-第11話- ウクサッカ警察署

「おーう、お疲れさん」




 ニーナがウクサッカ警察署の庁舎に戻ると、玄関口で待ち構えていたヒューゴが気さくそうに手を振った。

「これはこれはウィル君じゃあないか。ようこそウクサッカ警察署へ!」


 ニーナがパトロールモーヴから自らウィルの欠片を下ろして台車に載せ替えていると、ヒューゴがどういうわけか台車に積んであるウィルの欠片に向かって、変に大袈裟な声を掛けた。


「……」

 だがウィルは、ヒューゴの呼びかけには一切応えない。


「シリル君と別れてから、ウィルちゃんはずっとこんな調子なんです」

「ふーん、主人の元を離れるのがよっぽど寂しいんかねぇ。まぁ仕方ねぇさ。分析やら何やらは別に対話無くとも出来るわけだしな」


「でもそれだけなら良いんですが、本当に主任が言った通り、分析は非破壊検査に留めてもらえるんですよね?」

「そりゃ鑑識課と……公安課を信頼するしかなかろうぜ」

 ヒューゴはニーナの脇で監視している公安課の男にニッコリと笑いかけたが、男達は黙ったまま二人を睨みつけた。




「コルボフスカヤ捜査官、そのスプライトをこちらに渡してもらおう」

「どうせ向こうの鑑識課に持ち込ませるのでしょう、そうであれば私が直接持っていきます」

「いいや、これは統合保安局本部に送り届ける事になった。従ってすぐに梱包して宇宙港に輸送する手続きを行うので、後は我々が対応する」

「何ですって、どういう事でしょうか?」


 そこへ、いつの間にかヒューゴの隣にまでやって来ていた、厳つい体格の男が口を挟んだ。

「ニーナ、これは決定済み事項だ」

「ムーア課長……」


「それよりお前、こちらに逐次報告を上げなかったな? 今まではお前の独断専行を大目に見てきたつもりだが、今回ばかりは流石に看過できん」

「申し訳ありません、特に差し当たって急を要する案件ではないと判断しましたので」


「言い訳は結構だ。とりあえず、サンダーソン主任とのバディは即刻解消してもらうぞ」

 ムーアがヒューゴを睨みつけた。

 対するヒューゴは「フヒッ」と変な声を上げて少し後ずさった。


「そして今回の事件について、スプライト事象部本部からの問い合わせや報告についての催促が矢のように来ているからな。すぐに報告書作成に取り掛かってもらう。いいな」

「……はい、分かりました」




 ニーナは、ウィルの欠片がケースへ厳重に梱包されて宇宙港行きのスカイモーヴに載せられていくのを見届けてからヒューゴのところへ詰め寄った。


「主任、これは一体どう言う事ですか」

「いやまぁこれも宮仕えゆえの不可抗力だしよ、どうしようもねえって」

「それはさっきも聞きましたが」


 睨むニーナを前にして素早く周囲を見回したヒューゴは、彼女の肩を掴んでから人目に付きにくい廊下の陰まで連れていった。


「とにかく、ちょっとココじゃ話づれぇからよ……」

 と、ヒューゴは袖口からシュルリと一匹の管狐をニーナの方に渡させた。

「これは」

「まぁそういうわけで、また後でな」

 ヒューゴはニーナの肩をポンポンと叩いてから去っていった。




 ニーナは彼の捉え所のない態度に毎度ながら辟易していたが、今回は管狐がまた秘密に連絡を携えていたので、それを確認して仕方なく思うより他なかった。


 それから定時をだいぶ過ぎた時間まで掛かったものの、ニーナは今回の件に関する報告書を何とか仕上げてから警察署を出た。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 ヒューゴが管狐を通して指定したバーは、警察署から2ブロックほど北西に行った先の裏ぶれた地区にあった。




「わざわざこんな所にまで出向いて話す事があるって、一体何なんですか」

「まぁ座れ、そして一杯やれ」

「いやいや素面じゃないとまともに話が聞けないじゃないですか。それとも素面じゃ話せない事でもあるっていうんですか」


 仕方なく席に座ったニーナへ、ヒューゴは店のケットシーが持って来たグラスを差し出してからジンを注いだ。そのついでに料理を幾つか注文する。


「まぁな、あの監視装置の巣窟になっちまった警察署内では、間違いなく絶対に話せない事だ」

「ここだって、大して変わらないじゃないですか……」

「そうでもないさ」




 このバーはヒューゴ御用達の店であり、店主は以前にスプライト関連の密輸入容疑で捕まった際に司法取引で釈放されたのだが、その仲介をしたのがヒューゴだった。


 それ以来この店はヒューゴが誰か部外者と密会をしたり、警察本部に持ち込めないような物品やスプライト等を調べる時に使う、格好のセーフハウスとなっていた。

 もちろんこの店内に盗聴などの諜報装置類が無い事は、店主とは全く関係なくヒューゴが雇った別のスプライトによって調査確認済みである。


「結局、あのウィルはこのまま地球のスプライト事象部本部行きになっちまったかい」

「そうですね……でも、ウィルちゃんの一部はシリル君の手元にありますから、対話はまだ可能みたいですよ」


「お前さんからの管狐メールにもそう書いてあったな。まぁとりあえずはそれで結構だが」

「そんなに良い状況でもないですよ……一応ウィルちゃんへは、大きな欠片側の方では絶対に喋らないようにと伝えておきましたので、当面は安全だと思いますけど」

「それは俺もさっき確認した。あれでしばらくは騙せりゃいいんだがな。でないと本部の科学解析部で確実にバラッバラにされちまうだろうからな」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「で、話って何ですか」

「もちろんこの件についてだ。ここんとこ、やたらとスプライト事象部というか統合保安局がピリついてるのは肌感で分かるだろ? その原因は、案の定だがどうやら統合保安局の事実上のスポンサーであるマークスZにあるらしい。だからか統合保安局本部としては、今の時期は出来る限りマークスZに関わる事項にはノータッチとしたかったみたいだがね」


「なるほど、そんな時に私達がたまたまあのマークスZ所有地近辺の現場に赴いていたのを目ざとく発見しちゃったってわけですね」

「その通りだ。お陰でニーナの上司でもあるムーア課長が本部との板挟みに遭う境遇になっちまったのは分かるんだがね、そのせいで急遽人事異動を行うかも知れないって噂が立ったんだわ。当然お前さんも対象だ」


「そうなんですか?」

「ああ、多分お前さんは本部……つまり地球かその近傍宙域へ栄転となるだろうな。おめでとう」


「ちょっと待って下さい、それ本当なんですか?」

「いや実を言うとだ、もともと最近のスプライト事象部では地球方面での人員増強を行う動きが盛んになって来ているようでな、それでカリストみたいな辺境にスプライト事象部所属の優秀な人員を出向させたままなのは勿体ないというわけだ。もちろんそれだけじゃなく、やらかしたお前さんを身近で監視しておきたいという意向もあるかも知れないがね」


「やらかしたって言い方は酷くないですか、私は別に間違った事なんかしてませんし」

「お前はまだマシだぞ、俺なんか更に辺境の開拓村に飛ばされるのは確実だろうしな」

「それはそれで……ご愁傷様です」




「まぁそれは置いておいてだ、最近マークスZでは何やら怪しい動きを活発化させてるみてぇなんだ」

そう言うとヒューゴは、わざとらしく身を縮こませるようにして目を左右に振ってから声を潜ませた。


「具体的には、マークスZ所有の宇宙船はほぼ全て緊急点検のために地球圏のマークスZ所有宇宙港へ戻されたり、太陽系中にある連中の所有物件へマークスZの社員が確認しに行かされていたりな。当然ながらカリストも例外じゃない。もしかしたら警察内の人事異動も、こうしたマークスZの動きに対応したっていう線も考えられるだろうな」


「そんなの、大企業であればそこまで珍しい事でもないと思うんですが。それに……最近で言うと例の太陽系外から来る恒星間天体への探査観測計画も関わってそうですし」


「ああ、それなんだよな。知っての通り、マークスZはその恒星間天体……今ではハワイ神話の天空神から名付けて『ワケア』と公式に呼称しているが、そのワケアへの国際探査観測計画のスポンサーどころか事実上主導する立場になっているわけだ。こいつはまぁ、マークスZがこの宇宙時代におけるパイオニア的存在なのだから当然といえば当然なのかも知れないがね」


 ケットシーが料理を持って来たので、ヒューゴはそれを摘むために一度言葉を切った。




「さてと、ここからが本題だ。俺はウィルが、そのワケアと何らかの関わりがあるんじゃないかって睨んでるんだ」

「ウィルちゃんとワケアが? それはいったいどう言う事ですか」


「そうだな、まずは思い起こして欲しい。大体あんな辺鄙な場所にマークスZの所有地が唐突に存在し、そしてそのすぐ近くで『たまたま』野良スプライトのウィルが見つかったわけだ。もしかしたらマークスZはウィルじゃなくて別の何かを調査していたのかも知れない。だが、もしウィルを探し求めていたのだとしたら結構辻褄があう気がする」

「あのウィルちゃんを……ですか?」


「そうだ。何しろウィルは、人間と同等の意識がありEM効果のような強い能力も持つ、希少な野良スプライトだ。そしてウィルはどうやら隕石として、宇宙のどこかからやって来たのだが、人間……地球人を全く知らないという。人間と関わった事のないスプライトなんて本当にあり得るのか。例えるなら、人間の手を介さずに自然とジンが出来るようなものじゃないか」

 ヒューゴはジンのグラスを掲げた。


「つまりだ、ウィルは人間によってではなく、別の『何者か』との関わりの中で生まれたのだと考える事も出来ないか?」

「別の『何者か』……それって、まさか宇宙人とでも言うんですか」


「そのまさかかも知れねえぞ。数年前に発表された科学論文では、機械装置で構成された高価で華奢な恒星間探査機の代わりに、スプライトを乗せた小惑星や彗星を太陽系外へ送り出す提案がなされたそうだ。その方が機械装置よりも安価で頑丈だしパフォーマンスも高いという」


「何て事を……そんな提案、酷過ぎて信じられません」

「まあそういきり立つな。実際その提案は、倫理的側面からボツになったそうだよ。しかしだ、地球外文明が同じ発想に至らなかったとも限らないじゃないか」


「そんな……でも、確かに……。と言う事は、もしかしてウィルちゃんがそうだっていうんですか?」

「ご名答。もちろん何の裏付けもない仮説だがね。しかしその論文の事が頭の片隅にあった世界中の科学者達が最近になって、とある天体について密かに注目し始めた」


「それが、ワケアですか」

「ああ、そうだ。そもそもあのワケアについては未だに謎めいた部分が多いらしい。現時点の観測結果として、そのサイズは直径約五・五キロ、主成分は恐らく窒素と水素の氷とケイ酸塩鉱物、また琴座のベガ付近方向から到来した事、そして軌道離心率が約一・二だという事までは分かっているわけだ。さて、何か気づく事はないか?」


「ちょっと待って下さい、私は別に天文学の専門家でも無いし、そんなの分かりませんけど」

「まぁそうだろうな。俺だって別に専門的に勉強しているわけじゃなかったから、今まで知る事もなかったぜ。だがここに来る前にちょっと思いついたんで軽く調べてみたらだ、面白い事が分かったんだ」


「何が分かったんですか?」

「ほぼ同じ方向、同じ軌道、同じく近似した構成成分の恒星間天体が、実は一〇〇年以上前に太陽系へ到来していたのさ」


「うーん、それってそこまで珍しい事なんですか? 確率的には低いかも知れませんけどあり得ない程じゃないって気もしますし」

「それじゃあ、その到来した時期というのが、マークスZが画期的なAIを開発した……もっと言えば、そのAIに例のファントムだとかいう正体不明のスプライトが取り憑いた時期と同じだったらどうだ?」




「あ……まさか」

「ようやくピンと来たか。その恒星間天体……『オウムアムア』という名前の小惑星が太陽系にやって来て人類に発見された時期が二〇一七年だった。

 そしてマークスZの社史によれば、ファントムが当時まだ小さなベンチャー企業だったマークスZのCEO兼技術者であるイアン・マークス一世に協力を申し出たのも、同じく二〇一七年の事だったのさ」

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