-第10話- 押収

 警察は予想よりも早く、五分と経たずにやって来た。




「おや、貴方はスプライト事象部のコルボフスカヤ捜査官ですな」

 カリスト警察のアイコンを頭上に空中投影したままの警察官が、出迎えたニーナを見て目を丸くした。


「ええ、実は私が、先に彼のところで事情聴取をしていた所です」

「そうでしたか、それでは例のスプライトは……」

「こちらにおりますわ」

 ニーナが台車に載せていたウィルの欠片を三人に見せた。


「そのスプライトの宿主は、この石だけではありませんな?」

「……いえ、これで全部ですけど」

「おい」「はっ」

 すると、いつの間にか警察官の後ろに立っていた数人の屈強そうな男達が、ガレージの中へズカズカと入っていった。




「待って下さい! 何ですか貴方達は」

「我々は公安課だ。この建屋に、星間輸出入管理法に抵触する不穏当で危険な物品が隠匿されているとの通報があった。関係物品を押収させてもらう」


「何だって、通報?」

「そんなの聞いてません!」

「そーだそーだ、出て行け!」

 シリル達が抗議するのにも構わず、男達は勝手にガレージ内をガサガサと掻き回した。


「ほぅ、やはりここにタンマリと隠し持っていたか」

「そこは何の変哲もない石しか入ってねーんだ、だから勝手に開けるなよ!」

「どけ、公務執行妨害の現行犯で逮捕するぞ」

「イテッ」


 保管庫のドアに立ち塞がろうとするシリルを無理やり横へ押し倒した男達は保管庫の中へ入り込み、シリルがこの数年の間に収集した隕石や鉱物類を全て持ち出し始めた。

 まだ保管庫で作業中だった事もあり、ウィルの残りの欠片が台車に載せられたままなので、それも全て男達によって見つかって接収されてしまった。




「せっかく何年も掛けてここまで集めたコレクションが……くそっ」

 シリルは男達の凶行を呆然と眺めながらも、彼らに運ばれていく石達もまた同様にして怖がったり不安を感じているように感じられた。


 頭に血が上ったシリルは、思わず手にしたワラカに石ではなく金属製のナットを据えて男達から見えない位置で構えた。


「シリル、コノヒトタチ、キケン?」

 その石達よりもはるかに強く不安を感じ取っていたウィルがシリルに訊いた。

「ああ、すげー危険だよ!」

「キケン、アブナイ、ダメ」


(ちょ、ちょっと待って頂戴!)

 シリルの怒気を孕んだ声に応じてウィルが能力を行使しようとするのを、ニーナが慌てて小声で制止した。


(まずシリル君、そのスリングから手を離しなさい。それを使えば確実に傷害と公務執行妨害で逮捕されて後戻りは出来なくなるわ)

「ウッ……」シリルが握りしめていたワラカを下に落として呻いた。


(あとウィルちゃんもちょっと落ち着いてね。今ここで能力を使えばそれこそウィルちゃんも危険な存在と認識されてしまうし、しかも公安課の人間に対してそれが行使されたら、もう私達スプライト事象部の権限範囲を越えてしまいかねないの、だから今ここでは我慢して頂戴。それと、ここからはなるべく喋らない方がいいわ……ごめんね、ウィルちゃん)


「シャベラナイ……ガマン」

「ちくちょう、何でなんだよ」

 囁くようにして諭すニーナに、シリルは悔し顔を向けるのが精一杯だった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「では彼の身柄をこちらへ。スプライト管理関連法の違反容疑が掛かっていますので」


 保管庫にある物をあらかた運び出した男達は次にシリルを取り囲んだが、今度はシリルと男達の間にニーナが立ち塞がった。




「その前に、私の話を聞いて下さい。彼はたまたま当該物品と野良スプライトを拾得したに過ぎませんでした。それ以外いかなる法規に触れてはいません。これは私のスプライト事象部権限で確認をしております。後で私達の記録を確認すれば分かりますが、必要でしたらデータを後でお渡しします」


 ニーナが言っている事は一応間違いでは無い。

 あの氷底洞でニーナ達は宇宙服に備え付けのカメラでほぼ自動的に動画撮影していたのだが、その動画は後でも自己の権限で幾らでも編集出来るので、余計な部分を適当にカットして公安課に渡してしまう事も可能だろう。


「ほう……そうでしたか。とはいえ、こちらでも簡単に確認させて頂きますよ」


 公安課の男は、目元に装着されていたモノクル型デバイスを操作した。どうやらスプライトセンサーをオンにしたらしい。

「ふむ……彼の胸元に反応があるようだが」


 すかさず別の男が、シリルの首に下げられていた巾着袋を掴んで紐ごと引きちぎった。

「おいっ、それはオイラの依代だっ、石炭しか入ってねーよ!」

 アンソニーが抗議するのにも構わず、男は紐を解いて中を覗く。


「ふん、確かにコイツのいう通りですな」

 男は巾着袋を雑に縛りなおし、シリルの方へ放り投げた。


「まあ良いでしょう。しかし何かがあったら、それは貴方の責任となりますのでご注意を……」

 うやうやしくニーナに一礼した男達は、一瞬だけシリルを睨んでから次々にガレージを出ていった。


「どうせ警察署に戻るのでしょう。私も押収品確認のため同行しますので、パトモーヴに乗せていって下さい」

「ご自由にどうぞ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 ニーナが男達に続いてガレージの外へ出たところで一旦振り返り、それからシリルにこそっと耳打ちした。


「くれぐれも手元のウィルちゃんは大事にしてあげてね。それからこれを」

 ニーナの手元から何かがシュルッと出てきて、シリルの腕に巻きつく感覚があった。


「サキちゃんを一匹、貴方に貸すわ。私達との連絡とかに使って頂戴」

「あ、うん……分かった。いや、分かりました」

「今まで言わなかったけど貴方は育ちが良いわね、目上をちゃんと敬う姿勢が身に付いているわよ。お母さんの教育の賜物かしら。でも次からは敬語なんか使わなくても大丈夫だから。それじゃあ、またね」




 シリルの肩を軽く叩き、それから手をこちらに振りながら警察官達と共に去っていくニーナを、彼は茫然と見つめていた。

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