-第12話- 分析
ヒューゴとニーナが酒場で内緒話をしていたその頃、シリルは男達によってぐちゃぐちゃにひっくり返されたガレージの中を片付けていた。
「ちくしょう……何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ」
あの後、帰ってきた父親にガレージの惨状を見られてからコッテリと絞られたのだ。
何しろ父親のブライアンがその曽祖父から譲り受けて愛用していた骨董品の電気ポットも壊されてしまっており、取り憑いていた付喪神もカンカンに怒っていて給湯口からはお湯どころか水蒸気しか出さなくなってしまった。
父親の命令もあって、電気ポットの付喪神をなだめながら修理するのを優先していたので片付け自体がこんなに夜遅くまで掛かってしまっている次第だった。
また、シリルにとって何よりも辛いのは、保管庫にあった隕石や鉱石のコレクションをほとんど全て持ってかれてしまった事だった。
彼の母が亡くなってしばらく経った頃に鉱物狩りを始めてから、五年近くで二五〇個以上もの石達をコツコツと集めていたのだが、そうした努力の成果が全て無くなってしまったのだ。
ウクサッカ市の周辺はもとより、学校が休みの時には数日間キャンプをしながら遠征しに行ったりもした。そこで稀に他の鉱物狩り達や、更に危険なスプライト・ハンター達と遭遇して危ない目に逢った事もある。
彼が鉱物狩りに行かない時、たまに保管庫にこもってはコレクションした石達を眺めつつ彼らの声にならない
しかし今ではもうそれも出来ない。シリルは完全に空っぽになった保管庫を見てはガックリと肩を落とした。
それに加えて、ブライアンが告げた言葉が衝撃的だった。
「私はこれから技術研修の為に地球へ行く事になった。恐らく半年以上は掛かる事だろうから、その留守番をお前に任せようと思っていたが……これではとてもではないが任せる事は出来んな。地球にある寄宿舎付きの学校へ放り込んでやるから、覚悟しておけよ」
これには流石にシリルも抗おうとしたが、ガレージをこのようにした責任について問い詰められてしまうと反駁できず、結局はそれを呑まざるを得なくなったのだ。
「そもそも父さんだって、普段はこっちに何の関心もないくせにこういう時だけ父親ヅラするんだから、ほんと嫌になるよな……」
早くに亡くした母と異なり、父はシリルとそれなりにコミュニケーションを持つ時間が多いはずだった。しかしシリルが思い出そうにも、母を亡くして以降において父とどこかに行ったりするどころか、まともに喋った記憶すら無いように思う。
これは父が単に仕事人間だからというだけでなく、亡くなった母に対する負い目があるんじゃないかとシリルは薄々感じている。
シリルがまだ小さい頃に両親と一緒に出掛けた記憶は、アルカス市の人工海洋ランドを含めて数回程度しか無いのだが、それでも父が母を愛していなかったとはとても思えなかった。
覚えている限りでは夫婦の結婚記念日や誕生日などでも父はちゃんと祝っていたし、母が入院してからも仕事の合間を縫っては何度も病院へお見舞いに通い続けていた。
病室に母の好きなアンデスの絵を、それもNRではなく本物の絵画を飾ったりしたのも父だった。
それに対して母もまた父の事を気に掛けていたと思うのだが、どちらかと言うと彼女の会話に出てくるのはシリルの事の方が多かったようだ。
それが故の嫉妬なのか、それとも母が父に関心を向けないのは自身の愛情が足りなかったせいだと思ったのか……それは父に訊いてみないと分からない事だろうが、ともかく母が亡くなって以降の父は、シリルに対して無関心を貫くようになった。
そして、そんな父と相対するシリルもまた、父との微妙な距離感を未だに掴み切れないでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「仕方ねぇよ、あんな連中と関わったが運のツキってやつさ」
「ゴメンナサイ、ボクノセイダ」
「あっいや、決してウィルのせいじゃないからな! 俺が不甲斐ないっていうか、あそこでエアロテントを張らなければ警察にもマークスZにも見つからなかったはずだし、俺がやらかしたミスが原因だから」
「それを言うならオイラにも原因はあるぜ……もともとシリルにキャンプしたいって催促したのはオイラだしな……」
アンソニーも虹色の羽を萎れさせながらシュンとうなだれた。
「一番の原因はマークスZだと思うけどね。だいたいマークスZがあの所有地の周りにセンサーをやたらと張り巡らさなけりゃ、俺らの行動もバレなかったんだしさ」
「そうそう、一番の害悪はマークスZだーっ!」
「マークスゼット……ワルモノ」
清掃ロボットのスイッチに手を掛けたシリルは、そこで少し考え込んだ。
「……確かに、何でマークスZがウィルをあんな血眼になってまで探しているのかとか、それ以前にウィルがどこから来た何者なのかとか、分からないまんまなんだよな」
「ボク、ムカシノコトハ、ナニモオボエテナイ……」
「ウィルは気にするなよ、その代わり俺達がウィルの過去を調べて、それと一緒に仲間も探しだしてやるからさ。そう言えば、まだ分析とかしてなかったよな」
シリルは掃除の残りをロボットに全部任せて、あれからポケットに入れたままの巾着袋を取り出した。
「良かった、中身は無事だったみたいだ」
袋の中から、石炭と隕石の欠片を順番に取り出してから作業テーブルの上に置いた。
「あの連中に中を覗かれた時に、オイラが石炭をウィルの欠片より上に移動させておいたんで、欠片を見られずに済んだんだぜ」
「そうだったのか」
「アンソニー、アリガトウ」
「へへっ、こんなの朝飯前だぜ!」
アンソニーが自らの石炭の上に立って鼻をグーンと伸ばしている間、シリルは試料分析装置のスイッチを入れた。
「これもとりあえず大丈夫そうだ。というかアイツらは別にそこら中の機械をぶっ叩いたりして周ってたわけでもないから、当然といえば当然……ぅおっと」
そこへ付喪神憑きの電気ポットが水蒸気を勢いよくピーッと噴出させてシリルに抗議した。
「あぁ分かってるよポット。お前の犠牲は無駄にしないぜ……」
ポットの方を振り向いた拍子にジャケットのポケット内に違和感を覚えたので探ってみると、そこから小さな容器が出てきた。
「あっやべ、頼まれてた氷底洞の内壁サンプル、ニーナさんに渡すの忘れてたなぁ。そうだ、装置の試運転がてら、コイツから先に調べてみるか」
シリルは内壁サンプルを装置の試料用容器に入れて蓋をし、それから微弱なレーザーを発振させて測定前校正を行う。
「装置の動作には特に問題はなさそうだな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シリルはそれから、微弱な電磁波を何種類も照射しながらサンプルの分析を行った。
「よし、問題なく結果が出てきた。ふうん……成分は特に何てことのない一般的なカリストの地表物質と同じだなぁ。続いて年代測定は、と……あれ、結構最近になって形成されたのか。って事はやっぱり隕石衝突が原因のクレーターなんだろうな」
分析結果では、今からおよそ二〇〇年余り前にその地形が形成された事を示していた。これは人類の歴史では二〇世紀初頭の出来事となる。
「さて、じゃいよいよウィルの番だね」
シリルはウィルの欠片を取って、改めてその表面を観察してみた。
「なあウィル、恐らく窒素氷が昇華したせいなんだろうけど、だいぶ穴だらけのスポンジみたいになっちまってるな。脆くボロボロと崩れていきそうだ」
「ソレハキニシナクテイイヨ。ボクハジブンデ、ソセイヤセイブンヲスコシイジッタリシテ、カラダヲマモルコトモデキルンダ」
「自分で組成や成分の密度を変えられるのか? そりゃすげえな」
「タトエバ、ジブンノカラダニアル、アタタカイブブンカラ、ツメタイブブンニムカッテ、ネツヲハイブンシテ、カラダヲイッテイニ、タモツコトモデキル」
「うーん、それって人間が体温を保つのと同じような感じか」
「ソウ、ソンナカンジ」
「なるほどね」
シリルは先ほどと同じようにして、ウィルの欠片を試料用容器に入れてから蓋をした。
「ウィル、痛かったり苦しかったりしたら言ってくれよな。一応この機械は非破壊測定が出来る仕様なんだが、お前みたいに喋る石を入れるのは初めてなんだ」
「ダイジョウブダヨ、ツヅケテ」
「分かった、じゃあ始めるよ」
やはり先ほどと同じようにして、様々な角度から各種電磁波を照射していく。
「うーん……」
「どうなんだよ、何か分かったのかよ」
アンソニーがシリルの髪を引っ張りながら訊くので、シリルは分析結果を空中に拡大して表示させた。
「うーん……わっかんねえ!」
分析結果の成分表を一瞥したアンソニーは空中でひっくり返った。
「はははっ、そりゃ専門知識が無いと分からないのも無理ないよ。それにしても、この成分はごくごくありきたりの隕石にしか見えないけど」
成分表に記された主成分はケイ酸塩鉱物とあり、太陽系内でも非常に一般的な物質だ。
その次に多いのは炭酸塩鉱物で、これもまた太陽系ではありふれている。またトロイリ鉱の粒にソリンと呼ばれるイオン化した有機化合物類、それと室内で揮発してしまった水素氷と窒素氷の残滓も検出されている。
いずれも彗星と小惑星の中間となる特徴を示していて、それは所謂メインベルト天体やカイパーベルト天体に多く見られるものだ。
しかしシリルは、成分一覧の最後に何か見慣れない物質が記載されているのに気づいた。
「何だこれは……『フッ化ジェネヴィウム』だって?」
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