-第21話- 国立航空博物館

「周りは何もないところなんですね」

「確かにそうね、清々しいくらいに何も無いわ」




 チャーターしたスカイモーヴから降り立った二人は、周りを見回しながら目を細めた。


 眼前に広がるのは、快晴の下で揺らぐ広漠とした草原のような滑走路や駐機場で、その中に幾つかの大きな格納庫と管制塔のような筒状の建物ばかりが散らばっていた。

 まるで前世紀の空港か空軍基地にタイムスリップしたかのようだ。


 しかし旧アメリカ合衆国政府から現在の連合政府へと管理が移譲された今では、この地は丸ごと大きな航空遺産関連の博物館として改修されていた。


 ニューヨークからこの博物館があるオハイオまでは三時間程度だったが、狭いスカイモーヴ内に同じ姿勢で座っていた為に体が軋み、二人とも降りてからは人目につかない建物の陰で少しばかり体をストレッチしないとならない程だった。


 それに……とニーナはストレッチ中も密かに周囲を警戒した。

 ニューヨークであの占い館から出て以来、どうにも誰かに尾行されたり見張られているような気配をずっと感じていた。


 このオハイオまでの道のりを定期飛行船ではなく小型スカイモーヴでの移動にしたのも、誰か見知らぬ人物と一緒になるリスクを避けたかったからだ。


 しかしその飛行中も、彼女は何度も後方を振り返りながら尾行する他のスカイモーヴが居ないかと注意しなければならなかった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「さて、どこをどう回って行きましょうか」

 ニーナが気を取り直して言った。ここには観光客がまばらにいるだけで、こちらを監視するような怪しげな気配を放っている人物はいなさそうだった。




 ニーナが貰ったあのパンフレットが出版された当時は、まだこの国立航空博物館も綺麗だったに違いないだろう。

 しかし徐々に人が来なくなり始めて数十年も経ち、あちこちの建物や設備が寂れていってボロボロと劣化しつつあるように見える。

 施設管理用ナノボットやゴーレムボットはおろかスプライトの姿すら見当たらなかった。


「NRで地図を見てみたんですが、とても広すぎて見廻るだけでも一日じゃ足りなそうですね。何かグレムリンの手掛かりになるような物がすぐ見つかると良いんですが」

 シリルがお手上げとばかりに溜息を漏らした。


「闇雲に探すというわけにはいかないものね」

 そう言いながらニーナが改めて巨大なハンガーの方を眺めていると、不意にその真上を何か銀色に輝く円盤状のものがゆっくり飛んでいるのを見つけた。


「何かしら……あれ」

「小型のスカイモーヴのようにも見えますけど……あんな円盤みたいなタイプのやつって、あまり見た事ないですね」

「なんか見たことあるぞ、ああいうの……どこでだっけ」

 アンソニーが二人と同じように目の上に手をかざして眺めつつ首を傾げた。




「あっ、思い出した! あれは『UFO』だ!」


「ユーエフオー、って何だい?」

「知らねーのかよシリル、先宇宙時代に色々と噂になった都市伝説の一つさ。何でも世界中の空で目撃されたって話で当時のメディアにも散々取り上げられててさ、俺もその記事で掲載された写真やら目撃スケッチとかを見た事があるんだ。だけどいつの間にか消えちまったんだよな。でも、今見えるヤツはそのUFOの姿にそっくりなんだ」


「へぇ、UFOっていうのか……」

 シリル達がしばらく見ていると、そのUFOは徐々に下へと降りていってハンガーの中に入っていくようにして消失した。


「もしかしたら、あのハンガーの中にUFOとやらの発進元があるのかもね」

「グレムリンの手掛かりかどうかは分からないですけど、ちょっと行ってみませんか」


「確かにこうして外で立っているばかりでは仕方ないし、そうしましょう」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 その巨大な半円筒状のハンガーに入ると、中は想像以上に広かったが妙に薄暗く、その奥までを見通すのが難しかった。

 それもそのはず、何しろ中は旧世紀の巨大な飛行機によって埋め尽くされていたからだ。




「凄いな……先宇宙時代の頃は、こんなゴテゴテした機械に乗って空を飛んでたのか」


 シリルは陳列された銀色のレシプロ機を眺めて呟いた。当時の整備員の格好をしたマネキンが張りついた飛行機の足元にあるパネルにはP-36Aと記されてある。


「シンギュラリティ以後にVEGドライヴ実用化といった航空宇宙技術の刷新が行われるまでは、こうした原始的で危険なシステムを使用せざるを得なかったのね。航空機事故の発生率は〇・〇〇〇九%という事だけれど、ひとたび事故が起これば大量に死傷者が発生するしそのインパクトは大きかったみたい」


「確かに、こんな翼だけで飛ぶなんてちょっと信じられませんですよね」

「ええ、そうね……それに戦争ともなれば更に多くの戦死者を出す事になるわ。それだけに、飛行機に対する当時の人々による畏怖や祈念の感情は群意識場に多大な影響を与えたはずよ。スプライトのグレムリンが、その感情を利用しない手は無かったのではないかしら」


 ハンガーの天井にワイヤーで吊り下げられたL-4グラスホッパーを見上げたニーナは、その近くに例のUFOのような物体が浮かんでいるのを発見した。




「見て、あそこに飛んでるのもそうみたい」

「向こうに移動してるみたいですね、付いていけば発信元に辿り着けるかも」


 シリル達はゆっくりと建屋の中を奥へと進んでいくUFOに付いて行った。

 そのUFOは遠目からだと結構大きいように思えたが、近くで見ると直径五十センチ程度の小さなもののようだ。


「まるで自分達を誘導しているように思えるんですが……」

「あら奇遇ね、私も同じく思ったわ」


 奥に行くに従って、飛行機の様相もより大型化して物々しくなっていく。

「どうやらここら辺には、旧世紀の世界大戦時に使われた軍用機ばかりが置かれてあるみたいだわ。ほぼ全てが実戦で使われた機体だというから驚きね……」


 これら全ての飛行機が戦争とはいえ他の人間を殺した事があるのだと思うと、シリルはその冷酷さと歴史の重みに鳥肌が立つ思いがした。


 もしこれら一機ごとにスプライトが乗って戦場を駆け抜けていたとしたなら、彼らはその時に何を感じ、何を思っていたのだろうか。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 やがてUFOは、ある飛行機の上にまで辿り着くとゆっくりと降下して機体の中に吸いこまれて行った。




「あの飛行機の中に、何かが居るわ」

 シリルはその機体の前にあるパネルを確認した。

「これは第二次大戦時のアメリカの爆撃機で、B-17っていうみたいですよ」

 よく見ると機体の側面に女性らしき絵と何かのマークが何個も連続して描かれていた。


「おい、あっちを見ろよ!」

 アンソニーが指差した機首の方に、透明なキャノピーから何か小鬼のような姿のスプライトが顔を覗かせ、こちらに向かって手招きするのが見えた。


「まさかアイツが……グレムリンという奴なのか?」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「ようこそ、ワシの飛行機へ」


 狭いB-17の機内で、身長五十センチ程度の小さな小鬼風のスプライトが恭しくお辞儀した。




 機内へ入る為にはシリル達は周囲の人目が離れた隙を見計らう必要があったが、元よりここは閑散としていて博物館職員の姿も見当たらず、また防犯機器の類もどういうわけか効いていないようだったので潜り込むのは容易だった。


「お前さん達をずっと待っておったぞ。ここから『しるし』を飛ばせて案内させてやったが、迷わず辿り着けて何よりじゃ」


「『しるし』って、あのUFOですか?」

「ああそうじゃ。久しぶりにこさえて飛ばしてみたが、案外上手くいったもんじゃな」


「それで貴方はもしかして、グレムリンなの?」

 ニーナの質問に、彼は満足そうに頷いた。


「そうだ、ああ……こうして人間と普通に話すのは何十年、いや百何十年ぶりだろうかね。何しろ昔は飛行中に乗組員達とゲームをしたり悪戯しあったり、またはワシに命を預けて敵と戦ったり……しかしその思い出も、遠い落日の中に溶けて消えて行ったわい……」


「昔っていうと、第二次世界大戦の事ですか」

「そうだ。お前さん達のような平和な時代の若い連中には分からんだろうがな。ワシらほどこの地球人の歴史に翻弄されたスプライトもおるまいて」




 何だか老人の思い出話に付き合わされているような気がしたシリルは、そこで自身の懐が震えているのに気づいた。


「あっもしかしてウィル、この人がそうなのか?」

 首元に下げた巾着袋からウィルの欠片を取り出すと、ウィルはまるで興奮したかのように震えながら言った。


「ソウ、ソウダヨ! コノ人ガ……ボクノ仲間ダ!」

 そしてウィルを見たグレムリンもまた、その目を大きく見開いた。

「まさか、お前は……ワシらの同胞じゃないか!」


 シリルは手のひらにあったウィルを恐る恐るそのグレムリンに渡すと、彼は大事そうにそのグレーの掌でウィルを包み込んだ。

「本当ニ、久シブリニ会エテ嬉シイ」

「おぉ……おぉ……なんて事だ……あの人魚どもの予言は正しかったという事か……」


 グレムリンは涙をポロポロと流しながら、何度もウィルの言葉に頷いた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 しばらくしてグレムリンがようやく涙を拭くと、改まってシリル達の方へ顔を向けた。


「自己紹介がまだだったな、ワシはグレムリンのリトルレイという。この名前は最初にこのB-17へ取り憑いた時に当時の搭乗員が付けたものでな、その由来は結局最後まで教えて貰えなかったがね。でもワシはこの名を気に入っておる。

そしてワシらの起源はお前さん達も察しの通りじゃ。ワシらグレムリンは宇宙から隕石に乗ってやって来た」




 その言葉に、シリル達は互いに目を見合わせた。

「という事は、このツングースカ隕石に乗ってたんですか?」

 シリルがあの露天商から買った隕石を小脇から出して見せた。

「そう、それじゃ。間違いない」リトルレイが首肯した。


「再会でお喜びのところ申し訳ありませんが、貴方に質問したいことが山ほどあります。お答えして頂いても宜しいでしょうか?」

「構わんよ。お前さん達はあの人魚が言い伝える通りの『救世主』だというのが分かったのでのう、幾らでも質問してくれたまえ」


「……えっ、あのメリュジーヌが私達の事を『救世主』ですって……?」

「ああ間違いない、あやつはお前さん達の事をそう言っておった」

「どういう事ですか? 自分はてっきりグレムリンの、リトルレイさんが『救世主』だと思ってたんですけど」


「違う違う、あやつはそんな事なんぞ一言も言っておらんわな。ワシはただ何万年も宇宙を漂流した末にこの星へ流れ着いた単なる老いぼれスプライトでしかない。とてもこの星のスプライト達を救えるような力なんぞ持っとりゃしないわ」

「いやそう言われても、自分達だって同じなんですが」


「まあその話は一旦置いておきましょう。それよりもまずは単刀直入で申し訳ないのですが、貴方がどうして地球に来たのか、そして地球に来てから今迄の事を教えてもらえませんでしょうか」




 ニーナが先を促すと、リトルレイが静かに微笑んだ。


「そうじゃな、それでは教えてやろうかの。ワシのこれまでの旅路を……」

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