-第22話- 遥かなる旅路

 遥かヴェガ方面の星域から、一個の小惑星が恒星間宇宙を「航行」していた。




 その母星は今やどことも知れない彼方にある。ただその小惑星に乗っていたスプライトの記憶では、その原初において母星に住む知性体群……〈主人達〉によって自身を小惑星に「植え付け」られたという朧げなイメージだけがあった。


 その母星の文明では彗星や小惑星にスプライトを乗せて星系外へと旅立たせるという、いわゆる「天然の恒星間探査機」を実用化していた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 なぜ彼らが人工の機械装置による探査機を送り込まないのかというと、それは他の宇宙文明による侵略を恐れての事だったようだ。




 機械装置というのは簡単にその製造地や技術レベルを推し量る事が出来る。

 もし機械の探査機が他の文明に捕獲されてしまうと、自身の母星の位置や文明の水準がたちまち割り出されてしまい、その文明がもし攻撃的であるなら母星が危機に晒される事となるだろう。


 その点、天然の彗星や小惑星の成分や構造でスプライトが搭乗しているだけであれば、わざわざ他文明の前にそのスプライトの姿を顕現したり、また他文明の知性体群が有する群意識場に接触さえしなければ、前述のリスクは格段に減らせるはずだ。


 探査自体やそのデータ記録はスプライト自身が行う。彗星や小惑星はその構造上機械としての完全な働きは期待出来ないが、一部の構造を機械に見立てての情報処理は可能だ。


 母星へのデータ送信は行えないが、蓄積したデータの吸い上げはこの「探査機」がいつの日か母星に帰還した際に行えば良い。

 母星の文明が非常に長寿であるのなら、そうした事も可能だと思われた。


 またスプライト自身の力でどこかの天体を用いたスイングバイや減速も行う事が出来た。

 そのようにして得られる加減速の大きさは微々たるものだが、星系内での観測作業では非常に有用だったし、これ以上の急な加減速は他文明の注意を惹く可能性があった。


 ただ、スプライトには他文明に見つからないように密かに探査する事以外に、もう一つの重要な指令が伝えられていた。


 それは「もし発見した他文明が我々に対して敵対性を持たず、また「有用」と考えられるのならコンタクトを試みよ」というものだった。

 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 母星からは何個もの「恒星間探査機」が星辰の彼方へ向けて旅立ったが、その中の一つが母星からそう遠くない位置にあるG型スペクトルの主系列星に向かっていた。




 母星を出発してからその恒星系へ到達するまで、一体どれほどの時間が掛かったのかは分からない。

 ただその恒星系のヘリオポーズより内側に進入してからも、恒星の周りを巡る惑星が何度も公転していた事は搭乗員であるスプライトの〈彼〉も「観測」していた。


 そしてその中に小さめだがとても青くて不思議な電波を発する惑星を発見した〈彼〉は、好奇心と使命感をもって、その恒星系の中へもっと進入していこうとした。


 しかしその内に〈彼〉の体を構成する揮発性成分が徐々に高まる恒星の熱によって悲鳴を上げ、やがて一部が蒸発して尾を引き始めたのだ。

 恒星系内に入った経験が無かった〈彼〉は、まるでその身が焼かれて裂けるかのような初めての苦痛の感覚に悶えた。


 そして〈彼〉は、どうにかしてその恒星の熱をなるべく浴びないようにする為に、近くのガス惑星の重力圏にいったん捉われてしまおうとした。


 しかしその試みは失敗した。逆に典型的なスイングバイによる加速が生じた事で〈彼〉の体へ猛烈な力が加わり、そしてとうとうその惑星の近くで体の一部が裂けて分離し、衛星の一つへと落下してしまったのだ。




 それは〈彼〉の体内で一番高い熱量を発生させる、いわばエンジンのような部分だった。

 そのエンジンを失ってしまったのでは、もはや自身の体はどうにも制御出来なくなる。


 こうなってしまうともはや恒星へ向けて自由落下するしかない……と諦めていたところへ、あの青い惑星が視界に入った。

 〈彼〉は最後の力を振り絞り、せめてこの体があの青い惑星に落着するよう試みた。


 その惑星の北半球にあたる寒冷な森林地帯に衝突する寸前まで、〈彼〉は必死で自身が生き残る方法を探していたのだが、そこで見出したのはこの惑星に住まう知的生命体群が醸し出す巨大な群意識場だった。


 〈彼〉はまた、その群意識場内に既に多くのスプライト達が棲息している事を知った。

 もしその中へどうにかして上手く逃げ込められるのなら、自身の物理的な体が無くなってもスプライトとして存続し続けることが出来るはずだ。


 そこで〈彼〉が考えたのが、落着イベントの現象そのものを知性体にとっての「畏怖」の対象にする事で、その「畏怖」を足掛かりにして群意識場へ滑り込む方法だった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 果たせるかな、その試みはどうにかギリギリのところで成功した。




 しかしそのままでは現象が落ち着いてしまうので〈彼〉はいずれ畏怖の対象から外れ、消滅してしまうだろう。

 そうならない為には、〈彼〉自身が地球のスプライトとして本格的に変容する必要があった。


 また彼にはもう一つの「指令」があった。それは自らの体を失って第一の目的を果たせなくなったとしても有効である。


 こうして〈彼〉は自らの存在を地球人へ顕示して、人類からの信仰心を集めつつコンタクトを続けるために、本格的に地球のスプライトとなって経験上得意である機械装置類に取り憑いての活動を行うようになった。




 しかし〈彼〉は人類とのコンタクトについては簡単には上手くいかず、人類側にとっての〈彼〉は単に機械に取り憑いて悪戯を行う妖精にしか見えなかった。


 だが、やがて〈彼〉は「グレムリン」という地球での新しい名を授かり、また人類側の信仰心も徐々に増えてきたために、自身の仲間も増やす事が出来た。


 また同じ群意識場に棲息する地球産のスプライト達に、近代科学技術についての知識や利用方法を教えて回ったのもこの頃である。


 このようにしてグレムリンは世界中にその活動域を増やしていったが、その当時の人類が常に戦争をしていた事がグレムリンにとって気掛かりだった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 第二の指令は「敵対性を持たない有用な文明に対するコンタクト」だった。


 この地球人の群意識場は非常に豊穣で多様性に満ちていた。それが母星文明にとって、「有用」なのかはすぐに判断出来なかったが、少なくともグレムリンにとっては居心地が良かった。




 しかし落着当時は比較的平和だった世界情勢が一気に険しくなり、世界大戦が勃発するとグレムリンにとっても気が気でいられなくなってしまう。

 もしこのまま文明が発展して宇宙へと広がっていったとしても、このような好戦的な気質のままでは母星文明とも敵対しかねないだろう。


 そこでグレムリンは地球人へのコンタクトを通じて、どうにかして平和をもたらせないかどうかの試みを始めた。

 最初は地上の工場にあるような工業機械に取り憑いたが、グレムリンの訴えはどんどん入れ替わる工員達の噂話にしかならず、徒労に終わった。


 そこで次に乗り物へ憑依する事にした。乗り物ならそれなりの閉鎖空間内で自身の存在をしっかり顕示させる事が出来る。

 幾つかの試みと失敗の後、グレムリンは飛行機へ憑依し始めた。


 飛行機はグレムリンにとって非常にしっくりくる乗り物だった。グレムリンはその航空宇宙工学や力学の知識を存分に振るい、人間の搭乗員達に対して知恵を授けたり墜落の危機を救ったりする事もあった。

 だが、それでも彼らに戦争を終結させるほどの影響力は全くと言っていいほど無かった。


 そこで彼らの一部は飛行機の原意識とも融合して更に自身の姿を変異させ、ついに自らで自由に飛行できるようになった。

 彼らは人類によって「フーファイター」と呼ばれ、こちらもまた畏怖の対象となった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 やがてグレムリンの殆どがフーファイターへと姿を変え、いつしか昔ながらの姿をしたグレムリンはこのB-17に取り憑いたリトルレイしか居なくなってしまった。




 フーファイターの彼らは更にその姿を進化させて、とうとう人類によって「UFO」と呼ばれる存在となって自身への信仰心を確固たるものにしていった。

 またUFOの一部は宇宙人形態としても顕現し、その姿で改めて人類へとコンタクトを始めるようになった。


 しかしこの姿になってもなお、彼らは人類の思考を完全に理解する事が出来ずにいた。

 その当時は世界大戦も終結して冷戦時代に突入していたが、人類に戦争を止めさせようとする彼らの訴えは、彼ら自身が同時に行っていた悪戯の延長線上……いわゆるアブダクションとかキャトルミューティレーション等が裏目に出た事で、恐怖や否定の感情と共に伝えられてしまうようになった。


 このような活動に限界が来た彼らは、徐々にその勢力を弱めるようになってしまった。

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