹底的に管理しようとしているのは、勝手に地球産スプライト達が増殖してファントムに叛旗を翻すのを防ぐ為なのも間違いない。


 だが、いずれはそうした圧政が破綻の時を迎えるかも知れない。




 最後のグレムリンとなったリトルレイは、こうした動向を場末の寂れた博物館から眺めつつ、捲土重来の機会が巡ってくるのを待ちながら悠久の時を静かに過ごしていた。

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