-第5話- 喋る隕石

「えっ……アンソニー 、お前今何か喋ったか?」


「いやオイラじゃねぇ、オイラこそてっきりお前が独り言でも言ったのかも思ったぜ?」

「マジかよ、って事は……」




「ダレ……ソコニイルノハ……ダレ?」


「また聞こえた? まさか……もしかして」


 頭の中に響く何者かの声に吃驚しながらも、更に前方へと進む。

 そして目に入ってきたのは、意外にもやや小さめの石、いや隕石だった。


 とはいえ、一抱えくらいのサイズがあるその石は洞窟の床に半分埋まり込むようにして収まっていて、ライトを当てると表面が鮮やかな虹色にキラキラと光って見えた。


 その表面の材質は少なくともケイ酸塩鉱物と窒素氷の混合物らしく、まるで宝石を散りばめて象嵌した王冠のようにも思える。

 その上部には大きめの氷柱が深く刺さりこんでいて、そのせいで上部が少し割れていた。




「……アナタハ、ダレ」


「やっぱり、君が喋ったのか。俺は人間だよ、そっちで飛んでいるのはスプライトのノッカーだけど」

 シリルは目を丸くしつつも、しゃがみ込んで隕石に聞こえるように顔を近づけながら話を返した。


「何で、どうやって喋ってんだよ。普通隕石は人間語を喋れないはずじゃねーか。いやコイツももしかしてスプライトなのか?」

 アンソニーもまた驚きのあまり宙を舞いながら叫んだ。


 それもそうだ、人間と初めて接触するはずの隕石は普通なら人間の言葉を使えない。人間そのものを知らなければ人間の言葉も知るはずがない。シリル達が使っているのは少し木星訛りのある共通英語だが、それでもだ。


「君は、以前に人間と会った事があるのか?」

「ニンゲン……ソレハナニ?」

「分からないのか。いやほら、俺みたいな姿の奴の事だよ」

 シリルは自身を指差しながら言った。


「シラナイ。ミタコトモナイ」

 目の前の隕石は、にべもなく言った。


「じゃあ何で、俺達の言葉が使えるんだ?」

「ワカラナイ。デモ、アナタタチノ、グンイシキバニアクセスシテ、ゴイヲヒロッテル」


「ああ、群意識場ぐんいしきばか。じゃあまるで、地球起源のスプライトと同じじゃないか」

「ええっ、つまりオイラ達と同じようなプロセスを踏んで人間と会話出来てるって事かよ! でも何でそんな能力を持ってるんだ?」

 アンソニーはくるくると宙を回転しながら問い掛けた。


「ワカラナイ。コレハジブンノ、センザイノウリョクダトオモウ」

「なるほどな……じゃあ、どこから来たとか分かるかい? 君の名前は?」

「ナマエ……シラナイ。ドコカラキタノカモ、オボエガナイ」


「ふむ、そうか……」

「つまりは、やっぱり野良スプライトって事だよな……しかも人間に知られずに生まれて今まで消えずに存在し続けられたなんて、ちょっと信じられねーよ」

「かも知れないな。でも、さしあたって名前がないのは不便だし、こちらで勝手に名前を付けさせてもらおうかな。そうだなぁ、何がいいだろ」


「それなら『ウィル』なんてどーだ?

『ウィル・オ・ウィスプ』、彷徨う名無しの魂って意味の言葉からもじってみたけどさ」


「あぁ良いね。じゃあ君の名前はウィルでどうかな」

「ワカッタ……ボクハ、ウィル」




 シリルは、納得したかのように独りごちるウィルに頷きながら立ち上がった。


「ああそうだ、自己紹介がまだだったな。俺はシリルっていうんだ。その隣で空に浮かんでる奴がアンソニーさ。それじゃウィル、君を今からウチまで連れて帰りたいんだけど、良いかな?」


「ウチトハ……ナニ」

「えーとウチっていうのは、自分達が住んでいる場所の事だよ。そこでしばらくウィルの事を調べてみたいんだ。だけど決して悪いようにはしないよ」


「ウーン……ヨクワカラナイケド、ココニイツヅケルノモ、タイクツダッタ。ソレモイイカモシレナイ」

「あはは、そうだったんだ」


「ダケドソノマエニ……コノカラダノウエニササッテイル、トガッタモノヲヌイテホシイ」

「尖ったものって、もしかしてこの氷柱の事か?」

「ソウ、ツララ」


「やっぱりそうか、でも何でこんな大きな氷柱が刺さってるんだ?」

「ミッカマエニ、トツゼンジメンガオオキクユレテ、ソレデボクノマウエニアッタ、コノツララガオレテ、コノカラダニササッテキタンダ」


「三日前ってぇと、あの掘削工事で発生したカリスト震の事じゃねーかな」

「多分そうだろうな。という事は、あの時にスプライトセンサーで拾った強い反応って、ウィルに氷柱が刺さったせいだったのか……確かに何だか痛そうだ」


 シリルがウィルの上に刺さっている氷柱を少し撫でると、ウィルがビクッとなったように一瞬強い反応を発した。

 シリルの宇宙服に付いている通信機も一瞬だけピュイっと高い音が鳴る。


「おい、大丈夫かよ」

 心配そうなアンソニーが氷柱の周りをくるくると飛び回った。

「ウン、ダイジョウブ。デモ、カナリツライ」

「それじゃゆっくり抜いてみるから、もし痛かったら言ってね」

「ボクハイタミハカンジナイ。ケド、ワカッタ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 シリルは両手を振って軽く準備運動をしてから、そっと氷柱に手を添えた。


「ふぐっっ」

 腕に力を入れて宇宙服のグローブが滑らないようにして、まるで剣のような氷柱を握りしめながら少しずつ持ち上げ始めた。

 重い氷柱はウィルの体と擦れ合ってゴリゴリと鳴りながらも、ゆっくりと抜けていく。


「ンンン……ンン、ンーンー、ンンンンッ!」

 ウィルが唸るような声を上げ、それが急に強くなった瞬間にシリルの宇宙服にある電子系・電気系統機器類の機能が急にダウンした。懐中電灯の明かりも消えてしまった。


「えっ、何が起こったんだ?」

「でーじょうぶだ気にするな、それよりもこのまま一気に抜いちゃえ!」

 アンソニーがまるで神輿を先導する音頭取りのようにシリルの目の前で手を振り上げた。


「うぐぐっ、そうは言っても結構重いんだぞこれっ……ふんぬっ!」

 空調が効かなくなった宇宙服のヘルメット内側が真っ白になるほど息を吐きながら、彼は腕の力を振り絞ってグイッと氷柱を持ち上げた。


「そりゃっっ!」

 ウィルの体から完全に抜けた氷柱を洞窟の床へと一気に下ろすと、氷柱は床に叩きつけられるようにして粉々になった。


「ほうっ……あ、元に戻った」

 宇宙服の機能が復活したので、シリルは空調を一時的にマックスにして一息ついた。

 



「アア、コレデトテモスッキリシタ。アリガトウ」

「そうか、それは良かった。ところでもしかして、俺の宇宙服に何かした?」


「イヤ、ボクガイトテキニ、ナニカシタツモリハナイケド……

 ドウヤラ、ボクニハキミタチノキカイヲ、ハナレタトコロカライジッタリ、コワシタリモデキルノダトオモウ」

「そうなのか。遠隔から機械を操作できるって凄いな」


「すげー能力だな、そんなにいっぱい能力持ってるなんてうらやましーぞ!

……あれ、でも以前に似たような能力を持った奴に会った覚えあるな……誰だっけか」


「ボクニニタスプライトヲ、シッテルノ?」

「あっいやいや、何となくそんな奴がいたような気がしただけさ!」

 アンソニーは慌てて手を振った。


「ソウナノカ……ジツハ、ボクモホカニナカマガ、イタヨウナキガシテルンダ」

「仲間? 君に仲間がいるのか」


「ワカラナイ……デモ、ナゼカソウオモウンダ。ウン……ソウダ。モウヒトツ、ボクノネガイヲキイテモラエルカナ? モシソウシタラ、アナタノウチヘイッテモイイヨ。ボクノナカマヲ、サガシテホシイ」


「よし、分かった。たぶん俺が出来る事は限られてるけど、なるべく色々と探してみるよ」

「アリガトウ。アナタタチハ、ボクノオンジンダ」

「どういたしまして、でも見つかるかは分からないよ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 シリルはサルクスに命じて、ロボットアームでウィルを床から外して持ち上げさせると、そのままサルクスの背中に載せた。




「しかし、人類未接触なのに自発的にスプライト化した隕石なんて初めてだな」

 アンソニーがちょこんとウィルの上に座った。


「確かに……でも、このウィルに仲間が居るといいな。それにもしかしたらアンソニーのうろ覚えの情報が鍵になるかも知れないしさ」

「えぇーっ、オイラが言うのも何だけどさ、大して役に立たねーかも知れねえんだぞ」


「それでも調べてみる価値はあるさ」

「ヨロシクネ。スゴクタヨリニシテルヨ」


「へへっ、そこまで言われちゃ仕方ねーなぁ、よーしドンっとオイラを頼ってくれぃ!」

 アンソニーはその小さな体を思い切りそらして胸を張った。

 



その時、いきなり通信機のスイッチが入って甲高い声が飛び込んできた。


「そこにいるのは何者ですか、出てきなさい!」

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