-第19話- 占い館

 その店はミッドタウンのかなり裏ぶれたブロックにあるアールデコ風高層ビルの8/3階にあった。




 読んで字の如く8/3階などという階は通常あり得ないし、しかも結界が張られているらしく通常の手段では辿り着く事は叶わない。

 ニーナはセイレーン達から教えてもらった手順で、エレベーターと階段を何度も複雑に行ったり来たりしてようやく到着した。


「はぁ、はぁ……全く嫌らしいくらいに上手く隠しているものね」

「それはそうじゃろうて、おそらく過去に何度も警察や統合保安局にマフィア連中、それにスプライト・ハンター共に踏み込まれてきたから、余程警戒しておるのやも知れぬな」

 ニーナの頭の中で鏡雪が呟いた。


 その8/3階には幾つかの店やオフィスが入居しているようだったが、今はその廊下は静まり返って所々ホコリが溜まっており、清掃用ゴーレムボットも居ないようだ。




「ここがその『メリュジーヌの占い館』ね……」

 重々しいマホガニー製のドアに付けられたドアノッカーに手を掛けようとすると、突然その獅子の顔をしたドアノッカーが喋り出した。


「来訪者あり、群意識場認証開始……成功。ニーナ・セイケ・コルボフスカヤとその契約スプライトの鏡雪である事を確認。ようこそ、『メリュジーヌの占い館』へ」


 どうやらその獅子はスプライトだったらしく、ニコッとその鋳鉄製の顔を綻ばせた獅子は自らの叩き金をコンコンと鳴らした。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「さあ、こちらにいらっしゃい」


 艶やかなアルトヴォイスに導かれ、暗めに調整された間接照明で彩られた年代物の豪奢なカーテンを幾つも通り抜けた先に、この店の主人が座する小部屋があった。


「ようこそニーナさん。貴方については初めまして……だったわね」

 その女主人は足元に置かれた水桶に鱗だらけの尻尾をピチャリと浸し、小さな円卓の上に置かれた水タバコを燻らしながら、ニーナへ正面の席に座るよう手招きした。


「初めまして。貴方が……メリュジーヌさん?」

「ええ、私がこの占い館のオーナー兼筆頭占い師、メリュジーヌよ」


「なぜ私達のことを知っているのかしら」

「もちろんそれは……私の占いによるものよ。貴方がどこから来た何者であって誰と一緒に来たのか、そしてこれからどこへ向かい、何を為そうとするか……全ては聖霊の国からの託宣によって伝えられているわ」


「はあ……そうなんですか」

 何だか煙に包まれたような返答で、ニーナは反応に窮する。


(おいニーナ、ちょっと妾を出せ)

 鏡雪が急にせっつくように要望してきたので、ニーナは仕方なく呪符を懐から出した。




「久しぶりじゃのぅメリュジーヌ、息災で何よりじゃ」

 呪符の力で一瞬にしてニーナから姿を変えた鏡雪が、メリュジーヌをキッと睨んだ。


「これはこれは、鏡雪様。お久しぶりでございますね」

「よくもまぁ、未だにこんなボロい商売を続けておるものよな。お主に泣かされた客は百や二百じゃ足りぬじゃろうてな」


「おやおや、そのようなクレームはとんと聞いた事がありませんですね。皆さん、私の斡旋をお喜びになる方々ばかりですよ」

「嘘を申すでないわ。現に妾は五十年ほど前、お主に情報を売られた挙句に虎人やらスプライト・ハンター共につけ狙われて酷い目に遭ったのじゃ。どうにか日本へ逃げて清家の血族に匿われてなければ、今頃どうなっていたことやら」


「ああ、あの時の事ですか。それは大変な誤解だと思いますわ。何しろ当時に鏡雪様へお教えしたスプライト・ハンター達の位置情報ですが、その後で別の方達にもお伝えしていたものが向こうで漏洩したようなのです。それにまさか鏡雪様がスプライト・ハンター狩りを行っていてあちらに恨みを持たれているなんて、私は存じ上げませんでしたので」


「ぬぬっ……であるならば尚のこと、商売先の客は慎重に選ばねばならぬじゃろうにな」

「ええそうですね、特にこちらの事情もおもんばからないで一方的にクレームを付けたがるお客様はご遠慮願いたいものですわ」


 メリュジーヌと鏡雪は卓を囲んでニッコリと微笑みあった。




「……ん、何じゃ。話が進まないから早う進めろと? チッ、分かった分かったそう頭の中で五月蝿くするでないわ」

 意識の内に引っ込んでいたニーナに抗議された鏡雪は、溜息を漏らしながら居住まいを正してから改めてメリュジーヌに向かい合った。


「それでじゃ、単刀直入に訊くがの。今回の騒動はお主が仕組んだ事か?」

「今回の騒動……と言いますと?」


「とぼけるでないわ。お主は来店客を通じてある噂をばら撒いているのでは無いのかの? もちろん客だけではのうて、当然ダークNRも併用しておるのじゃろうがな」

「ほう、ある噂、ですか」


 更に韜晦しようとするメリュジーヌに鏡雪が畳みかけた。

「ずばりお主が、スプライト達に『救世主が飛行機に乗ってやって来る』などと吹聴しておるのじゃろう? さあ申せ、何のためにそんな事をする。一体その『救世主』とは誰の事じゃ?」




「……」

 メリュジーヌは暫く何も言わずに水タバコを燻らせていたが、ややあって口を開いた。


「貴方達は『グレムリン』というスプライトをご存知でしょうか」

「グレムリン、じゃと?」

  



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 グレムリン。その名は、実はニューヨークに降り立つ前にシリルと情報を共有した際に出てきたスプライトの名前だった。


 鏡雪は朧げにその名前を覚えていたのだが、ニーナが初めて知るそのスプライトは今や統合保安局の中でも忘れ去られた存在だった。




「ええそうですわ。グレムリンが、貴方の仰る『救世主』と関わりがあると……そう託宣があったとしたら、どうでしょうか」

(まさか、本当なの?)ニーナが鏡雪の頭の中で驚嘆した。

「ほうほう、やっぱりか。ニーナ達の予想は的中したと言うわけじゃ」


 ニーナ達とシリル達とは、地球に行く事が決まる以前から管狐を通じて色々と話をしていて、情報もかなり密に共有していた。

 その中でウィルの正体についての仮説、そしてグレムリンについての話をアンソニーから聞くと、ニーナの中でパズルの何枚かがピタリと綺麗に嵌るような音がした。


 つまり、ウィルの正体は二〇世紀初頭に地球を訪れた恒星間天体であるツングースカ隕石の一部であり、その本体が地球に落下してすぐに人類の群意識場への移住に成功したスプライトがグレムリンという事、そしてグレムリンが飛行機を好んでいたという事。


 それに対してニーナが持ち寄った情報としては、太陽系各地のスプライト達が「救世主が飛行機に乗ってやって来る」と信じ始めている事、そして二十一世紀初頭に太陽系を訪れた恒星間天体オウムアムアからは謎のスプライト・ファントムが地球にやってきて、マークスZに協力し始めたという事。

 そのマークスZは何故か統合保安局を手駒にして太陽系中のスプライトを管理、いや監視して締め付けようとしている事……


 これらが全て一本の糸で繋がったような気がした。




 とは言え、それにしてもまだ疑問が山ほどある。

「だがもしその託宣が正しかったとしてじゃ、何故グレムリンが救世主なのかの? そもそもグレムリンとは何者で、かのようにスプライト達の支持を得ておるのじゃ? もしやグレムリンはマークスZ……もといファントムと遥か昔から対立しておるのか?」


 集めた情報を基にしてニーナとシリルが組み立てた仮説によると、共に恒星間天体だというツングースカ隕石とオウムアムアの間には何か深い関係があり、そしてグレムリンやウィルとファントムとの間では対立関係が生じている可能性があった。

 であるならば、ファントムに事実上弾圧されているスプライト達がグレムリンの復権を唱えようとするのは無理もない話だと思える。


「疑問はそればかりではないぞ、ファントムの目的は一体何なのじゃ? なぜ彼奴も地球に降り立ち、AIに取り憑いて人類文明を操作し始めたのじゃろうか? そして何より、現在も地球に向かってまっしぐらに接近しておる例の恒星間天体ワケアと彼奴らとは一体どういう関係にあり、これから何が起ころうとしておるのじゃ?」




 捲し立てるように問い詰める鏡雪に対し、メリュジーヌはそれを聞く風でもなく静かに水タバコを吹かし続けていた。そのお陰で二人のいる昏い小部屋は煙気でむせ返るほどになった。


「……おい、妾の話をちゃんと聞いておるのかの?」

「ええ、先ほどからちゃんと聞いておりますよ。しかし何ぶんにも、質問が多くてどうお答えしようか迷っているところです」


「少なくとも、お主が噂の出所だというのは認めるのじゃな?」

「はい、それは間違いありません。こちらにいらっしゃる方々に、一様に同じ話をさせて頂いております」

「ダークNRサイトでもかの?」

「ええもちろん、そちらでもアバターを介して同じように」


「もう一度問うが、その託宣は事実なのかの?」

「それはもう、私は占術を始めて八世紀になる大ベテランですから」

 メリュジーヌはにっこりと微笑んだ。


 そして先ほどまで口に咥えていた水タバコの吸口を卓上に置いた。

「これ以上のお話は、私からではなくグレムリン本人から、お聞きされたほうが宜しいでしょう」


「何じゃと、グレムリンが……まだどこかに棲んでおるのか? もうあの種は全員が消滅したのだと聞いておるが……」

「はい、まだ一柱だけが、とある博物館にて密かに棲んでおられます。ですが、今ここでその場所をお教えする時間はもうありません」




「何故じゃ」

「この建物は、今よりまもなく統合保安局スプライト事象部のニューヨーク支部から派遣された特殊部隊によって取り囲まれ、私達もすぐに逮捕されてしまうでしょう」

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