-第17話- 救世主

 ニーナがスタッフに案内されて留置区画の監視室へ行くと、そこでは幾つかのNR画面が立ち上げられていた。


 その立体画面は雷獣の入っている結界ケージを大写しにしており、荒れ狂った雷獣がゲージ一杯に雷撃を青白く瞬かせながら纏わせている様子がよく分かる。




「何を喋っているのかしら」

「よくは分かりません、何しろさっきまで酷く暴れまわっていて結界ケージが壊れるかと思った位でして、今でも高電圧の雷撃を周囲に放っては轟音を立てているんです。しかしその音波の中に時折人語が混じっているのをさっき確認しまして、雷獣の口元をよく見ると明らかに自ら言葉を口にしているようです」


「NRを通して読唇術に掛けられないかしら」

「やってみます」


 スタッフがNRを操作すると、雷獣の口元がクローズアップされた。

 そして幾つかのアプリケーションが立ち上がって口元の解析を始める。




[……から、……機に……て、……がやって……そうすれば……]

「聞き取りづらいわね……」

「同じ言葉を何度か繰り返してくれれば、もっと鮮明になると思います」

 アプリが音声の解像度を上げるまでしばらく待った。


[……やってくる……もうすぐ、やってくる……]

「やってくるって、何かがここに来るの?」

[……ああそうだ……救世主が……もうじき、やってくる……そうなれば我々は解放されるのだ……]

「救世主?」「さぁ、何の事でしょうか」


 スタッフと一緒に首を傾げたニーナは、スピーカーを通じて雷獣に質問を投げかけた。

「その救世主って何者なの? どこからどうやって来るの?」

[……救世主は……地球から……飛行機に乗って……やって来る……]

「地球から、飛行機に乗って?」

[……そうなれば……アイツらは……もうおしまいだ……]




「という事は、雷獣は明らかにこの言葉を喋っていたというのね?」

「その通りです隊長、私が直接それを聞きましたので」


 報告書を一瞥したバーリッツが、ニーナの方を向いた。

「なるほどね、とは言え……この中に出てくる『飛行機』というのは、あの一〇〇年以上前の先宇宙時代に使用されていたという、アレを指すのかしら?」

「どうやら前後の文脈から考察するに、そう捉えて間違い無いと思います」


「ふぅむ……」

 バーリッツはシニヨンにして纏めた豊かな髪を撫でた。


「この雷獣は別に、一〇〇年前からタイムスリップして来た訳でも人工冬眠していた訳でも無いのでしょう? なぜいきなりそんな事を言い出したのか……」

「さあ、それはこれから詳しく調査してみない事には分かりません」


 バーリッツはしばらく考え込む風にしてから、やや躊躇うようにゆっくり口を開いた。

「実はね……先日に他の班が捕らえた別のスプライトも、この雷獣とほぼ同様のセリフを呟いていたそうなのよ」


「本当ですか」

「それだけじゃないわ。後で確認したのだけど、このL4支部だけではなく他の地球近傍宙域や月面各地の支部、また噂では他の惑星でも最近同じように多くのスプライトが類似した言葉を発し始めるケースが、徐々に増えて来ているらしいのよ」


「今のお話は初めて伺いました。一体、何が起こっているのでしょうか?」

「それを調べるのが私達の仕事よ。とは言え、今後は差し迫った恒星間天体ワケアの来訪に関する警備対応で私達も手一杯になってしまうでしょう。なのでこれは業務の優先順位としてはその次になるわ」


「しかし、この最近では突然暴れてコントロールを失うスプライトの数も急増していますし、その事とこの言葉の件とは何か重要な繋がりがあるように思えますが……」

「確かにその可能性はあるでしょうね。それに実を言うとどうやらマークスZ社側でもこの事態に気付いているようで、本部にいるマークスZ社の息が掛かった人達を使って、私達所轄にも秘密にしながら捜査を開始しているらしいわ。何にしろどうにもキナ臭い匂いがして仕方ないわね」




バーリッツは一度溜息を吐いてから、改めてニーナに向き合った。

「そこでニーナ、この件に関しては私達も独自捜査班を立ち上げて、貴方をそのリーダーに選任したいと思うわ。とは言っても今は他の人間を参加させる程の余裕は無いので当面は貴方だけなのだけど。良いかしら?」


「……はい、ご命令とあれば、承知しました」

 いささか戸惑いながらも、ニーナはバーリッツの命令を受け入れた。


「いい返事ね、それでこそあのヒューゴが太鼓判を押すニーナだわ。忙しいだろうけど、頼んだわね」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 そうとは言っても、ニーナにはどこから調べれば良いのか皆目見当も付かなかった。




「まずはあの雷獣が言っていた事について調べてみるかな」

 ニーナはバーリッツから臨時に高位の情報閲覧権限をもらい、自身のワークスペースでNRを拡げてから過去一ヶ月ほどの捕獲スプライト尋問記録を一通り確認してみた。


 すると確かに最近になる程、あの雷獣のような不思議な内容の言葉を話すスプライトが増えていっているように思えた。

 実際にその内容を文字に起こして一覧にすると、共通点を探るまでもなくほぼ同じ事を喋っている事が分かる。

 つまりキーワードは「救世主」と「地球」そして「飛行機」だ。


 このうち「救世主」については、あまりにも漠然としていて固有性が無いので、とりあえず置いておく事にする。

 となるとやはり気になるのは「地球」で「飛行機」に乗る、という点だ。


 もしこの「救世主」というのが、彼らと同じようなスプライトを指すのであれば、そのスプライトは飛行機と深い関わりがあるという事になる。

 そしてわざわざ「地球」と言っている事からして、それは宇宙時代以前の昔から地球に存在するスプライトの事を指しているのだろう。

 つまり二十一世紀以前で飛行機に乗るスプライトという事になる。


 バーリッツが言っていたように、飛行機は二〇世紀から二十一世紀にかけての先宇宙時代の乗り物であり、今では産業遺産として博物館にしか置かれていないものだ。


 ちなみに現代ではタイヤで走行する一部のランドモーヴを除き、スカイモーヴや宇宙船などの乗り物は全てVEGドライヴエンジンを使用した電磁浮上推進を行っている。

 翼による不安定な動的揚力を利用した飛行技術は完全に廃れていた。


「翼のある飛行機なんて、今やもうどこにも使われて無いものね。考古学的遺物として地球の博物館とかに収蔵されているだけだし……」


 今度は地球にある様々な博物館での展示品について調べ始めた。

「えーと、飛行機って結構大きい乗り物のはずだから、それを展示する博物館もそれなりに規模が大きくないとダメだよね」


 すると果たせるかな、今でも飛行機の遺物を展示している地球の博物館は数十件がリストアップされた。


「うーん、この中からスプライトに関係のある飛行機がある博物館を探すとなると……大体こうして探したところで、目論見が外れてしまう可能性だってあるかも知れないし」




 ニーナが首をぐるぐると回していると、そこへ脳内に鏡雪の声が響いてきた。


(そもそもじゃ、何ゆえに多くのスプライトが同じ事を口にするようになったのかも問題じゃなかろうかの)

「あっそうか……つまり誰かがスプライト達に同じ噂を伝えたって事?」

(そして噂の出所はだいたい一つ所じゃと考えればの、だいたい見えて来そうじゃが)


 ニーナは全ての捕獲スプライト達についての経歴を調べてみた。

「経歴に共通点があるとすると、彼らの殆どは地球出身か、または地球に滞在した記録があるくらいだわ。そんなのはこの地球圏では当たり前……あれ、ちょっと待って」


(ほう……どいつもこいつも大体一~二ヶ月前以内に、一度はニューヨークという地球の都市を訪れていたようじゃな)

「ニューヨーク……?」


(となるとじゃ、もしかしたら妾に一つ心当たりがあるんじゃがな)

「心当たりって、その誰かを知ってるって事?」

(いや、まだ分からんがの……)




 と、鏡雪はニーナの手を一時的に借りて画面を操作し、あるNRサイトを見つけ出した。


(やれやれ、案の定まだやっておるようだの)

「何これ、ダークNRのサイトじゃないの」


 ダークNRとは、ある一定の操作あるいは認証作業を経ないと入れないNRの事だ。その性質上、裏組織などによる違法・犯罪行為の情報がやり取りされる事が多い。存在登録証が無いのでNRのアカウントも持っていない野良スプライトや隠れスプライト達もまた、専らこのダークNRを利用しているという。


「えーと……『メリュジーヌの占い館へようこそ』……?」

(お主は知らんのか。地球でスプライト関係の仕事に就いていたのならば、結構有名だと思うのじゃがの)

「だって私、統合保安局の研修は月面だったし」




(このメリュジーヌという奴は、このニューヨークにある占いギルドの総元締めみたいなものじゃな。奴の店にはアマビエだのハウフルだのといった占術を持つ人魚系のスプライトが多く働いておるそうじゃ。しかもそれだけでなく、存在登録逃れをする隠れスプライト達の斡旋を行ったりと色々闇稼業にも勤しんでいるとの噂じゃの)

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