第23話:疑問と疑惑と懐疑心



『[システム]ホワイトキャッツガントレットSを装備しますか?』


 ――まさかS武器だと!?


 俺は慌てるようにNOを選択し、接がれた木の杖を装備した。

 レベル制限による転送は免れたようだが、今はそれどころじゃない。


 ジョブクラスがSだと、ドロップアイテムもSになる仕様なのか?


 ――いや、それだとジョブ設定もしていない無職冒険者だった時点で、レッドクリスタルロッドSを入手した説明が付かない。


 まさか、ロト11や投資が大当たりしてしまうリアルラックが反映されてるんじゃないだろうな。


 いやいや、リアルなら兎も角、ゲームではガチャ運が悪かった俺に、そんなミラクルは起こり得ないから、いずれにせよ不具合だらけという事だ。


 これは一刻も早く運営に対処してもらう必要がある。


 待てよ、それなら……やっぱ莉佳に直接伝える方がいいか。


 なにしろ莉佳は、エイツプレイスのゲーム開発チーム顧問という肩書きに加え、今やトップから三番目のジェネラルマネージャーという地位にいる筆頭株主だからな。


 だけど……。


 理由も告げず一方的に離婚を迫られ、みっともなく泣きわめく俺に対し、祐希ゆきの親権を俺に譲るという条件で、無理矢理納得させたのは莉佳だ。


 俺としては絶対に別れたくなかったんだが、決意を曲げるのは不可能だと思える頑なな態度を見て、諦めざるを得なかった。


 離婚後。祐希の件で莉佳からメールが来る事はあっても、俺から莉佳に返信する事はなかった。


 だって、未だ愛してる莉佳を思い浮かべると辛くなるから……。


 ――いや待てよ……


 よくよく考えてみれば、俺がオケラモドキと戦った時に、Sロッドを装備するよう促してきたのは莉佳だ。


 肩書きや地位は変わっても、今も現役のプログラマーである莉佳が、この数々の不具合に関与してるのは明白じゃないか。


 俺がまた、エイツプレイスが運営しているゲームをやり始めた事が気に入らないのか?


 いきなり百万円分のスパークコインを購入したのが気に入らないのか?

 ドリームカプセルを五百個交換したことが気に入らないのか?


 確かに俺は昔、莉佳が制作に関わっていた『スパークス』というオンラインゲームにおいて、莫大な資産でガチャをぶん回していた。


 約一年で六千億円というガチャ課金により、ゲームバランスを完全に崩壊させてしまった過去があるが、それを承知で、当時の俺に接触を図ってきたのは莉佳じゃないか。


 俺を怨んでいたから、今更のように仕返しをしているというのか?


 二人の愛の結晶である、祐希という息子が産まれて尚、拭いきれない恨みが残っていたというのか?


 それとも……


 最初から、仕返しをするために接触を図り、恋人や夫婦を演じていたというのか……。


 全てが……偽りだったと……


 さっきのテレパシーみたいな脳内通信でいいから教えてくれよ――

 ――俺と別れた理由を、ちゃんと教えてくれよ!


 俺への仕返しが目当てで接触を図ったのなら、最初からそう言ってくれよ。


 俺が好きになってしまう前にそう言ってくれれば……いくらだって謝罪してやったよ!


 莉佳になら、この命をもって償う事だって……


 なんともいたたまれない悲しさに包まれてしまった俺は、項垂れるように両手と両膝を地面につけ、肩を震わせながら地面の土を握り締めた。


 とめどなく溢れ、零れ落ちる俺の涙は、乾いた地面にぽつぽつと染み込んでいった。



「ミリア先輩! 何か事情があるようですが見ていられません。後で叱ってくれて結構ですので、どうか少しの間だけお許し下さい」


 リュートがそう言って俺を抱え上げると、サクラも口を開いた。


「あたしだって理由は分からなくても、ミリアが悲しむ姿なんて見ていられないよ。早くマスターに相談しに行こ。リュート、そのつもりでミリアを抱えたんでしょ?」


「はい、サクラ先輩」


 中学生と小学生に気を遣わせてどうすんだ。

 そう思っていても、二人が優しすぎて尚更泣けてくる。


 南ゲートが近かった事もあり、リュートにお姫様抱っこされた俺は、間もなくバドポートに入った。



 ◇◆



 バドポートに入ると、そこには数十……いや、軽く百人は越えるであろう人だかりが出来ていた。


「誰がアデプトなの?」

 一人が声を出すと、集まっているプレイヤー達が一斉に指先を動かし始めた。

 恐らく俺のステータスを確認しているのだろう。


「抱っこされて泣いてる女の子がミリアらしいけど、アデプトじゃなくてメイジだぞ?」


 どうやらレア取得時に流されるテロップを見て集まっているようだ。

 元自慢厨だとしても、今だけこの晒しシステムは勘弁して欲しい。


 いくら俺のアバターがロリっ娘でも中身はおっさんなので、泣いている姿を晒すのは流石に恥ずかし過ぎる。自慢したいどころの騒ぎじゃない。


 泣き顔を両手で隠そうとしたのに気付いたリュートが、皆に背を向けると、そっと俺を降ろしてくれた。


 さ、流石はリュートだ。ほんとこの子ったら……。


『[システム]カキツバタさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』

『[システム]ルイーサさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』

『[システム]カーティスさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』

『[システム]アキヒロさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』

『[システム]レイジさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』

『[システム]クラウスさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』


 ――トレード申請が視界モニターのログ欄になだれ込んできた。


 ……こんなの、泣いてる場合じゃない。


 急いで涙を拭った俺は、リュートの影に隠れながら、集まったプレイヤー達を覗いてみる。


 ほぼ全員がベテランプレイヤーのようだ。ステータスを確認しなくても、凄そうな装備を身に付けているのが分かる。


 すると、黒いローブのフードを目深にかぶっていても尚、周囲のプレイヤーを威圧できるほど眼光が鋭く、図体のでかい男がこちらに進み出てきた。


 その男は、冷酷極まりないと思える程の据わった目を俺に向けた。


「この世界で二つ目のS武器は貴様に装備されてしまったが、三つ目のS武器はそのまま我が輩に譲れ、金髪の小娘」


 これは完全に恫喝行為だ。運営に通報してやるか……なんて余裕は無かった。

 この男の白目にあたる結膜は黒く、黒目にあたる角膜は赤い。


 ……この男は魔族アバターなのだろうか、怖いなんてもんじゃなかった。


「吾が輩の名はアスドフ。金髪の小娘、この名に覚えがあろう」


 あ……俺が手に入れたレッドクリスタルロッドSを、1億エリプスで買いたいと申請してきた奴だ。こんなに恐ろしい容姿だったのか……膝が震えてくる。


 すると、一人の男性プレイヤーが声を上げた。


「おい待てよっ、申請が複数重なってる場合はオークション形式でやるのがルールだろ……ひっ! い、いや……そ、そういうルールですよね?」


 文句を言ったはいいが、ローブの巨漢に深紅の瞳で睨み返されたプレイヤーは、小刻みに膝を震わせ始めた。


 まぁ、俺なんてもう膝ガックガクでちびりそうだけどな。


 アスドフが周囲のプレイヤーを鋭い目付きで見回しながら口を開く。


「無論――ルールは承知の上だ! そのうえで貴様も含め、他の有象無象にも言っておく。我が輩は五十億エリプスで申請するつもりだ。この額以上を提示出来ぬのなら引っ込んでいろ。時間の無駄だ!」


 アスドフに口出しをしたプレイヤーが目を丸くする。

「――ご、五十億⁉」


 周囲がざわつく中、アスドフが指先で空間をタップし始めた。


『[システム]アスドフさんからトレード申請が来ています。確認しますか?』


 フード越しではあるが、ギラリと光る紅い瞳で俺を睨み付けているアスドフ。


 その目深にかぶった大きなフードが顔に影を落としているからこそ、尚更不気味な光を放っているように見えるのだろう。


「貴様のような初心者小娘に、この我が輩が五十億も恵んでやると言っているのだ。分かったらさっさと我が輩を選んでトレードに応じろ、金髪の小娘がっ。そのガントレットは元祖Sクラスである『ヴェルセルカー』の我が輩にこそ相応しいのだ小娘がっ。我が輩に装備してもらえるだけ有り難いと思え小娘がっ!」


 いくら俺の中身がオッサンだとしても、何度も何度も小娘呼ばわりされたとしても、やっぱ流石にビビる……ああ怖い――怖すぎる!


 目で威圧しながら、更にずんずんと歩み寄ってくるアスドフに、膝どころか全身と心の奥底までガタガタと震わせ始める俺。


「――そこまでだアスドフ! ミリアちゃんから離れろ!」


 ――クリスタルブルーの髪を振り乱す勢いで、俺の前へと駆け込んでくるイケメン!


「「マスター!」」

 リュートとサクラが声を上げた。


 アスドフがそのイケメンを睨み付ける。

「アラタよ、我が輩の邪魔をするか。貴様はそんなに我が輩のスキルの餌食になりたいのか?」


 イケメンのアラタがアスドフを睨み返す。

「オレを餌食に出来るか、お得意のカオスアリーナスキルで試してみるかい?」


 暫しの睨み合い……。


「……ふんっ。今回は見逃してやる。我が輩が貴様の元ギルドメンバーだった事に感謝するんだな。だが、これだけは忘れるなアラタよ。AAAトリプルエークラスの貴様より、Sクラスの我が輩の方が格上だという事をな!」


 すると、アバター年齢は中学生程度で、ショートパンツスタイルのミリタリーロリィタを着た褐色肌の少女が、整った銀髪のボブヘアーをさらさらとなびかせながらながら駆け寄ってきた。


「いいのかよアスドフ。この際だから力の差を見せ付けてやんなよ。なんならアタイがアラタをボコボコにしてやってもいいんだぜ?」


 アスドフがその少女を睨む。

「我が輩が決めた事に口出しするか、ルイーサよ」


 威圧的な目を向けるが、全くひるむ様子を見せないルイーサは、アスドフに向かってファイトポーズを取った。


「なんだよアスドフ、やってやんぞコラ! 今すぐアタイにカオスアリーナを使って勝負しろこの野郎!」


 アスドフの眼光が増した。

「ルイーサよ、元祖Sクラスのヴェルセルカーである吾が輩に、貴様ごときが、ああ、只のAAクラスごときの貴様が、ヴェルセルカーであるこの吾が輩に勝てるとでも思っているのか!」


 怒りのあまりか何なのか、言い回しを変えて二度言うアスドフ。


「――んだとっ、この野郎っ! アタイをそんじょそこらのAクラスと思っ……」


「ルイーサ。もうやめなんし」


 朱塗りの木履ぽっくり下駄をカラコロと鳴らしながら、しなりしなりと歩いてくる和装の女性が、アスドフを挑発しているルイーサに声を掛けた。


 地面に僅か届かない程の長い黒髪。絹のようにきめ細かい白い肌。

 真っ赤な口紅が映えるその女性を、アスドフが睨みつける。


「娘のしつけがなっていないようだな、カキツバタよ」


 カキツバタは閉じた扇子を口元に添えた。


「アスドフ様、どうか許してくんなまし。そなたのギルドハウスに戻りんしたら、こなたのルイーサにぁ、わっちがきちんと仕置きをしんするによって、大目に見てくんなまし」


 ファイトポーズを解除したルイーサが、カキツバタに駆け寄る。


「ママ、今日はアタイにお仕置きしてくれるの?」


 中学生くらいにしか見えないそのルイーサの頬を、人差し指でスゥーっと撫でるカキツバタ。


「ぬしがそれほど望むなら、満足いくまで仕置きしんすえ。ただし、わっちの気が済むまで終わりんせんよ」

 そう言って舌なめずりをした。


 途端に頬を染め、恍惚とした表情で身震いをするルイーサ。

「ママにいっぱいお仕置きしてもらえる……」


 お仕置きの内容がもの凄く気になるが、今は置いておこう。


 どういう訳か、アスドフはそれ以降、俺やアラタに対して捨て台詞を吐く事もなく、カキツバタという和装女性と、ミリタリー装束のルイーサを引き連れるような形で、真っ直ぐ中央広場の方向へと立ち去っていった。


 その様子を確認した俺は、ほっと胸をなで下ろした。


 だが少し不安も残る。


 アスドフは、3つ目のS武器と言っていた。

 このゲームはサービス開始から23ヶ月。その間にS武器は3つしか排出されていないという事だ。


 そのうちの2つを俺がドロップした?

 しかも俺は今日始めたばかりで2つ……。


 ううむ、ともあれ、アラタにお礼を言うのが先だ。


「どうも有難うございましたアラタさん。ところで、リュート君とサクラもアンデルセンのメンバーだったんですね?」


「いや、オレの方こそ。うちのメンバーが大変世話になったようだな。有難うミリアちゃん」


 アラタに頭を撫でられると、何故か心が落ち着く。


 リアルで俺と結婚してくれ、アラタ。

 俺、現在独身だし、今ならもれなくユキという可愛い息子も付いてくるぞ。

 などという考えさえチラついてくるほど落ち着く。


 アラタが再び口を開く。

「リュートとサクラ。まずはビートルキング討伐成功おめでとう。ところで、エドガーは一緒じゃなかったのか?」


 サクラがアラタに顔を向ける。

「え、アイツまだ戻ってなかったの?」

 リュートも口を開く。

「僕も、エドガー先輩は先に戻っているとばかり思っていました」


 その時、ビキニアーマーを装着しているお姉さんと手を繋いだエドガーが、南ゲートから入ってきた。

 エドガーは俺に気付くと、グッと親指を立てた。


 ――本当に居たんだ。ビキニアーマーのお姉さん!








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