-第4話- クレーターの洞窟

 それから三日後、シリル達は入念に準備を整えた後に、例の反応があった地点へと向けてランドモーヴを駆った。




「うっはぁっ、ここら辺は岩場がまた一段と荒々しいったらねーなっ!」

 アンソニーが吹き飛ばされないようにとシリルの肩に必死でしがみ付きながら叫んだ。


 何しろウクサッカ市周辺よりも遥かに大きな氷岩がゴロゴロ散らばっている上に、大小様々なサイズのクレバスも潜んでいたりするので、なかなかまともに真っ直ぐ走る事も出来そうにない。


 シリルは、自前のランドモーヴじゃなくてスカイモーヴを借りてくるべきだったか、と少し後悔した。

 しかし今乗っているランドモーヴも割と年季が入っていて馴染みが深く、もし迂闊に乗らない選択肢を取ったのなら、後で機嫌を損ねかねなかった。


「仕方ないさ、スカイモーヴだとそれこそ色々と他人に見られかねないからな」

「それって、他の鉱物狩りにか?」

「確かにそれもあるけど、何よりも例の企業所有地からすぐ近くだしさ。あれこれと面倒に巻き込まれるのは避けたいんだ」

「そりゃそーか」


 ホロマップで確認する限りだと、そのポイントは企業所有地の境界から数十メートルと離れてはいなかった。

 恐らくその境界は、警備用センサーとブービートラップの巣になっている事だろう。

  



◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




 半日近く掛けてようやくその近くへ到着し、ランドモーヴを企業所有地側から見て岩陰にあたる場所へ慎重に停めたシリルは、その隣に短期滞在用のエアロテントを張った。




「ぃやっほう、久しぶりにキャンプだキャンプ!」


「こら、はしゃぐなよ。そう言えばアンソニーは、地球に棲んでいた頃はキャンプした事があるんだっけ」

「まーな。オイラは十八世紀頃からイギリスのコーンウォールにあるダートムーアって所に棲んでたんだ。そこで人間達のキャンプにご同伴してシチューをご馳走になったりとか、そのお礼に錫の鉱脈を教えたりって持ちつ持たれつの関係を築いてたのさ」


「ああ、それは前にも聞いたよ。それで当時のキャンプって一体どんな感じだったんだ?」

「そうだなー、キャンプっつっても下っ端の坑夫だと焚火をしてそこらの地面に寝っ転がるだけだったけどな。鉱山の監督や役人とかだと、ベルテントっていって円錐状の帆布を張った小さいテントを使ったりだとか、商人のキャラバンなら幌馬車の中で寝泊まりしたりとかだったなぁ」


「へぇ、何だかよく分からないけど楽しそうだな」

「んなわけねーだろ、そこらじゅうシラミだらけで人間達はしょっちゅう食われてたしさ、テントなら雨はどうにか凌げても横風に晒されまくりだから冬は寒くてどうしようもないし、それに坑夫達だと何日も何ヶ月もそうやって生活するもんだからしまいには全身びっしりススと土埃と垢まみれになって臭すぎて、もうたまんねーんだ!」

「そうなんだ……やばいな地球のキャンプは」


 毎日シャワーを浴びる習慣が根付いているシリルには、なかなか想像がつかない世界だった。

 それに比べれば、真空環境下で内部を与圧しないと入れないけど中が暖かいエアロテントは快適もいいところだろう。


 ただし、万が一問題が発生した時にはすぐに撤収して逃げ帰れるようにしないといけないので、テントの中に物は置かないようにしておく。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇  




「それじゃ準備も整った事だし、行くか」




 バイザーのスプライトセンサーをオンにして反応を確認したシリルは、その反応がある方向へとゆっくり歩み出した。

 その後ろをサルクスが同じくゆっくりとなるべく振動音を立てないようにしながら歩いてくる。所有地境界に設置されているであろうセンサーに反応させないようにする為だ。


 すると前方には、恐らく三日前に発生した人工のカリスト震によって生まれた出来立てのクレバスが口を開いて待ち受けていた。


 慎重にその中へ入っていくと、一旦は両脇の壁が狭くなっていてくぐり抜けるのも一苦労だったのだが、そこを抜けると意外にも洞窟のような大きめの空間が広がっていた。

 氷の壁を介して外の光が僅かに透過しているので奥まで蒼くうすぼんやりと見えなくもないものの、不安を感じたシリルは重宇宙服に備え付けの懐中電灯を点けた。


「これは……もしかしたら氷底洞ひょうていどうの一種なのかも」




 カリストに限らず地球の氷河などでも確認されている現象だが、氷河の真下に岩盤などの密度が異なる物質が存在していると、その真上では重力圧力によって氷の圧力融点が低下する。そうすると徐々に氷は融解して水になり、密封された状態であればそのまま氷底湖を形成する事になる。


 しかしカリストのような大気の無い真空の天体では、もし湖を取り巻く氷に亀裂が生じて外界に通じてしまえば内部の液体は漏洩してすぐに蒸発するか、あるいは再び凍りつく事になる。凍りつかずに蒸発した体積分はそのまま空洞となって残るので、カリストにはこのような氷底洞が無数に存在している。


「へぇーっ、まるで坑道みてーだな!」

 アンソニーがノッカーらしい例えをしながら周りを見回した。

 中は薄暗かったが、壁にライトを当てると青白く星のように輝いた。


「凄い、氷柱が一杯垂れ下がってる」

「うっひゃー、やべぇーなこれ! ちょっとした振動でもボキボキ折れて落ちてくるぞ」

「振動を起こさないようにして慎重に歩かないとな」




 洞窟の奥へ行くに従って氷柱と氷筍がどんどん密集していき、さながら魔物が口を開けて牙をむき出しにしているようだ。


「この奥に向かって、どんどん反応が強くなるみたいだ」

 スプライトセンサーは、洞窟の奥で顕著な意識場の乱れを明確に捉えていた。


「結構でかいサイズなのかも」

「もしそうだとしたら、サルクスで運び出すのは難しいかな」

「とりあえず、そのツラを拝んでみようぜ」




 ゆっくりと滑らないように、また振動させないようにして氷を踏みしめながら暗い洞窟を進んでいくと、意識場の乱れが急に極大になった。




「……ダレ?」

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