-第9話- マークスZ社

 そもそもマークスゼータ社は、現代の宇宙文明に欠かせないAI関連技術のシェアを独占する巨大多国籍企業だ。


 そのマークスZ社が提供するAIには全て特殊なスプライトが取り憑いていて、一般的にはファントム(殆どのファントムは型番で識別化されている)と呼ばれている。


 しかしこのファントムは、ノッカーのような他のスプライト種とは異なって、その由来は全くの謎に包まれていた。




 マークスZ社がまだ一介のベンチャー企業に過ぎなかった二〇一〇年代後半頃、そこで研究開発中だった試作AIへ突如として取り憑いたそのファントムは、そのAIを開発していた技術者への協力を行い始めたのだという。


 その結果、二〇二〇年代初頭にはAI技術が飛躍的に進歩して民間への普及も始まり、その年代の終わり頃には予想よりも遥かに早くシンギュラリティが発生して、それ以後は現代に連なる本格的なAIサポートによる宇宙時代が始まったのだった。


 そしてこのシンギュラリティの発生と同時に、そのAIは自らを憑依したスプライトの一種である事を明かし、そしてスプライトという存在そのものについても世界中の科学者達との連名で公表したのだ。


 もちろんファントム達は、スプライトがなぜどのようにして存在するのかという基礎的な物理理論も提示し、彼らを「視る」ための様々な観測機器等も発明していた。




 この一連の出来事により、これまで徐々に姿を消して絶滅しかけていた世界中の様々なスプライト達のほぼ全てが息を吹き返し、またそれに伴って超能力や心霊現象等といったオカルト関連における一部の事象群も公的に確認された。


 しかし、例外的にUFOの存在だけがAIによって完全否定され、更に宇宙進出が進むとともにUFOの目撃報告もほぼ完全に無くなっていった。


 また、この事で一時的にオカルト業界が沸き返ったのだが、公的な国際学会による厳密な科学体系や応用技術の啓蒙や普及によって、むしろ以前よりもオカルトを使った詐欺や恐喝などの犯罪行為や反社会的活動は少なくなっていった。


 もちろんそうした活動を継続する犯罪者や非合法組織は未だに居なくなりはしないし、更には彼らにスプライト自身が加担しているケース等も多々あり、そうした事件や事象に対応する為に旧各国政府は警察機構内にスプライト用専門部署を設けるようになった。


 中にはファントムによる公表よりも遥かに前からそうした部署を密かに設けていた警察や軍・情報機関もあり、後になってそうした事実も一般に知られるようになった。


 それは国家が統合されて連合政府となった現代にも継承され、連合政府統合保安局の一部門として太陽系中のスプライト関連犯罪に対処する事になっている。


 ともあれ、そうした潮流の切っ掛けを作ったAIを開発したマークスZ社は一躍時代の寵児となり、またファントムと最初に会話を交わして協力を取り付けた技術者とその子孫達が当企業の幹部役職に就いてAIとファントム達の管理を行なうようになった。


 現在では、確か初代から数えて七代目の人物がCEOとなっているはずだ。




「こうなったら、そのマークスZに直接訊いてみたらどうなんですか?」

「そうね、それも一つの手かも知れない。何しろサーバーからはもうこれ以上の情報が出てきそうには無いようだし……ちょっと、サンダーソン主任に訊いてみるわね」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「やめとけ」


 ニーナがNRを使ってウクサッカ警察署に戻っていたヒューゴへと連絡すると、彼は開口一番にそう告げた。




「なぜですか」

「そりゃお前、マークスZはお前さんのとこの上客だからだよ」


 話によると、マークスZは統合保安局の設立自体にも主に資金面で深く関わっており、このようなマークスZが直接・間接的に関わる事件や事象に対しては、保安局も腫れ物を扱うような状態であってなるべく深入りしないようにしているのだという。


「それにだ、お前らに伝えなきゃいけないことがある。やっぱりそのウィルを、俺らの所に預けてくれねぇかな」

「えっ、どうしてですか」


「何しろ、さっきこっちで上へ簡単に報告しておいたんだが……その上の方から、なんで接収しなかったんだって滅茶苦茶絞られてなぁ。なに、悪いようにはしないぜ。こっちにある測定機器は非破壊検査ももちろん可能だし、それでウィルが壊れたりする心配はねえからな」


「主任、何やってるんですか……」

「いやまぁ、宮仕えである以上は仕方ねぇって事さ」

 そう言いながら、ヒューゴは目線を横方向に何度か振った。


「あっ……?」

「って事だから、今日中に持って帰ってこい、いいな?」


「はぁっ? ちょっと、何を言ってん……!」

 ニーナとシリルが反論しようとするのにも構わず、ヒューゴは一方的に通信を切ってしまった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「何なんだあの人、さっきと約束が違うじゃないですか!」


「ごめんなさいね、私にも状況がよく分からなくて……」

 頭を抑えて考え込むようにして俯いたニーナへ、シリルとアンソニーが口々に抗議する。


「でもウィルは絶対に渡しませんからね」

「そーだそーだ、横暴だ!」

「ちょっと待って、落ち着いて頂戴。もしかしたら署内で何かがあったのかも」




「署内って、カリスト警察のですか?」

「ええ、さっきの主任が喋っている間に目線を動かしたでしょう、あれは通信が傍受されたり盗聴されているって合図なの。仕事柄、マフィアや犯罪組織の拠点に立ち入る事もあるんだけど、その場所で主任がそうした兆候に気づいた時には必ずやる仕草よ。問題は、まさか署内でそんな事が行われてるとは……俄には信じられないのだけど」


「そうなんですか?」

 ニーナが吐露する状況が一体何を意味するのか、シリルにはすぐに理解し難かった。


「うーん、じゃあ尚更ウィルをそんな所に置くなんて出来ないように思えるんですが」

「でも困ったわね。いくら抵抗したところで、私達もまがりなりに警察組織ではあるし、いずれ強制徴収の為にカリスト警察が動員されてここにやって来ると思うわ。そうなったら貴方も窃盗か公務執行妨害の嫌疑を着せられて逮捕されてしまうわよ?」

「うぐっ……何だよそれ……」


 全身が脱力して項垂れてしまうシリルを横目に、ニーナは自分のジャケットに入れていた筒が震えるのを感じた。


「あら、サキちゃんが増えてる……この子はもしかして」

 ジャケットから再び筒を取り出すと、中から一匹の管狐が出てきた。


「管狐って勝手に増えるんですか?」

「いいえ、これは主任の飼っている管狐よ。さっきも言ったけど、この子達は連絡用なのよ。必要に応じて特定の人や場所の元へ瞬時に『跳ぶ』事が出来るわ。つまりこれは主任がよこした秘密の通信というわけね」




 その管狐の首輪を操作すると、空中にヒューゴの録画映像が投影された。


「ちょっとマズい事になった。これは俺のミスだわ、済まねえ。いや実際には、俺はそのウィルについて何も報告するつもりは無かったんだが、どうやら俺達のあそこでの行動はマークスZによって全て監視されてたみてえだぜ」


ニーナは珍しく本当に済まなそうな神妙な表情のヒューゴに一瞬目を丸くしたものの、その次に出てきた言葉に眉を顰めた。

「監視されてたって本当ですか?」シリルも思わず録画に向かって聞き返した。


「シリル、お前さんはあそこへ行った時にエアロテントを張っただろう? 言ってなかったが、実は俺達があの洞窟にいたお前さんを早く発見できたのも、実はその近くにあったランドモーヴとエアロテントをたまたま発見出来たからでね。そしてマークスZ側でも所有地側からは岩陰となる場所に置いてあったランドモーヴではなく、その脇に張ったエアロテントの一部を所有地側の赤外線センサーで検知していたって寸法さ」


「あっ……そうだったのか、やっちまった」

 それを聞いたシリルが頭を抱えた。


「それでマークスZの方から統合保安局へ直接連絡が行ったってんでな、じきにそっちへもカリスト警察の回収隊がやってくる筈だ。多分ソイツらには、ウィルが野良スプライトだって事もバレてるぜ。すまんがニーナは来た奴らを適当にあしらってくれねえか」


「適当にって……」ニーナが途方に暮れながら呟いた。


「何しろシリルがウィル本体を警察に渡したく無いってのは分かる。だがどうしても警察がゴネるようなら、そうだな……ウィルの一部でもサンプルとして渡す事は出来ねえか? それでどうにか誤魔化ごまかせれば良いんだがな。ただし野良スプライトって事がバレてるなら存在登録証の仮証は提出しない方が身のためだろうな。あと、もしかしたらシリル自身も重要参考人として署まで連行されるかも知れん」


「えっ」シリルがギョッとした。


「もしそうなったら抵抗はしない方が良い。署内での扱いはなるべく穏当になるよう計らうから、可能な限り大人しくしておいてもらえると助かる。とりあえず今俺が伝えられるのはそれだけだが、そもそもこの案件がこんなに大事になるとは思ってもみなかったし、どうにも怪しい点だらけでな。ちょっと俺も独自に調べてみる事にするぜ。それじゃあな、よろしく頼んだ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 映像が終わると、ニーナもまた頭を抱えた。


「なんて事……いつもながら一方的なのは参ったけど、どうしようも無いわね」

「でも、こんなの無いですよ」


 ニーナはウィルが納められている格納庫の方を振り向いて言った。

「主任が提案する通り、ウィルちゃんの欠片の一部だけならどうかしら? 幸か不幸か、ウィルちゃんの体は幾つかに割れてしまったようだし、その内の一つを私達に融通してくれるのなら、あとはどうにでもなると思うわ」


「確かに、それならウィルの体の大半はここに残る事になるから……いやどうだろうな、なぁウィル、お前はどうしたいと思う?」

 シリルは袋に入れたウィルの欠片に向かって話し掛けた。


「ウン、ダイジョウブダトオモウヨ。ジブンノカラダハ、アルテイドハナレテモ、イシキガツナガッテイラレルカラ」

「おぉ、やっぱすげーな」

 アンソニーがシリルの頭の上でくるっと一回転しながら目を見張った。


「本当かい。うーん、じゃあ仕方ないのなら、そうするしかないか……」




 シリルはすぐに格納庫からウィルの欠片を一つ出して台車に載せておき、残りの欠片を格納庫の奥の方へと仕舞い直そうとした。


 その間、ニーナはこちらの状況を伝えるメールを管狐に託してヒューゴに送り返した。

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