第25話:疑問しか残らないスキルの実装
南ゲート前の半円状の広場は、南ゲート待機所と呼ばれている。
そこから中央通りと呼ばれる街路を、北方向に歩いていくアラタ達に手を振りつつ、隣りにいるユキの方へと顔を向ける。
右腕でロリっ娘な俺の肩を抱き、左手でアラタ達に手を振るユキの顔は、どこか誇らしげだった。
え、なにこの状況。親子の立場が逆転してるような?
皆を見送ったところでユキが顔を向けてきた。
「[Fm:ユキ]ミリア。僕が変な勘違いをしちゃうハプニングはあったけど、マスターに頼んでおいてよかったと思ってるんだ。アスドフは危険なスキルを持ってるからね」
魔族のような恐ろしいアバターであることを知ってしまったので、アスドフの名が出ただけで怖い。
俺が身震いしたのが伝わったのか、肩に回していたユキの腕に、優しさのような力が加わるのを感じた。
「[Fm:ユキ]ミリア、ここは人の出入りが多いから宿屋に入ろ?」
「[To:ユキ]じゃあ宿代は俺が払う――あ、課金でゲームマネーを増やした訳じゃないから……」
ユキがにこりと笑う。
「[Fm:ユキ]サクラさんの話で、ミリアが最大倍率のボーナスエリプスをもらってるのは分かってるから、そんなに心配そうな顔をしないでよ。じゃあ、今回はミリアに甘えようかな」
宿屋は、南ゲート待機所から中央広場へと続く中央通りを、40~50メートルほど進んだ十字路を左に曲がった先にある。覚えたかな?
ついでだから付け加えて説明すると、その十字路の角にある大きな建物が、冒険者案内施設になっている。
そんで、こっち側に面したカウンターには、チュートリアルでお世話になったお姉さんNPCが立っているのだ。
このお姉さんNPCに手を振ると、にっこりとした笑顔を返してくれる。
「冒険、頑張ってますかー?」
「はーい、頑張ってまーす」と、金髪ロングな髪をなびかせながら元気よく返事をする俺。
◇
宿屋に入ると、俺は早速カウンターのNPC女将に声を掛けた。
「休憩で一部屋」
すると、怪訝そうな表情を浮かべる女将。
「ここは子供同士で来るところじゃないんだよ。さぁ帰った帰った」
「――えっ⁉」
アラタの時と態度が違うじゃないか。何だよこの女将……
そう思った瞬間に、女将が頬を緩ませた。
「そう言いたいところだけどね、お互いにマナーを守ってくれるなら、しっかり休んで疲れを取るといいさね。休憩代は1時間で800エリプスだよ」
そしてにっこり。
……ふぅむ、このNPCも相手を見て判断しながら会話するのか。やっぱ最近のAIは凄いよな。
だが、相手の心理的な動揺まで学習してるAIを使うのは、ちょっとやりすぎだろ。俺の中身は大人だし、しかもユキの保護者なのに、素直に帰ってしまうところだったぞ。
それに俺達、まるでラブホに来ちゃった未成年みたいな設定になってなかったか?
そもそもここは、冒険者なら誰でも泊まれる宿屋だろ!
……でもまぁ、そこまで凝ってるって事なんだよな。まじリアル感ハンパない。
◇
宿代の支払いを済ませ、部屋番号が刻印されている鍵をもらい、客室に入った俺とユキは、例の丸テーブルを挟んで座った。
俺としてはベッドの上にうつ伏せて、足をパタパタさせながら、お友達感覚でおしゃべりでもいいんだが、真剣な話のようなので、軽はずみな行動は慎むべきだ。父親として(今更感)。
ユキがテーブルに身を乗り出す。
「改めて言うけどミリア、アスドフと遭遇するような事があったら……」
「待てよユキ。PKフィールドでもない限り、プレイヤーに対してダメージは与えられない仕様なんだから、あんまり俺を怖がらせないでくれよ」
ユキが首を横に振った。
「ううん、僕は決してミリアを怖がらせようとはしてないよ。そうだね、先に言っておいたほうがいいね」
意を決した様子のユキが言葉を続ける。
「ミリア。ヴェルセルカーは特別で、どこにでもバトルアリーナの闘技台を出現させられる、カオスアリーナという固有スキルを持ってるんだよ」
確か、アラタとルイーサが言っていたスキルだ。
「でも、流石にセーフティエリアに該当する町なかでは使えないだろ?」
「残念だけど……」
その言葉に不安が過った俺は両手で胸を押さえたが、咄嗟にユキが手を伸ばし、その両手を暖かく包む。
ああ、なんて優しい子だ。
「な、なあユキ、例えアリーナの入場ゲートを出されても、ゲートに入らないで逃げればいいんじゃないか?」
再びユキが首を横に振る。さっきより大きくだ。
「ううん。発動されたら最後。強制的にプライベートな闘技台に送られて、60秒後に試合開始なんだ。試合放棄もできないんだよ」
……なにその弱い者虐めみたいなスキルは。なんだかちょっと膝がガクガクしてきたんだけど。
「それとねミリア。ベルセルカーには、相手の所有物を戦利品に指定する事が出来る、リペイトリエーションというスキルもあって、指定された品物が例え譲渡不可品だとしても、負ければ所有権ごと奪われてしまうんだ」
――背筋が凍りつきそうな戦慄が走る。
「――も、もしかして、装備してる武器も例外ではないということ?」
「うん、その通りだよ」
――なんだそれ。やりたい放題じゃないか……。
手で包んでいた俺の小さな両手を自分の方へ引き寄せ、俺の指に自分の指をしっかりと絡ませてくるユキ。精一杯、怖がりな俺を安心させようとしている。
怖がっているロリっ娘に対しての心配りだと受け取れる。
え、やっぱ親子逆転してる?
……まぁ、なりきりプレイだからいいか。見た目のまんまってことで。
優しく見つめてくるユキが口を開く。
「このゲームに不慣れなミリアでは、アデプトというクラスを、アスドフに奪われちゃう可能性があるって事だよ。だから、カオスアリーナを使われる前に、絶対に逃げて欲しいんだ。建物の中だけは安全だから」
「つ、使われる前と言われても……いや、カオスアリーナには発動させるための条件があるのか?」
ユキが深く頷く。
「アスドフの言動に何かしらの反応を見せてから3秒以内。範囲は30メートル以内なら、無条件でカオスアリーナを使えるみたい」
「それだけデータが揃ってるということは、何人かやられたのか?」
「……うん。今のところアンデルセンには居ないけど、他のギルドで何人もやられてるんだよ。それと、20日に1人ペースだから、20日間のクールタイムが設けられてるみたい」
……う……む?
「ところでユキ。何かしらの反応とは?」
「呼ばれて返事をしたとか、声をかけられて目を合わせたとか、声じゃなくても、肩を叩かれて振り向いたとかもだね。そういう反応だよ」
「反応しなければ防げるんじゃないのか?」
「じゃあミリア。あの太い声で、後ろからいきなり『おいっ!』って呼ばれても、ビクッとしたりしない?」
「――ぜ、絶対無理だ。でも、肩を叩かれて振り向くとかだと、ユキやアラタでもカオスアリーナを出される可能性はあるだろ?」
「僕とマスターなら大丈夫だよ。僕は素早さと器用さ、マスターは防御と体力にアビリティポイントを割り振って特化させてるし、戦闘にも慣れてるから、アスドフなんかに絶対負けないよ」
「……いやいや、アラタはAAAクラスだからまだ分かるけど、ユキの今のクラスは、Bクラスのアサシンだろ? アサシンってそんなに強いのか?」
ユキが少しだけ申し訳なさそうな表情を見せた。
「ミリアごめんね。僕は目立つのが嫌いだから、マスターと一部のギルドメンバーにしか教えていないけど、実は僕って、シーフ系AAAクラスの、トリックシーカーなんだ」
……自慢厨の俺から、こんな謙虚な息子が――。神様ありがとう。
「え……ユキはステータス表示を誤魔化してるって事なのか……」
「誤魔化してるって訳じゃないよ。トリックシーカーになってるプレイヤーは僕一人しか居ないから、目立たないようにBクラスで表示してるだけだよ。それに、同系列なら、下位でも表示できるって、チュートリアルで説明されているはずだよ?」
――くっ……あのお姉さんの、揺らめくバストが気になって、諸々の説明なんて頭に入ってなかった。
「ユキ。とりあえず、このゲームのクラスについて、俺でも分かるように教えてくれないか?」
以下、ユキの説明をまとめる。
このゲームでは、低い順に、
Cクラス。
Bクラス
Aクラス
AAクラス。
AAAクラス。
BクラスとAクラスには、下位と上位があるので、全部で7つに分けられているようだ。
そして、クラスアップするには、それ相応の経験値を獲得するしか方法はなく、Sクラスだけが例外なのだという。
例えば剣士クラスなら、Cクラスのソードマンで経験値を稼いで、Bクラス下位のナイトにクラスアップする。
そこから更に経験値を稼いでBクラス上位のナイト。更に経験値を稼いでAクラス下位のホーリーナイトや、同じくAクラス下位のパラディンなどに分岐していく。
スタイルとしては、昔からある王道のRPGだ。
まさかとは思っていたが、Sクラスには、まるで俺がリアルで当てたロト11のような、絶望的な確率の宝くじ要素があったということだ。
単なる装備ゲーだと思っていたが、これは予想外だった。
サクラや他の連中が、あれだけ喜んでいた理由がわかった。クラスアップはそれほど過酷なんだな。決して大袈裟ではなかったんだ。
◇
「ユキ、話を戻すけど、カオスアリーナを発動させるには、やっぱ他のスキルと同じで、『カオスアリーナ』ってスキル名を言い切らなきゃ発動しない仕様?」
「うん。アスドフは、遅くても1秒以内で言い切るみたい。やられた人たちに見せてもらった行動ログで確認済みだよ」
俺はユキと絡めていた指を解いて姿勢を正す。
「ユキ。それなら心配要らない」
不思議そうな顔をするユキ。
「どうして?」
――だって、カンストしたアデプトは、アビリティ、オール999だ。
俺はすっくと立ち上がる。
「アスドフが、一言目の『カ』って発音した時点で、逃げ切れる自信あるから、心配しなくても大丈夫だよ、ユキ」
「――ミリアは瞬間的に30メートル以上移動できるの? 僕のショートワープでも5メートルが限界なんだよ?」
――ああ、アビリティ600でも、体長30メートルはあるビートルキングの更に後方から、巨大な鎌の付いた長い前脚の先にいるリュートの位置まで、軽く50メートルを超える距離を瞬間移動できたからな。
アビリティ999なら――
「――100メートルだって余裕なはず……」
首を傾げるユキをみてハッとする。
――あ、口が滑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます