第26話:卑怯という名の武器
……俺とした事が、浮かれすぎだった。
深く考えれば分かる事なのに、ユキの前だとカッコつけたくて、思考が単純になってしまう。
本当にどうかしてるな、ログイン中の俺は。
ユキの、「僕のショートワープでも5メートルが限界」という言葉。
シーフ系の最上位にあたる、AAAのトリックシーカーでさえ、素早さと器用さを特化させていても、瞬間移動は5メートルが限界。
これだけでも、アデプトがいかに桁外れなのかが分かる。
だがそれは、同じSクラスのヴェルセルカーにも当てはまるのではないか?
「ゆ、ユキ。心配してくれてるのに、ふざけちゃってごめん」
「逃げ切れるって言ったのは、冗談ってこと?」
俺は椅子に座り直して、申し訳無さそうな上目遣いで口を開いた。
「……冗談ってわけじゃ……いや、ヴェルセルカーの強さも知らないのに、余裕とか言って、ほんとごめん。そ、それでな、謝りついでに聞いておきたいんだけど……」
ふぅ、と小さく息を吐くユキ。
「いいよミリア、もう謝らないでね。ミリアの聞きたい事って、アスドフやヴェルセルカーについてだよね?」
ユキは高校でも成績が優秀なだけあって、頭の回転が早い。
俺にでも分かるように、いつでも的確に答えてくれる。
ユキは、アンデルセンに居た頃のアスドフの様子から語ってくれた。
今から、俺なりにまとめた内容を伝える。
◇
半年ほど前。
アンデルセンに所属していた当時のアスドフは、今のような魔族アバターではなく、彫りの深い好青年アバターだった。
ユキが、「アスドフって変わったキャラ名だね。何か由来でもあるの?」と尋ねると、
「由来は無い。キャラ名なんて考える時間が勿体ない。だから単純だ。キーボードに左手を置くときの基本位置がASDFキーだから、それをもじってアスドフにした」
そう答えたあと、「わっはっはっはっ」と、笑ったそうだ。
ユキはそれを前置きとして、
「ビートルキングのまとめサイトに、これまでに討伐成功は一例って書いてあるんだけど、その一例って、AAクラスだった頃の、僕とマスターとアスドフの三人で倒した一例の事なんだよ」と、付け加えた。
ビートルキングを三人で倒しきる。ということは、AAクラスでも相当強いという事だ。
そこまでのクラス補正があるとは思わなかった。
運営は、極端な差を付けると、戦闘力格差が広がってしまうとは考えなかったのだろうか。
……いや、時代は変わっている。この格差は、助け合いの精神に基づいているということなのかもしれないな。
ここからユキは本題に入るのだが、それは耳を疑うような内容だった。
◇
ユキ、アラタ、アスドフの三名は、およそ半年前の同時期にAAクラスに昇格した。
昇格したクラスはレベル1からのスタートになる。
そしてこのゲームでは、高レベルプレイヤーは低レベル用フィールドには入れないが、逆に低レベルプレイヤーは、高レベル用フィールドへ自由に入れる。
ところが、Aクラス以上であれば、レベル1でも火力が高いので、経験値を多くもらえる高レベルのMOBさえ倒せてしまう。
そうすると「経験値の荒稼ぎ」ができてしまうので、各フィールドには適正レベルが設けられ、適正レベル以外のプレイヤーは経験値をもらえない仕様になっている。
これは、RPGならではの仕様だ。
つまるところ、クラスが上がっても、初心者と同じフィールドかダンジョンでレベル上げをせざるを得ないのだが、AAクラスともなれば、レベルを1つ上げるだけでも、相当な量の経験値を獲得しなければならない。
だが、その厳しい環境を乗り越えてこそ、多くのプレイヤーに認められる英雄になるということだ。
そこで三人が目を付けたのが、低レベル帯で最も経験値を稼げるビートルキングの討伐だ。
――そう。ビートルキングがあれほど鬼畜使用になっているのと、滅多に湧かないのは、理由があったのだ。
三人はインセクトステップのボスであるビートルキングを討伐するため、広大なフィールドを隅々まで駆け巡り、出現のタイミングを伺っていたようだ。
そして数週間の後。その時がやってきた――。
遂に姿を現したインセクトステップのフィールドボス、ビートルキング。
だがこの時は討伐成功の前例が無く、まとめサイトにも『討伐は不可能』と書かれていたので、アラタがフィールドトークで討伐参加を呼びかけても、誰一人として集まって来なかった。
そう。デスペナが厳しいのだ。DEADになるのが分かっていて参加するプレイヤーなど居ない。
だが、誰か来るか来ないかは、アラタには関係無かったようで、フィールドトークを飛ばした直後、ビートルキングに突進しながら臨戦態勢に入った。
挑発スキルを数発ぶちかましてタゲを固定すると、「やってみなきゃ分からないよね」と、言葉を吐いて不敵な笑みを浮かべた。
そしてユキも、アラタからタゲを奪うような勢いで攻撃を開始した。
当時のアスドフは、ファイター系AAクラスのローニン。
両手で扱う大太刀を武器とする近距離火力職だ。
そしてアラタは、ナイト系AAクラスのインペリアルガード。
盾とハンマーを装備する、硬さ重視のタンク職だ。
残る我が愛息子のユキは、シーフ系AAクラスのトラップマスター。
メイン武器は持たず、クナイ型の投げナイフと設置型トラップで戦う、特殊な近~中距離火力職だ。
タンク1にDPS(火力)2というパーティ構成。ヒーラーが居ないので、無謀と言わざるを得ない構成だ。
しかも、アスドフは近接ジョブなのに攻撃を喰らわない位置まで離れ、武器を構えたままうろうろしていたようだ。
あの威圧的で恐ろしい今の姿と発言からは、全く想像も出来ない程、逃げ腰だったという事だ。
そしてユキは、最初から高火力スキル全開で戦っていたらしい。
ユキの設置トラップと、クナイ型の投げナイフによる高確率のクリティカル攻撃が、アラタから簡単にビートルキングのタゲを奪ってしまうので、アラタは盾を外し、両手にハンマーを装備する形でタゲを奪い返していたそうだ。
クリティカルの発生率から考えると、どんだけユキが器用さと素早さにアビリティポイントを振っていたのかが分かる。
因みに、クリティカル時のダメージは、8万を超えていたそうだ。
ユキが連続クリティカルでヘイトを稼ぐと、ビートルキングのタゲは、アラタからユキへと移る。
そこからビートルキングは三段攻撃を開始する。
ユキは大鎌の付いた左前脚の攻撃を造作もなく受け流し、クナイの雨を浴びせかける。続けて繰り出される右前脚も同じくだ。
そして、ビートルキングは三段目のクロスブレイクの動作を始める――これを回避してしまうと、無属性の範囲魔法を放たれる。
――だが、そのタイミングでアラタがタゲを奪い返すので、ビートルキングはアラタの方を向く。
そこからビートルキングは三段攻撃を開始する。
もうお分かりだろう。タゲが移ると攻撃がリセットされるのだ。
ビートルキングはプレイヤーに対してのタゲが不安定になり、アラタとユキの間を、うろうろとする。
――正に『鬼さんこちら』状態だ。
互いに信頼しあっているのはもちろん。さらに、ユキのカウンター能力やクリティカル確立の高さと、瞬間的にヘイトを跳ね上げてタゲを奪い返せるアラタが居るからこそ、初めて成立する連携攻撃だ。
ビートルキングのHPは300万もあるとはいえ、一撃で8万ダメ入るともなれば、時間内に余裕で倒せるだろう。
だが、ユキのような短期決戦型の特殊なジョブは、クナイと設置トラップの数にも制限がある。
そして、ご存知の通り、50万ダメージを負う毎に、ビートルキングの防御力は増大する。
ビートルキングのHPが残り30万の辺りで、クナイとトラップを使うためのユキのMPが尽きた。
こうなると、今度はアラタだけにタゲが集中するので、ビートルキングはうろうろしなくなる。
アラタがいくら硬かろうが、どれだけタンクの熟練度が高かろうが、ヒーラーによる支援の無いタンクが、クロスブレイクを何度も食らって無事な筈はなかった――
――ビートルキングを倒しきるまで、ほんの僅かな差だった。
ビートルキングのHPは残り12000――そこで9発目となるクロスブレイクを食らったアラタのHPは尽き、DEADとなった。
そこからユキが、持ち前の素早さを駆使し、左右順番に繰り出される前脚の攻撃をパリィしながら二連続トリプルカウンターとなる回し蹴りを浴びせかける――
――だが、健闘虚しく。残り1100まで削った時点で三段目のクロスブレイクを繰り出され、とうとう力尽きてしまった。
ああ――そうだ。
ユキが力尽きた刹那――それまでろくな攻撃もしないで逃げ回っていたアスドフが、ビートルキングに、とどめの一撃となるスキル、アルティメットスラッシュを放った。
ここで重要なのは、討伐成功時のドロップ品の分配方法は、生き残った者が選択できてしまうという所だ。
DEADになると、ヒーラーによる蘇生措置が無い場合、60秒経過後にポータルへ自動転送されるのは仕様。
そして、いくらPTを組んでいたとしても、転送されてしまえば、戦闘をしていた地点に戻るまでは、戦闘離脱状態となる。
当然、このようなヒーラーの居ないパーティ構成なら、生き残った者は戦利品を『エリア外のメンバーにも分配する』というコマンドを選択するのは常識だし、それは初期の段階でデフォルトとして設定されている。
――だがアスドフは、パーティリーダーのアラタでも『戦闘離脱状態でのコマンド選択は、一時的に戦闘中のメンバーへ移行する』という仕様を悪用し、ドロップ品を『戦闘に参加中のメンバーのみ分配する』へと勝手に変更したのだ。
ユキがポータルへ転送された時点で、戦闘に参加中のメンバー。要するにそれはアスドフ只一人である。
そしてアスドフが、非常識な手段を用いて入手したのが、このゲームで初となるSクラスの『ヴェルセルカー』になれるS武器『ヘルシャフトツヴァイヘンダーS』だった。
アスドフはS武器を手に入れた直後、アラタとユキが戻ってくるのさえ待たず、権限が有効なうちにパーティを即座に解散し、そのままアンデルセンも抜けたそうだ。
なんとも酷い話だが、ユキはアスドフを怨んではいないと言った。アラタもそうだと。
それからユキとアラタは益々協力し合い、AAAという最高峰のクラスにまで登り詰めたそうだ。
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