-第6話- カリスト警察

「繰り返します、そこに誰かがいるなら、大人しく出てきなさい!」




 突然、宇宙服の通信機から大きな声が飛び込んできて、シリルは思わずヘルメットの外側から手を当てて耳を塞ごうとした。


「警告です! ここは企業所有地との境界に属しており無断で立ち入る事は禁止されています、直ちにここから立ち去りなさい!」

「え、な、何だって?」


 その甲高い声がヘルメット内を反響していくのと同時に、洞窟の出口方向から二本の光がシリルの方を真っ直ぐ照らした。

 シリルが戸惑いながら出口の方をよく見ようとすると、バイザーのズーム機能が自動で働いて二人分の人影がクリアに映った。


「おい兄ちゃん、このまま立ち去るってんなら俺達はそのままお前さんを見逃しても構わない。だけど抵抗するってんなら、お前さんを一時確保してウクサッカ警察署に連れて行くつもりなんだが、どうかね?」


 先ほどの若い女性らしき声とは別の中年男性の声が流れ込み、その懐中電灯と思しき光の片方がゆらゆらと動いた。


「いや、でも」

「どうした、何か事情でもあるってのか?」

 シリルは思わず後ろを向いた。ウィルを載せたサルクスは、いつでも歩き出せる状態になっている。

「じゃ……じゃあ自分達、ここから出ますんで……すいませんっした」




 サルクスとアンソニーを連れてそそくさと洞窟から出ようとしたシリルだったが、そこへ二本のライトがシリル達を強く照らした。


「ちょっと待ちなさい。そのゴーレムボットの背中に載せているのは何かしら。もしかして、ここにあった物じゃないの? そうだったのなら、それは置いて行きなさい。私達が預かります」

 女性が強い口調で咎めるようにして言った。


「はぁっ、何でなんですか? これはこっちが先に見つけたんです。それにコイツだって自分達が連れていくのに同意してくれてるし」

「あっシリルそれは言うな!」


「……それは何の事なの? もしかしてその物体にスプライトが憑依でもしているのかしら?」

「ほう、こりゃビンゴだな」

 中年男性の方は、何かを察したかのように頷いた。


「確かにそのようですね」

「それはどういう……うわっ?」

 察しが一瞬遅れたシリルが戸惑う間もなく、その二人が同時に銃らしきものを構えた。


「俺達はカリスト警察だ。その石に憑依しているスプライトは、先日にカリスト軌道上で発生した貨物宇宙船の機能障害に関係している可能性がある。警察権限で、その石を接収させてもらう」




 警察という単語を聞いたシリルは、途端に全身が凍りついたようになった。

 銃を向けられているという事もあり、反駁しようにも声が震えてなかなか言葉が出ない。


「い……イヤです、これは……!」

 かろうじて声を絞り出すと同時に、彼らが見えない角度にあるポケットから密かにワラカの紐を取り出した。


「お前さんの持ち物だとでも言うのかね? それならそのスプライトの存在登録証を提示してもらえんかね。もちろんそっちの妖精の方もだ」

「ぐっ……」

「よーし、そのまま動くなよ」


 二人はゆっくりとシリル達の方へと歩み寄ってきた。

「シリル、コノヒトタチハ、ダレ?」

「あっウィル……こ、この人達は……」

 シリルがウィルへ言葉を返そうとしたところで、銃を向けたままの女性が割り込んできた。


「貴方はウィルっていうのね。共通英語を話すところからして、植民地圏にずっと居たのかしら? それに他にもお仲間はいるの?」

「お、おい! 勝手に話しかけるんじゃねーよ!」


 シリルが制止しようとした瞬間に男が握る銃から光線が放たれ、彼の足元近くの床に当たってジュッと蒸気が上がった。


「ぅわっ!」

「おいおい、勝手に動くんじゃねーよ」

 中年男が銃の先を今度はシリルの頭へ向けた。


「それに、お前さんの手にあるその紐はスリングショットの道具とかかね。えらい古風な代物っぽいが、そんなんで俺らの銃と対抗しようってのか」

「い、いえ……そんなつもりは」

 シリルは手に握っていたワラカを離して両手を上に挙げた。


「ヤベェコイツら、マジでオイラ達を撃とうとしてやがる!」

「ウタレルト、ドウナルノ?」

「どうなるもこうなるも、オイラ達死んじまうかも知れねぇって事だよ!」

 ウィルの質問にアンソニーが震えながら答えると、ウィルの体も不意に震え始めた。


「シンジャウノハ、ダメ。コノヒトタチハ……キケン?」

「ああ、危険だよ危ねえよ!」

 更にじりじりと近寄ってくる二人へアンソニーが指差して叫ぶ。

「キケン……アブナイ……オンジンノヒトタチガ、アブナイ……」


 ウィルが何やらブツブツ言っている間に、その二人はとうとうシリルの腕を掴んだ。

「さぁて、とりあえず事情を聞きたくなってきたんでな、ちょっと来てもらおうかね」

「腕を出しなさい」

「うぐっ……」


 女性が何か拘束具のようなものを彼の腕に嵌めようとしたその時、突然ウィルが金切り声を上げた。


「キケン、アブナイ、ダメ!」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 ギィーーン!


 猛烈なノイズが通信機から発せられ、三人とも思わず頭を抱えてうずくまってしまった。

 同時に懐中電灯の光もフッと消えてしまい、洞窟内が再び暗闇に包まれた。




「チッ、この野郎!」

 男がどうにか立ち上がりながら銃を構えて撃とうとするも、どういうわけか銃の撃鉄がピクリとも動かなかった。


「クソッ、銃の機能がフリーズしちまってる!」

「私のもです、というか宇宙服の全システムも通信機も急に機能停止しちゃってます!」


 通信機が使えないので、二人はお互いのヘルメットを物理的に接触させてアナログな方法で会話を交わした。そのせいでシリルには二人の会話が聞こえない。


「もしかしたら、コイツは例のEM効果を行使できるのかも知れん」

「EM効果って機械装置の機能をダウンさせるっていうやつですか?」

「そうだ。ってぇ事は、やっぱりあの宇宙船の機能障害も……」


「でも、そうしたらどうやってこのスプライトを接収するんですか? このままじゃロボットもランドモーヴも宇宙船も使えませんし、それどころか宇宙服が機能停止しちゃったら私達、窒息しちゃいますよ!」

 女は狼狽しながら宇宙服のスイッチを色々弄ってみるも、コンソールは沈黙したままだ。


「……仕方ねぇな。ここは一つ、あのスプライトに頭を下げとくとしようじゃないか」

「どういう事ですか」

「なに、別に強硬手段ばかりが仕事じゃねえ、懐柔も芸のうちって事さ」


 男はそう言うとシリルの方へ向き合って銃を懐へ収め、それからさっと両手を上げた。




「なんだアイツら、一体どうしたんだ?」

 それまで二人を睨んでいたシリルが怪訝そうに言った。


「もしかしたら、降参したとか?」

「まさかな。でもそろそろ終わらせないと、何しろこっちの宇宙服もダウンしたままだからいい加減窒息しちまうんだよな。なぁウィル、そろそろ止めてくれないか?」


 シリルがコンコンとウィルの上を叩いた。

「モウ、キケン、ナクナッタ?」

「ああ、多分もう大丈夫じゃないかな」

「ワカッタ」


 次の瞬間には明かりが点って全身も暖かくなり始めるのを感じ、宇宙服の全機能が回復したのが分かった。

 シリルがヒーターを全開にしながら二人の方を見ると、彼らもホッとしたように宇宙服の空調を操作して全身の力を緩めたようだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「いやぁ、さっきは済まなかったな」


 打って変わってしおらしくなったような口調で中年男が話しかけた。

「ハッ、なんですか。こっちのウィルの能力にビビったんですかね」

 シリルが若干バカにしたようにして言うと、男は首を竦めた。


「ほう、その石に取り憑いたスプライトはウィルって言うのか? しかもソイツは恐らく野良スプライトだな」

「……ええ、そうです。でもこっちだって見つけたばかりなんです。別に不法所持しようとは思ってませんし、出来るだけ早く届出をして存在登録を行うつもりでしたから。それじゃあダメなんですか」


「いやいや、そんなに敵意を見せなくても良い。こっちも悪かった。それに考え直したら存在登録の件はいったん置いておくとして、別にウィル君を接収しなくても問題ない事に気づいたのさ」

「主任、ちょっとそれは」


「まぁちょっと黙ってろ。それで俺達はさっきも言った通り、例の宇宙船の機能障害について調べているんだが、そこでそのウィル君にちょこっと話を訊いてみたいだけなのさ。もちろんお前さん達にもね」

「はぁ……でも、それでこっちの気を緩めといて隙を作ったら、また拘束とかするんじゃないでしょうね?」


「それはもうしないからとりあえず安心してくれ。というかそれをやったらまたウィルの逆鱗に触れそうだからな。それに見たところ、ウィルはお前さん達に心を許しているようだから、調査にお前さん達も参加してもらえるのなら特段問題ない。何しろ、こっちは真面目に調査して上へ報告するだけなもんでね」


「どうする?」

「うーん、そうだなぁ……」




 シリル達が渋い顔で悩んでいると、ダメ押しとばかりに中年男が隣の女を指差した。

「とりあえずこのニーナをお前さんのところに置いておくから、存在登録証の仮発行は彼女にお願いするといい。登録証は紛失したことにでもすれば、特に問題なかろう」


「えっ、良いんですか?」

「ニーナは仮発行の権限を持ってるからな。それに何なら、コイツを好きなようにこき使ってもいいぜ」


「主任、ちょっと何を言っちゃってくれちゃってるんですか!」

「いやちょっと……そこまではしてくれなくても結構ですよ」

 シリルは苦笑いで首を横に振った。


「まぁ存在登録の手続きが省けて、それにこちらには危害が及ばないって言うんだったら、その調査とやらに協力しても良いですけど」

「えー、それで良いのかよ?」

 アンソニーが抗議したが、シリルはそれを窘めた。


「そうだな……確かにさっきは危なかったしいまいち信用は置けないかもだけど、こっちもウィルに仲間が居るかどうかを調べないといけないし、それには色々な人の助けが必要になると思うんだよ。これはある意味で良い機会さ」




「はーん、そっちの話は着いたかな? それじゃ、まぁ交渉は成立と言ったところか」

「ええ、いいでしょう」

 シリルと中年男は握手を交わした。

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