-第7話- 白狐の千里眼

「そうだ、自己紹介がまだだったな」

 中年男は片手を挙げた。


「俺は、カリスト警察地域安全課所属でスプライト管轄主任のヒューゴ・サンダーソン。そんでもってコイツは、俺のバディで統合保安局スプライト事象部捜査官、ニーナ・セイケ・コルボフスカヤだ」




「えっと、自分は……」


「シリル・ヴァレー君ね? ウクサッカ市立第三高校所属で現在二年生。お父さんは機械技師のブライアン・ヴァレー、現在はカリストの都市インフラ整備事業に従事。お母さんはフアナ・サンチェス・ヴァレーという方だけど、五年ほど前に宇宙白血病で亡くなられてるのね」

 ニーナが手の上に広げたホロヴィジョンを読み上げた。


「どうしてそれを」

「ごめんなさいね、こちらも念のために貴方の身元をきちんと確認しておきたかったの。ここで貴方の顔をスキャンして警察のデータベースで調べたのよ」

「はぁ……全く、何なんだよ」シリルが嫌そうな顔で溜息を吐いた。


「それでお前さんは、何でまた高校生の身分で『スプライト・ハンター』なんてやってるんだ?」

「スプライト・ハンターだって?」

 それを聞いたシリルが、血相を変えて訊き返した。


「自分はそんな事はしません、決して妖怪狩りなんかしない! あんな連中と一緒くたにしないで下さい! っていうか、貴方達こそ本物のスプライト・ハンターじゃないんですか」


「俺らか? まぁ一部でそう陰口を叩かれてるのは知ってるがね、そう言われても気にはならんが一応否定しておこうか。ただし警察が堂々と賞金稼ぎをしているなどという事実はないがね」


「でも、そのハンター達からスプライトを買ってるのは事実じゃないんですか」

 その言葉に、ヒューゴが誤魔化すように手の平を上にして軽く掲げた。


「自分だって違いますよ。だいたい奴らは警察だけじゃなくて、偏執的なコレクターだとか嗜虐趣味のサイコパスなんかへもスプライトを売ってるっていうじゃないですか、そんな野蛮な連中と一緒にされたら誰だって怒ります。あくまで自分は、このアンソニーと一緒にスプライトセンサーを使って鉱物狩りをしていただけですから」

 シリルは蜂のようにくるくると空に舞っている妖精を指差しながら言った。

「ほう、そうかい」


「じゃあそこの妖精さんは、アンソニーというお名前なのね?」

「そうだ、オイラは由緒正しい英国コーンウォール出身のノッカー、アンソニーってんだ。年齢三七五歳! この中じゃ一番年上なんだから敬えよ!」


「やれやれ、つまり最長老って事だろ」

「んだとぉシリル、こんなに若くてピチピチしてる妖精は他にいねーぜ! それに何度も言ってるけどな、オイラみたいな妖精は性別が無ぇんだよ! いい加減覚えろよ!」

「年長なのか若く見られたいのかどっちかにしてくれよ……」


ニーナが二人の掛け合いを見てクスクスと笑い、ヒューゴが首を竦めた。


「まぁ、いずれにしてもシリルとアンソニー、それにウィル君とやらも、今後とも宜しくな」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 洞窟の外に出たシリル達は、いったんウィルをランドモーヴに載せ替えた。




「それで、このウィル君はどうするつもりかね?」

「とりあえず自宅の保管庫に入れておきます。その隣のガレージには分析機器も揃ってるんで、一通り調べる事は出来ると思います」


「ほう、それは良いね」

 シリルの答えに、ヒューゴはうんうんと頷いた。


「じゃあ、さっきも言ったがニーナは置いておくから。まずは彼女にウィルを発見した時の状況を説明してやってくれ。それから二人で仲良く調査をしてくれりゃいい」

「ちょっと待って下さい、主任はどこへ行くんですか?」

「そらまあ、他にも仕事が山ほど残ってるしなぁ。先に帰るわ」


 ヒューゴはそう言うなり、さっさと自身のランドモーヴに乗り込んだが、それからチラッと一瞬だけ北西の方角……マークスZ社所有地の方を睨んだ。


「じゃあな」

「そんな……主任!」

 ニーナが叫んでも、ヒューゴは軽く手を振ってからすぐにランドモーヴを発進させて街の方へと行ってしまった。


「はぁあ……相変わらず酷いなぁー主任は……」


 まるでこれが日常茶飯事とばかりに諦めた表情でぼやくニーナに、シリルが声を掛けた。

「それで、調査って具体的に何をするんですか?」

「ええ、そうね……とりあえず、ウィルちゃんを発見した時の事を話してもらえるかな」




 シリルはニーナに、その時の状況をかいつまんで説明した。


「なるほど……となると鍵は、やはりこの氷底洞と向こう側の企業所有地にありそうね。じゃあまずは、この氷底洞周辺について調べてみましょうか」


 ニーナは、宇宙服のポケットから何か呪符のようなものを出してから、呪文らしき言葉を唱えつつ両手に挟み込んだ。


「何やってるんですか、って……えっ」

 すると、彼女の体から何か白いモヤのようなものが出てきて一気にその体を取り巻いた。

 モヤはどんどんと濃くなり、まるでかいこまゆのようにして完全にその宇宙服ごと彼女を包み込んだと思った次の瞬間、その繭がパンと破裂して吹き飛んだ。


「うわぁっ、何だ?」

 その繭の中から出てきたのは、真っ白い和装束を着た少女だった。




「に、ニーナさん?」

 その少女は宇宙服も着ずに生身の体を真空下に晒していたが、その頭からは狐のような大きな耳が生え、また同じくふさふさした狐の尻尾が自身の背中を撫でていた。


「ん……ここはどこじゃ。ああ『思い出した』わ」

 その少女は軽く頭を振り、それから大きくあくびをした。


「なんじゃ、お主はシリルと言ったかの、ほれさっさと調査に行くぞい」

「ちょ、ちょっと待って下さい。貴方は本当にニーナさんなんですよね?」

「ははん、何かと思えばそんな下らない質問を。わらわはニーナであって、ニーナではない。誇り高き白狐はくこ一柱ひとはしらじゃ。そうよのぅ、とりあえず妾の事は鏡雪きょうせつとでも呼ぶと良いわ」


「白狐……鏡雪?」

「おいシリル、こいつは対人憑依型のスプライトだぜ」

 アンソニーがシリルのヘルメットをコンコンと突きながら言った。




「何をしておる、さっさと付いて来い」

鏡雪と名乗るスプライトは、一度シリル達を手招きしてから氷底洞の方へさっさと歩き出した。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 どういう仕組みで着替えられているのか、宇宙服ではなく身軽そうな和服の彼女は下駄を軽妙に鳴らしながら氷の岩場をぴょんぴょんと跳ねるようにして歩いていく。


 その後ろに付いて行こうとするシリルだったが、重宇宙服では歩調を合わせるのも一苦労だった。


「ハァ、ハァ……な、なんでこんなに身軽に歩けるんだよ……」


「そりゃあアイツ自身がスプライトと一体化してるからだろうな、真空だろうと高圧下だろうとその姿で居続ける限りは全く苦も無いってわけさ。オイラみたいにな!」

 そう言ってアンソニーは、空に浮かんだ木星を背景にしてクルッと宙を一回転した。




 言われてみれば、スプライトという存在が基本的にどんな環境でも活動可能だという学説は、小学校でも一通り学ぶような一般的事実だ。


 もちろんそれには色々と条件があるのだが、身近な例として強力な磁気圏によって荷電粒子と放射線が荒れ狂う木星近傍空間のように、生身の生物や普通の機械装置だとすぐに壊れてしまうような環境下であってもスプライトであれば普通に活動する事が出来る。


 従ってこの木星近傍空間においても、例えばアールヴやフレスヴェルグといったスプライト達が、磁気嵐の中を掻い潜って泳ぐようにしながら様々な仕事を行っているのである。


 という事は、この鏡雪もまた同じ用途でニーナに憑いているのだろう。

 宇宙服というのは、宇宙技術が発達したこの現代にあっても未だに不便なものだからだ。


 ただしアンソニーの話によると、この和服姿は単にこちらの認識を「変容」させて見せているだけであり、実際には宇宙服を着たニーナのままなのだという。

 そして鏡雪を取り憑かせているもう一つの理由が、これから発揮されようとしていた。




「すぅっ……んんん……」


 洞窟入口の手前で立ち止まった彼女は、一つゆっくりと深呼吸をしつつ片手に持った扇を前方に掲げると、その虹色に輝く金属の扇から何か煌めく煙のようなものが放たれた。そして彼女は両眼をくわっと大きく見開き、紅い瞳が前方を見据えた。


「……ふむ、ふむふむ。分かったぞ」

「な、何がですか」

「ああ、妾の千里眼は様々なものを見通す事が出来る。この氷底洞がどういう構造になっていて、どこまで広がっているのかもな」


「千里眼……透視能力ってことか。それで何が分かったんですか?」

「とりあえずこの氷底洞は、マークスZといったか、その企業所有地の奥深くにまで複雑な構造を保ちつつ広がっているようだの。ふーむしかし、少々奇妙な感じがするのう」


「奇妙って何がですか?」

「氷底洞が円を描くような形で網の目のように広がっておるのは分かるのじゃが、その中心部は不自然に潰れておるのよな。まるで何者かが人工的に埋めたかのようじゃ」


 鏡雪は、企業所有地の先を改めて指差した。

「そう考えてみると、この所有地は全体的にまるでクレーターのような地形になっており、氷底洞はそのクレーターが形成された際に生じた亀裂に沿って発生しているようにも思える。そしてその爆心地は意図的に埋没させられたような感じじゃな」


「意図的にって……一体誰が」

「ふむ、普通に考えればそのマークスZ社じゃろうな。そもそも何故その企業がこの土地だけ所有しておるのかがよく分からなかったのじゃが、もしかしたらこの氷底洞を調査するためじゃったのかも知れぬ。何しろ、洞窟のあちこちで人工的に掘ったり削ったりした痕が残されておるからの」


 鏡雪が手の指をパチンと鳴らした。どういう仕組みか、その音が真空を伝ってシリルのヘルメットをも響かせた。


「そして調査を終えたら、ここに氷底洞があったと言う事実を隠蔽する為に、外から見えやすい氷底洞の亀裂部分をわざわざ埋めたのじゃろう。問題は、何故そんな事をしておったのかという事じゃが……」

 鏡雪はそこまで一息に言うと、不意にランドモーヴの方へと振り返った。


「もしやあのウィルを探しておった……とは考えられぬかの」


「そんなまさか、あり得ないですよ! だってウィルはずっと一人っきりで、今まで地球人には一切会った事は無いって言ってたんですから」


「そうなのかの。とにかくもじゃ、具体的な話はあとでじっくりとウィル自身の口から伺う事にするとしようかね」

「うーん……」




「ふぅ、妾はもう疲れたわ。もう用が無ければ妾はここで引っ込むとするぞい」


 肩と首をポキポキと鳴らした鏡雪は、その場で一つ大きく深呼吸をすると、またあの白いモヤがたちまち彼女の体を取り巻いて繭のようになった。

 そして繭がまたパンと弾けると、中から宇宙服姿のニーナが現れた。


「……あら? えっうわっとっと!」

 白狐姿の彼女は大きな氷岩の上に下駄一足で器用に立っていたのだが、宇宙服姿に戻るとその不安定な足元を滑らせて盛大に転んでしまった。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。問題ないわ……それにしても、調べる事が増えたわね」


 シリルに手を支えてもらいながら起き上がったニーナは、企業所有地の方を少しばかり眺めてから振り返った。


「さあ、もう戻りましょうか。ここで分かる事はもう無さそうだから。でもその前に、氷底洞の内壁を少しだけ削って年代測定用のサンプルを取るわね」




 シリルはニーナの指示に従って洞窟の壁を少し削って容器に入れた。

 それから与圧済みエアロテントの暖かい空気を抜いて畳み、ランドモーヴに仕舞った。


「あーあ、キャンプになると思ったんだけどなぁ」

 アンソニーがシリルの頭上で寝っ転がりながらぼやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る