-第2話- ハンター達
「やっぱりだ、あっちこっちに反応が出てる」
どうやら先ほどの振動が刺激になって、あちこちに眠っている隕石や希少鉱物などが目を覚ましたようだ。
「マジかよっ」
アンソニーも虹色の羽をぱたぱたと羽ばたかせて宙に浮かびながら周りを見渡した。
「あっ、あっちにも、こっちにも反応があるじゃねーか! っひゃー、こりゃ入れ食い状態だぞぉ!」
「入れ食いってな……まだ釣り糸を垂らしてもないからそれは違うだろ。とはいえリアルで釣りはまだやった事もないんだけど、魚がいっぱいの漁場っていうのは、こういう感じなのかな」
そういえば子供の頃に両親と一緒にカリスト最大の都市アルカスへ行って、そこにある人工海洋ランドで泳いだ覚えがあるな、とシリルは思い出した。
海生生物プラントと水族館が併設されていて、そこで初めて地球の魚が泳いでいる様子を観たのだった。
カリストの地下海には残念ながら(とは言っても産業界としては幸いな事に)魚どころか微生物などの地球外生物は全く生息していなかった。
しかし隣の衛星であるエウロパの地下海にはかなり豊富な地球外生物の生態系が存在するらしく、現在でもエウロパへの着陸は厳禁どころか、エウロパ付近の軌道を使用する事も厳しく制限されていた。
などと回想したのも一瞬の事で、シリルはすぐにスプライトセンサーからのデータ中にひときわ大きく特異な反応を見つけた。
どうやら地平線のもっと向こう側にある反応のようだが、そんなに遠くにあるはずなのにここまで強い反応というのは見た事がない。
「ほぁーっ、なんだありゃ? すっげえでけえ何かがあるぜ!
アンソニーも気づいたらしく、そちらの方に向いて目を見開いた。
「なんだあれは、あんなのは初めてだ……あっちはここから更に北西へ五十キロ以上行った所にある、オレステウス・クレーターの方角じゃないか?」
「どうする? 行ってみるか?」
「五十キロ先のオレステウスだと結構な距離だな」
「そうかなー、そこまで遠いわけじゃないだろうけど……まあ確かに、もしそこまで行くとしたら泊まりがけを覚悟しておいた方が良いとは思うぜ」
シリルは少しばかり渋い顔をした。
「うーん、家を空けるとなると……後で父さんに何て言われるかな」
シリルの父親は技師として常に現場で働き詰めの生活を送っていて、近頃ではまともに家に帰ってくる事もなく、息子を気に掛ける事も少なくなっていた。
特に数年前に母親を病気で亡くしてからはそういう傾向に拍車がかかったようで、彼が最近になって鉱物狩りをし始めている事すら、ろくに把握してはいないだろう。
だからといって父親の事を全く気にしなくても良いわけではなく、たまに帰ってきた時につまらない事で叱られるのは避けたかった。
「じゃあ、あっちへ狩りに行くのは止めるか?」
「いや、とりあえず家に書き置きでも残しておけば良いかな。
どうせ例の工事がまだ続くわけだし、まだしばらくは帰ってこないだろうしさ」
普通に仲が良い家庭なら、NR(新拡張現実空間)の中でアバターを介して連絡を一本入れておけば済む。しかし彼の父親はNRがあまり好みではなく、NR内でも滅多に会った事がなかった。
「何にしろ学校もあるし、週末にじっくり探しに行くとしよう」
「えぇー、他の鉱物狩りが先に採りに行っちまうかもしれねえぞ」
「まあそうなったら仕方ないし、スプライト・ハンターに出くわすよりマシさ」
「確かに、あぁ考えただけでゾッとするぜ。そん時はさっさと逃げようぜ」
アンソニーがシリルの頭上でブルっと震えながら、彼のヘルメットをぽんぽんと叩いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シリルは振動が完全に収まったのを確認してからクレーターの縁まで登り、そこから周りをぐるっと見回した。
「よし、周りに誰も居ないな」
「今日はどこを目標にするんだ」
「そうだな……よし、一五〇メートルくらい離れたあの尖った大岩が良さそうだな。その天辺にある氷の欠片を狙うよ」
シリルはおもむろに足元に転がっている岩石をじっと見つめた。
彼の感覚で「動きたくなさそう」な石と「退屈そうに」している石を見分けて、そのうちの一つをおもむろに手にした。
「コイツはどうだろうかな」
その石を静かに見つめると、先ほどと同じようにして石の「声」が微かに聞こえた。
「オーケー、コイツなら『飛びたがって』そうだ」
シリルは宇宙服のポケットから何色もの綺麗な糸で編まれた紐を取り出した。
紐の真ん中ほどにある小さく広がった平らな部分にその石を乗せて挟み込み、紐の端にある輪っかに指を通してから目標を見据えてしっかりと構え、そして勢いを付けるためにビュンビュンと振り回し始めた。
「物言わぬワカの精霊よ、我に力を与えてくれ」
祝詞の様な言葉を短く唱えると、勢いよく手を振り下ろした。
紐から放たれた石は、真空なのにシュッと小気味よい音が聞こえてきそうなほどに真っ直ぐ飛び、狙い通り一五〇メートル先にある大岩の天辺にあった氷の欠片にパキンと当たった。
「おおっ今日もバッチリだな」
アンソニーがパチパチと手を叩いた。
「毎日少しずつでも練習していれば腕は衰えないもんさ」
すると、その尖った大岩の陰から何かが動くのが見えた。
バイザーをズームさせなくても、それが宇宙服を着た人間だというのがすぐに分かった。
「あっやべえぞ、人が居たじゃねーか! 何やってんだよっ」
「ちょうど岩の影に隠れて見えなかったんだ、仕方ないだろ」
アンソニーとシリルは慌てて岩陰に隠れ、じっと様子を伺った。
するとその人物はキョロキョロと辺りを見廻し始めた。どうやら岩の上から欠片が落ちてきた事を怪訝に思ったのだろう。
思ったよりもかなり大柄で、重厚な装備を宇宙服に纏わせていて巨大な銃器らしきものも担いでいた。
「ありゃ間違いなくスプライト・ハンターだぜ……見つかったらオイラも狩られちまうよぉ……」
「別にアンソニーを付け狙ってるわけでもないのに、何でそんな事になるんだよ……まあ大丈夫だと思うよ」
シリルの背中に張り付いてガクガク震えるアンソニーをシリルがなだめた。
しかし、悪態をつくかのように肩を震わせたその人物は、おもむろにその武器を大岩に向けて撃ち込んだ。
ボゴン!とけたたましい振動と共にその大岩が崩れ、その震えは一〇〇メートル以上離れたシリル達の所にも伝わってきた。
「あわわわわ……」
シリルとアンソニーは揃って歯を震わせながら、その人物が去っていくのを岩陰でじっと見ている事しか出来なかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
スプライト・ハンターが去っていった事をしっかり確認してから、シリル達はクレーターの近くに隠して留めておいたランドモーヴに急いで乗り込んだ。
「オイラ達もとっととズラかろうぜ」
「ああ。分かってるさ」
せっつくアンソニーに頷き返したシリルは、ランドモーヴのエンジンを手動で起動させる。
自動運転ではなくシリルが手動運転するランドモーヴは、荒々しくタイヤを跳ねさせて氷岩を蹴りつけながら、ウクサッカ市中央の虹色に点滅するビーコンタワーに向けて走り出した。
一時間ほどでウクサッカ市の外門に到着すると、門の警備員から身分証を提示するよう求められたのでシリルの身分証を懐から出した。
「そっちのスプライトの存在登録証もだ」
「えぇーそれくらい良いだろぉ」
「ちょっとアンソニーは黙ってて。はいはい、これです」
渋るアンソニーを尻目に、シリルはアンソニーのスプライト存在登録証も警備員に見せた。
「おいこれは何だ」もう一人の警備員がサルクスの方を指差す。
「あ、いやこれはただの石です。綺麗だから拾ってきただけなんで」
サルクスに被せていたカバーを外して、背面に積んだ隕石を指差した。
「隕石だぁ? 何でそんなもん拾ってんだ」
「おおかたコイツもスプライト・ハンターなんだろ。じゃなけりゃ、こんなつまらんガラクタを荒野から拾ってくるような酔狂なバカは居ねえよ」
警備員は門の脇にあるガレージ群の一つにたむろしている、ガラの悪そうな連中を横目で見ながら鼻で笑った。
どうやらその連中もスプライト・ハンターらしい。
慎重にシリルが確認したが、どうやら宇宙服の装備からして先程遭遇した人物は居ないようだった。
しかし彼らもまた巨大でグロテスクな形状のハンター専用捕獲機を肩に掛け、捕えたばかりの哀れなスプライトが入った函をぶら下げながら、大声で笑い合っていた。
嘲りを含む警備員の会話に、シリルは表向きニコニコしながら黙っていた。
「ふん、まぁいい。通ってよし」警備員は無愛想な態度で手を振った。
シリルは心の裡で湧き上がるモヤモヤを押さえつけながら門をくぐり抜けると、その門の真上にはマークスZという企業のNRヴィジョン広告が大きく掲示されていた。
「『マークスZはウクサッカ市建設に大きく貢献しています』……か」
市内に入って与圧下となったのでヘルメットを脱いだシリルは、その広告をチラッと上目に見やり、何の気もなしに広告の文言を反芻する。
そこへアンソニーが彼の髪をピッと引っ張りながらボヤき始めたので、目線を戻した。
「何だよアイツら、オイラ達の事をスプライト・ハンターだとか言いやがって」
「まぁまぁ……しかし、最近どんどん厳しくなってるような気がするな」
「そうだよな、どこへ行くのも存在登録証を提示しなきゃいけねーなんてなぁ。少し前までは、あんなに厳しくはなかったはずだけどよ」
「確かにそうだけど、もしかしたら以前までは、まだこのウクサッカ市も建設途中だったから緩かったのもあるかもな」
「えーそんな感じだったかぁ?」
「いや本当はどうなのか分からないけど……自分もウクサッカ市以外のところはよく知らないしさ」
シリルは、いかにも量産型の宇宙都市として整備されつつあるものの、退屈なデザインの街並みを眺めながら溜息を吐いた。
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