-第20話- 露店

「何じゃと……まさかあの話がもう」




 L4支部でニーナがバーリッツから聞いていた、スプライト事象部本部による大規模動員活動がすでに始まっているという事だろう。

 そして彼女とは関係なく動いている捜査員達が、スプライト達の間で流されている噂の発信源と容疑者を探知するなど容易い事であるのは間違いない。


 このような状況で包囲された建物からニーナが出てきてしまうと、彼女もまた容疑者の一員と見なされて即刻検挙され、グレムリンの調査どころか彼女自身の捜査員人生が永久に閉ざされてしまうのは確定だろう。


「ど、どうすれば……」

 いつの間にか鏡雪と入れ替わったニーナが狼狽えた。

「大丈夫ですよ、そちらの戸から出て道なりに進んでいけば、簡単にビルの裏口から出られますから。そこから先は部下の人魚に指示してありますので、彼女達に従って下さい。そこで貴方達が手に入れる物の中に、次の行先への手掛かりがあります」




「なるほど、分かったわ。じゃあ……」

 と、足早にその場を立ち去ろうとしたニーナは一度振り返った。


「情報提供、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。最後に一つだけ。貴方達が今もっとも真実に近づいていると思いますわ。そして、貴方達の行動がスプライト達の、いいえ人類全ての未来を決める事になります。くれぐれも慎重に、ですが勇敢な判断をして下さい」


「……えっと、何の事だか分からないけど、ご忠告ありがとう。それじゃ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




  ニーナはまるで迷宮のように薄暗く入り組んだビルの中を道なりに、足早に進んでいくといつしか地上の光が漏れるドアに辿り着いた。


 その古びたドアをギギッと開けると、確かにそこは狭い裏路地に面しているのが分かる。

 素早く左右を見て誰も居ない事を確認して、なるべく誰にも見られないようにしながら急いでそのビルから離れた。

 



 数ブロック渡ったところで地元警察に誰何された。


 スプライトのケルピーとデュラハンを引き連れた騎馬警官によって身分証の提示を求められたニーナは、少々の動揺を隠しながらもすぐにNRで身分証を表示した。


「スプライト事象部のコルボフスカヤ捜査官でしたか」

「ええ、ここへは観光でやって来たんだけど、迷っちゃって。それよりもこの一帯で警戒状況が上がっているようだけど、何があったのかしら」


 ニーナよりも階級が下の警官による敬礼に答礼を返した彼女は、誤魔化すために警官へ質問をした。

「実はこの付近のビルに、スプライトの叛乱分子によるアジトが発見されたとの事でして、これから特殊部隊がそのビルに突入する予定です」


「そうだったの……」

 メリュジーヌによる予言は的中していたようだった。暗澹たる気分をなるべく顔に出さないようにしつつ、その場を足早に去った。




 警官達と別れてすぐに、ビルの陰から一人の人魚が現れた。どうやらアマビエのようだが、人間と同じような足が生えていた。

 メリュジーヌの部下らしいその人魚の後を、少し離れてニーナが付いていく。


 ロウアーマンハッタンの辺りまで歩いていくと、やがて道路が冠水して本格的な水路へと変化していく。


 ニーナはその近くの路地で、別の人魚と一緒に何か露店のものを物色しているシリルを見つけた。

 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「何を見ているのかしら」

「ああニーナさん、これは……」

 シリルが眺めていたのは、地面に敷かれた布の上に並べられた大小様々な鉱石の類だ。


「相変わらずこういうのが好きなのね」

「人魚の皆さんに連れられて色々と露店巡りをしてたんですけど、ついついこういう所で立ち止まっちゃうんですよね」

 とはいえシリルの傍にいたセイレーン達も、楽しげに露天商と話し込んでいるようだ。




「コレ、どうだい」

 ヨナルデパズトーリの露天商がダミ声で一つの石を指差した。

「んん、何の変哲も無い隕石みたいだけど……」


 ヨナルデパズトーリに勧められるがままに、その石を手に取ってみた。

「アッ、ソノ石ハ……!」

「どうした、ウィル?」

「ナンダカ雰囲気ガ、僕トヨク似テイルヨ。多分、組成ナドモ僕ト同ジナンダ」


「そうなのか? じゃあ、話とか出来るのかな」

 小袋に入っているウィルの小片とほぼ同じサイズなので、シリルはもしやと思いながら試しにその隕石へ話しかけてみた。

「なあおい君、俺の話が聞こえるかい?」


 するとヨナルデパズトーリの隣にいた五本足のブエルがクックックと笑った。

「石に話しかける人間は初めて見たぜ」「ああ、面白い奴だな」

「なんだよ、別にいいだろ」

「構わねえけど、スプライトじゃねえから返事なんかしやしねぇぜ。何しろその石は遥かシベリアの奥地で発見された有名な隕石の破片だって話だからな」


「シベリアって本当なんですか?」

「何でも十数年前に偉い人間の学者達がわざわざシベリア奥地まで発掘に行ったそうなんだが、見つけ出したのがそんなチッポケな石ころだったって話さ。しかし普通ならその石は博物館行きになるところが、盗難だの色々あって今はオレ達の懐にあるってわけさ」


 何やら胡散臭い話になってきたが、それでもやはり気になったシリルは一つだけ質問した。

「そのシベリア奥地の、詳細な地名って分かりますか」

「うーん、確かその地は……そうそう、ツングースカって言ったっけな」


「おいマジかよ」アンソニーが驚いてぴょんと飛び跳ねた。

「本当にツングースカなんですか?」

「そうだ」ブエルが頷いた。


 側から聞いていたニーナは、まさかこんな偶然があるなんて……と訝しんだ。

 しかしメリュジーヌが言っていた「次の行先への手掛かり」がこれである可能性はある。


「ヤッパリソウナノカ、デアレバ僕ガ、コノ石ノ中ヘ乗リ移ル事スラ出来ルヨ」

「つまり、それくらいウィルと同じって事なのか」

「私がお金を出してあげるから、その石を買いましょう」

「良いんですか?」


 シリルが目を丸くしたが、ニーナは黙って彼に微笑み返しながらNRで額面通りのクレジットを露天商に渡した。


「毎度あり、気前がいい嬢ちゃんにはこれもオマケであげるよ」

 ヨナルデパズトーリが石と一緒に渡したのは、一冊の古ぼけた紙のパンフレットだった。


「紙で出来たパンフレットなんて珍しいですね」

「ええ、一世紀は前の骨董品だわ」




 劣化して朽ちかけ、印刷も半ば擦れているそのパンフレットの表紙を読んで、ニーナが思わず声を上げそうになった。


 そこには「国立航空博物館」と記されていた。

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