第24話:ビキニアーマー



 待てよエドガー。


 色々な事が一度に起こりすぎて、頭の整理が追い付かないから。


 とりあえず観察だ。ビキニアーマーのお姉さんを。


 ヒップに装着している腰鎧は西洋の騎士を思わせる。


 でもカバー範囲は小さいので、金属製のスパンコールがこれでもかってくらい貼り付けられたビキニボトムが、前面に顔を出している。


 バストには、胸の大きさに合わせて叩き出したと思われる、金属製のカップが胸当てとして付いている。


 だがこれも小さく、バスト上部の膨らみが目を引く……目を……おっと逸らそうか。


 それと、肩当てと肘当ても装着しているが、腰鎧や胸当てと同じく、申し訳程度の大きさだ。


 う~ん、デザインベースは水着なので、CERO-Cでギリギリセーフといったところだな。運営もよく冒険したもんだ。偉いぞ。


 しかし、これは防具として機能しているのか?

 あ、魅了か、魅了するんだな?


 ……いや、インセクトステップの昆虫型とか、リザースウェトランズの爬虫類型とか、そういったタイプのMOBに通用するのかって話だな。


 そして、緩やかなウェーブが掛かったセミロングのブロンドヘアーには、ところどころオレンジ色のメッシュが入っている。とても艷やかで、なんかフルーティな良い香りがしてそう。


 確かに、日焼け肌の素敵なお姉さんがビキニアーマーを着ている。

 そのお姉さんと、エドガーが手を繋いで帰ってきた。


 ……ここまでは整理できた。


 集まっていたプレイヤ―たちが、ビキニアーマーのお姉さんを見た途端に、慌ただしく引き上げていった。蜘蛛の子を散らすとはこのことだな。


 ……しかし何だろう、ビキニアーマーが目に毒なのか?


 するとビキニアーマーのお姉さんが、思いっ切りエドガーの手を振り払った。

「手ぇなんか握ってきて、なに調子乗ってくれてんねん!」


 その格好で関西弁。なんかいい。


 ビキニアーマーのお姉さんは更にまくし立てる。

「ミリアの偵察途中やからあっち行けてなんべん言うても、下僕になりたい言うて土下座しよるから、このままやと偵察の邪魔や思て、バドポートに連れて来ただけなんやで?」


 よく喋るお姉さんだが――俺の偵察だと?


「ほなうち、ミリアの偵察せなあかんから、インセクトステップに戻るわ。ほんま、余計な手間かけさせよって……」


 エドガーが俺の方を指さした。

「待ってよぉアンナたん。ほらぁ、ミリアたんならここに居るよぉ」


 本人は俺に気付いてないのに、わざわざ教えてんじゃねぇよエドガー!

 遠くの木陰から俺を偵察してたなんて、どう考えてもヤバい女だろ!

 ビキニアーマーは観察したいけどな。


 アンナの視線が、俺に移された。

「あっ、ほんまや! ミリアおったやん、いつの間にここ来てん。あぁ! 早よアスドフに報告せな、ディザスタークラウンのギルマスとして、うちの示しがつかんやないか!」


 アラタがアンナに声を掛ける。


「アスドフならもう来ていたぞ?」

「――げっ、アンデルセンのアラタやないか……チッ。で、アスドフはどこ行ってん?」


 アラタが北方向を指差す。

「向こうの方へ歩いていったぞ。怒らくポータルに向かってると思うけど、行き先までは知らないな。それより、ミリアちゃんを偵察する目的を聞かせてくれないか?」


 アンナが腕を組んでふんぞり返る――


 そのふんぞり返った姿勢は反則だ!

 小麦色でバランスの整ったボディの、おへそ部分が強調されてとてもセクシーじゃないか!


「なぁ自分、イケメンや思て調子こいとんか? 上等じゃコラ! うちのディザスタークラウンと、バトルアリーナで全面戦争する覚悟はあるんやろな!」


 滅茶苦茶な発言で誤魔化そうとしているんだと思う……。

 セクシーだけど、頭のほうがちょっとアレな感じか。

 でも、この女性がマスター? アスドフを従えてるってこと?

 ビキニアーマーで魅了されたんだなアスドフ。分かる。


 このアンナがまたよく喋る。

「アンデルセンがオータム大会に参加せえへんかったんは、うちのギルドにビビってもうたからやろ?」


 ものすごいドヤ顔だ。でもセクシーだ。


「まぁ、うちら強すぎるから、ビビるのは仕方ないっちゅうもんやなぁ。それに、うちらディザスタークラウンの先鋒は、AAクラスソルジャーのルイーサやから、次鋒を出した事さえ無いしなぁ」


 相変わらずふんぞり返った姿勢で、今度は腰に両手を当てた。やばい格好いい。おへそが。


「ルイーサはなぁ、超音速血塗れガールいう二つ名まで持っとるからなぁ。まぁビビられて不戦勝になるケースが多いんやけど、アンデルセンは最初からエントリーせえへんかったんやから、ビビリの集まりっちゅうわけや。あーっはっはっはっはー」


 するとアンナの隣にいるエドガーが、アンナの胸に顔を近づけて、「ふぅーふぅー」と、息を吹きかけ始めた。


「――なにしてくれとんじゃコラァ!」


「……いやぁ、同意なく触れるとぉ、通報されちゃうからぁ、せめて息で膨らんだ部分を揺らして脳内でぺろぺろしようかなぁって。ふぅーふぅー」


「なぁオイ変態。いくらうちが超が付くほどセクシーや言うたかて、その態度はうちを舐めすぎやで?」


「まだ舐めてないんだけどぉ、それはぺろぺろしてもいいって事だよねぇ。じゃあ同意の上って事でぇ、うひひひひ、はぁっはぁっ……」


「――うわっ! ベロ出すなやっ、この変態が! や、やめっ……こっち来んな!」

「アンナたんは何味かなぁ……うひひひひ、はぁっはぁっ……」

「ちょっ、うちに付いて来んといてっ!」


 アンナを追いかけるエドガー。


「ビキニアーマー最高! うひひひひひひ……」

「嫌やぁぁぁ……来んな変態! 嫌ぁぁぁ……」

 更に逃げるアンナ。

「待ってぇぇアンナたーん。ぺろぺろぺろぺろさせておくれよぉ」


 アンナは、先ほどアスドフが去っていった方向へと逃げていった。

 まぁ、エドガーもそれを追いかけてったんだけど……


 どうやらディザスタークラウンというギルド自体が相当に嫌われているようで、エドガーに追いかけられるアンナの姿が見えなくなると、残っていた数名のプレイヤーから拍手さえ起こった。


 うむ。変態なりの追い払い方というやつだな。

 だが何故連れてきた?


 いや、アラタが居るところに、俺に何らかの危険が及んでいると知らせるために、連れてきたのだと考えると、エドガーは只の変態ではないという事か。


 まぁ、アラタのギルメンなんだから、内面的にはいい奴なんだろうな。

 実際に、ビートルキングと戦っていたあの場面で、プレイヤーたちの緊張が解けて、場が和んでいたからな。


 ふぅ……とりあえずやれやれだ。


 色々な感情が入り乱れ、一時は取り乱してしまったが、リュートやサクラやアラタの優しさ、それとエドガーの変態行動のお陰で、今はかなり落ち着いている。


 なによりアラタには救われた。

 アスドフにどう対処していいか分からない以前に、パニック寸前だったからな。


 これ以上迷惑をかける訳にいかないな……


 アラタが俺の肩を、小さくトンッと叩いた。


「ミリアちゃん、ユキがログインしたみたいだぞ。エアパネルで確認してごらん?」


 そういえば、アラタにはユキのログイン情報が分かるみたいだな。

 それって、登録してるフレンドのログインを自動的にお知らせしてくれる機能なのかな。

 そういった便利なやつは、俺も設定しておかなければ。


 早速エアパネルを開いて、設定を確認しようとした時。


「[Fm:ユキ]ごめんねミリア。ちょっと調べ物してたら遅くなっちゃった。すぐに向かうね」


 そのまま個人トークの返事をするため、候補欄からユキを選択しようと指を伸ばす。


 ――えっ。

 背後から誰かに抱きしめられた。


「ミリア、お待たせ」

「――ゆ、ユキ……」


 ……わざわざ個人トークで俺の注意を逸らし、他の連中にも気付かれないほど気配を消して抱きしめてくるなんて、サプライズすぎてお父さん泣きそうじゃないか。


 ユキの中で泣き虫お父さんが定着してしまいそうだが……いや、嬉しくて泣くだろ。こんなの。


 ユキに気付いたリュートが声を上げる。

「――え、ユキ先輩いつの間に? あ、ミリア先輩とお知り合いだったのですか?」


 すると、リュートの前に割り込むように、サクラが身を乗り出した。

「顔の雰囲気が似てるから、もしかしてって思ってたけど、ミリアのお兄ちゃんって、ユキの事だったんだ」


「なぁんだミリア。サクラさんやリュート君と、もう仲良くなってたんだ。これなら、改めて紹介する必要はないみたいだね」


 ユキが俺の背中越しにそう言うと、サクラはビートルキング討伐での、俺の活躍を話し始めた。


「聞いてよユキ。ミリアったら凄いのよ!」


 ◇


 ラスト1秒のくだりをユキに話し終わって満足した様子のサクラ。


 嬉しそうに俺に顔を向け、

「ミリアもアンデルセンに入るんだよね?」

 と、聞いてきた。


 ユキから聞いている限り、アンデルセンというギルドは『最低限、Bクラスのハイランクになっている事』を条件付けているギルドだ。


 クラスやランクについては、まだよく分かっていないが、ハードル高そうって事だけは確かだな。

 あんな所にギルド本部があるくらいだから。


 俺はサクラに顔を向ける。

「私はまだCクラスの駆け出しメイジなので、アンデルセンには入れないかと……」


「何言ってんの、ミリアはSクラスじゃないの」

 と、不思議そうな顔をする。


 ……うむ。

 中身小学生のサクラに嘘はつけないな。大人として。

「これは不具合の可能性が高いので、運営に問い合わせて、きちんと確認できるまで使いたくないんです」


 するとユキが、個人トークを飛ばしてきた。

「[Fm:ユキ]ミリア、このゲームのSクラスってそういうものだから、不具合なんかじゃないと思うよ」


「――なっ⁉」

 俺は慌てて個人トークに切り替えた。


「[To:ユキ]ユキ、その言い方だとSクラスの強さを理解しているようだけど……ユキはアスドフの戦いを見た事があるのか? もしくは戦った事があるのか?」


 俺以外でSクラスといえばアスドフしか居ない。

 奴の話だと、2つ目と3つ目のSクラス武器は、俺が持っているという事だからな。


「[Fm:ユキ]ミリア、アスドフを知ってるの?」

「[To:ユキ]ああ、俺のS武器に対してトレード申請をしてきたんだ――あ、もちろん断ったけど」


 ユキがアラタに顔を向ける。

「マスター、僕はミリアと少し話をしたいから、先に行っててくれない?」


 アラタが微笑む。

「分かった。じゃあいつもの店で待ってるよ」


 アラタに促され、後に続いたサクラが振り返る。

「ユキが居るなら安心だね。ミリアだけだと迷子になって泣いてそうだもの」


 その通りになる確率が高過ぎて何も言えん。


 俺は引きつりそうになるのを堪えながら、笑顔で小さく手を振った。


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