-第26話- 空中戦

(おいニーナ、後ろを確認してみい)




 頭の中で鏡雪が呼びかけたので、シリル達と作戦の細部を詰めていたニーナはいったん話を切ってから横の窓に顔を押し付け、後方を覗き込んだ。


「やっぱり追手が来てるみたいね」

 警察のパトモーヴは一万メートルの高空でも時速五〇〇キロは軽く出せるはずだ。対するB-17はせいぜい時速四六〇キロであり、早晩追いつかれてしまうだろう。


「この飛行機の武器はどうなってるのでしょうか」

「兵装か、ちょっと待っておれ」

 すると、機体の真下から何かが回るような音がし始めた。


「うむぅ……まぁ何とかなるかのぅ」

「どうしました?」

「いや、弾が少々しか無いからの。まぁ効率的に使えば足りるじゃろうて」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 すると程なくして、後方から白く光る線条が何本も放たれるのが見えた。




「やっぱり撃って来たか!」

「今からワシが機動を行いながら防御射撃を行うから、お前さん達は操縦桿にしっかりと掴まっておれ」

 言うが早いか、リトルレイはB-17の機体をいきなり上下左右に大きく揺らした。


「きゃあっ」「どひゃーっ!」「アンソニーはこっちの懐に入ってろ!」

 機内を転げ回るアンソニーを捕まえて自らのジャケット内に入れたシリルは、操縦桿をギュッと握り直した。


 機体下方と後方からダダダダダッっと重い破裂音が連発して響いた。

 どうやらB-17の銃座にある対空機関銃の射撃音のようだ。


「ガチで撃ってるのか」「アワワワ」アンソニーが懐でブルブルと震える。

 ニーナが横の窓を改めて覗き込んだ。「ダメよ、まだ付いて来るわ」

「連中がまたやって来るぞい!」


 またも機体が大きく揺れながら散発的な射撃音が響き渡り、二人はその度に目を瞑って操縦桿の前にうずくまった。


 しかしそれから間もなくして、急にその射撃音が止んだ。

「……済まぬ、もう弾切れじゃ」

 苦笑いをするような口調でリトルレイが告げると、二人は目を見合わせた。

「なんて事……」「万事休すか」


 このままでは、程なくしてパトモーヴがB-17の前方を押さえてしまい、機体を無理やり減速・着陸させられるだろう。


 そうなってはもはや自分たち二人とスプライト三柱の運命は風前の灯だ。




 しかしその時、シリルは前方の空から何か奇妙なものがやって来るのを見た。

「……何だろう、あれ」「まさか……」

 その白銀色の雷光を纏う怪物は、スプライトの雷獣だった。


「何てこと、こんな時に襲いかかって来るなんて」

 恐らくそいつは捕らえられた仲間のお礼参りに来たのだろう。ニーナは先日に任務で雷獣を討伐した事を悔やんだ。


「……えっ」

 だが一瞬だけこちらを見てニヤリと笑ったものの、そのまますれ違って後方へ去っていく雷獣に、ニーナは目を白黒させて思わず後方を振り向いた。


 雷獣はそのままパトモーヴの一群へと突っ込んでいき、その大出力の雷撃をパトモーヴの方に次々に撃ち込んでいくと、パトモーヴは慌てたように散り散りになった。


「おいニーナよ、お前さんは雷獣に何をしたんじゃ? 奴は『仲間の件について今は問わない』だとか何とか言っておるぞ」

 雷獣と会話を交わしたらしいリトルレイがそう言った。




「あっちの空にも何かいる!」シリルが反対側の空を指して叫んだ。

 そちらの空からは、今度はバックベアードが何柱もやって来つつあった。


 バックベアードもまたパトモーヴに接近して睨み付けると、パトモーヴは急にフラフラになって減速し、一機また一機と地上へ不時着していった。


 パトモーヴを攻撃し始めたのは雷獣やバックベアードだけではなかった。後から次々に様々なスプライト……巨大な蝙蝠姿の吸血鬼や蛾の霊、一旦木綿や野衾、ニーズヘッグやガーゴイル達がB-17を取り囲み、追いかけるパトモーヴに立ち塞がった。


「これは……一体どういう事なんだ」

 シリルはその光景を茫然と眺めながら呟いた。


「大方、メリュジーヌ辺りがけしかけたんだろさ。あの連中、こっちを指して『救世主』だの何だのって口々に言っておるぞな」

 確かに、彼らは時々シリル達の方へ向かって手(のような器官)を振って挨拶を送っているように見えた。




 その群れはどんどんと膨れ上がっていき、やがてパトモーヴが一機も見当たらなくなってからもB-17を護衛するかのように取り囲んで飛び続けていた。

  



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「見えたわ。あの向こうに見える建物が、マークスZの本社と研究所よ」


 ニーナが指差した先には、周囲の街並みよりも一際高くそびえるタワーとそれを囲む建物群が見えた。既に夕方となり、玻璃で装われたタワーは橙色に輝き始めていた。




「あのタワーに隣接しとる本社専属宇宙港が滑走路に使えそうだぞい」

「えっちょっと待って、あそこにいっぱい人とか宇宙船とか駐機してますけど」


 先宇宙時代とは違って滑走路が存在しない宇宙港では、どこもかしこも駐機中の宇宙船とその脇で働く宇宙港職員で一杯だった。


「今から着陸態勢に入るからどっかに掴まっとれ」

「いやいやちょっと待って下さいって、流石に滑走できる場所が……」

「大丈夫大丈夫、あそこの隙間を狙うからのう」




 シリル達の制止も聞かず、リトルレイは機体をグンと降下させ始めた。それとともに、タワーの横に広がる宇宙港がどんどん近づいて来る。


「シリルよ、降着装置を下ろすんじゃ!」

「えっこ、これだっけ?」

 訳もわからずリトルレイが指示するままにスイッチを入れた。


「やばいやばい、やばいって」

 既に宇宙港にいる人達もこちらに気づいたのか、慌てて逃げ惑い始めるのがコックピットからも見えた。


「合図したら操縦桿を前に倒せい、今じゃ!」

「わわわ、わぁーっ!」またも訳もわからずシリルは眼前へ急接近する宇宙港に目を背けながら操縦桿を握ってグッと倒した。


 機体に急制動が掛かり、機体後方がいきなりガコン! と何かにぶつかったような音がした後にガリガリガリと酷く擦れるような振動が機内を襲った。


 B-17の翼端が駐機中の宇宙船に何度も接触し、ガリガリと酷い音が断続的に響くと機体の速度がどんどん弱まっていき、そしてとうとうタワーの真ん前で停止した。




「ちゃ、着陸した……か?」「……そのようね」

 二人が周りを見回すと、機体の周りは既にあらかた逃げてしまって誰もいないようだ。

 B-17の周囲を護衛していたスプライト達は、しばらくその機体の上をグルグルと回っていたが、やがて白い残影を曳きながら次々に去っていった。




「さあ、すぐに作戦を開始しましょう。じきにここも警察か宇宙港の警備員に取り囲まれてしまうわ」


ニーナが立ち上がって、シリル達に指示しながら準備を始めた。

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