第22話:はい?



 エドガーが去って間もなく、局地的かつ瞬間的な大噴火を起こした丘は、オートリペアプログラムによって自動修復された。


 それまで歓喜に沸いていたプレイヤー達は、気付いたように俺の元へ駆け寄ってくると、口々にお礼を言い始めた。


 俺は片手を横に振りながら、

「お礼なんて言わなくていいですよ。皆さんが頑張ったお陰ですから」

 逆に、ビートルキングの範囲攻撃を誘発させてしまった事に対し、謝罪を述べたいくらいだ。


 すると一人の女性プレイヤーが口を開く。

「さっきのスキルって初めて見たけど、あれは何ていうスキルなの?」


 その後ろに居た別の女性プレイヤ―が割り込んでくる。

「うんうん、凄かったよねあれ。私にも教えてー」


 他のプレイヤー達も体を詰めてきて、一斉に質問を始めた。


「お、俺も聞きたい!」

「ジョブも気になるんだけど、クラスは何?」

「やっぱAAダブルエー?」

「それよりジョブだろ。何ていうジョブ?」

「スキルからだよ、あのスキルって何?」


「みんな待てよ! じゃんけんで決めようぜ!」


 その様子を見たリュートが口を開く。


「皆さん、クラスアップ出来る経験値がもらえたんですから、上位クラスの武器や防具を揃えに行った方が良いんじゃないですか? 討伐ポイントにもボーナスが付いていますから、レア素材と交換し放題ですよ?」


 皆は、俺の放ったスキルや、クラスとジョブについても色々と聞きたがっていたようだが、レア素材と交換し放題だというリュートの言葉を聞いて、俺への質問をピタリとやめた。


 ん……。クラスアップ出来る経験値、という部分が少し引っかかるが、質問攻めが止んだのでまぁいいか。


 それにしても流石はリュートだ。

 アデプトの事は皆には黙ってて欲しいとお願いしていたので、機転を利かせた発言なのだろう。


 男性プレイヤーの一人が、隣にいる別のプレイヤーに声を掛ける。

「……そういえば、オリハルコン鉱石って、討伐ポイントがいくつ必要だっけ?」

「えっと、確か800だったような……」


 指を数え始めたプレイヤーが口を開く。

「ボーナスで2万もらえたから……えーっと、2万を800で割ると……」

「お前、瞬時に暗算できないのかよ。25だろ」


「……お前、頭いいな。成る程、オリハルコン鉱石25個分の討伐ポイントか。ちなみにミスリル鉱石はポイントいくつだっけ?」

「ミスリル鉱石は1000だったな」


 その会話を聞いていた、更に別のプレイヤーが声を上げる。


「おいおい、お前ら。オリハルコン鉱石は12個でAクラス防具一式、それとミスリル鉱石は7個でAクラス武器が一本作れるんだぞ!」


「「――まじっすか⁉」」


 皆が一気にざわつき始める中、先ほど指を数えていたプレイヤーが手を上げた。


「俺はこれで失礼するぜ。金髪のお嬢ちゃん、お礼はまた改めて。じゃあみんな、お疲れ!」


 そのプレイヤーに続くように、

「お、俺もこれで! あ、お礼はまた改めてするからー、みんなお疲れー」

「私もこれでー。ミリアちゃんまたねー。皆さんもお疲れ様ー!」

「僕もー、あ、みんな待ってー、あ、お疲れ様ー」

「お疲れ様ー、皆さんまたよろしくでーす。リュート君もお疲れ様ー。それではー」


 ……以下、同じような挨拶が続く。


 急ぐように挨拶を済ませ、バドポートへ向かって駆け出すプレイヤー達。


 その場に残ったのは、俺とリュートとサクラの三人だけになった。


 あれほど喜び勇んで帰っていくという事は、普段の報酬が余程渋いという事なのだろう。


 他のプレイヤー達を見送ったリュートが口を開く。

「それでは僕たちも戻りましょう。ミリア先輩、お礼はバドポートに戻ってから改めてさせて頂きます」


 そう言って歩き始めたリュートに個人トークを入れた。

「[To:リュート]リュート君、さっきはありがとう。それと、ちょっと聞きたい事があるんですけど」


 足を止めたリュートが振り返る。

「[Fm:リュート]はい、何でも質問して下さいミリア先輩!」

「[To:リュート]えっと、ラスト1秒チャレンジって何ですか?」


 リュートは指先を動かし始める。

「[Fm:リュート]公式サイトの特設ページに説明があるので、それをコピーして送ります」


 特設ページのURLを教えてくれるだけで済む話だが、リュートのことだから、なにか機転を利かせいるのだろう。答える前にはもう指先を動かしていたからな。


 視界モニターの隅に、小さなお知らせマークが点滅しているのに気づき、指先で触れてみる。


 リュートからのメッセージのようだが、ファイルが添付されている。


 この短時間で送られてきたことに驚いたが、添付してくれた説明のコピーは、文章ではなく音声のようだ。


 流石はリュートだ。公式サイトの音声解説なら、歩きながらながら聞く事が出来る。

 俺は、リュートの機転の良さに益々感心しながら再生を開始した。


『 ゴホンッ……やあ、プレイヤー諸君。

 えーっと、今日はラスト1秒チャレーンジについて説明するぞ。

 えー、各フィールドには、えーっと、フィールドボスが居るってのは前回の説明で知ってる筈だぞ。

 えー、知らないってプレイヤーは、えー、前回の特設ページに戻ってみるといいぞ。

 えーっと、ああ、そうそう。んー、フィールドボスのデザインは……』



 ――なんだこれは。くっ……スキップしたい。


 書かれている原稿を読んでるだけのような棒読みだし、滑舌も悪くて素人丸出しだし、聞いてるだけで段々ムカついてくる。


「どうしたの、ミリア。そんなに難しそうな顔して」


 並んで歩いているサクラが俺の顔を覗き込んできたが、説明は俺にしか聞こえていないので、説明オヤジが物凄いヘイトを取ってくる。なんて言えない。


 取り敢えず笑顔を向ける。

「あ、ごめんなさいサクラさん。私、そんな顔してました?」


「ううん。あたしの勘違いだったかも。あ、それから、あたしの事はサクラって呼び捨てでいいよ?」

「はい、分かりました。サクラ」


「敬語も使わなくていいよ?」

「いえ、これは癖なので……」

 敬語をやめたらオッサン言葉丸出しだからな。


「変な癖は直さなきゃだめだよ、ミリア」

「え、敬語は変な癖なんですか?」


「あたしなんて六年生だけど、先生にも敬語は使わ……あ、今のは聞かなかった事にしてくれる?」


 中身は小学生という俺の読みは正解だったが……くっ、会話の内容と、グラマラスなお姉さんアバターが全く合っていないので、妙な違和感が。


「分かりました。内緒にしておきます」

「ところでミリアは何年生?」


 くっ……中身はオッサンだなんて言えない。言える訳がない。


 そして、サクラと会話をしていても、説明の音声は流れている。


『……誰がデザインしたか、なんてつまらない話は置いておぢゅぞ。あ、噛んだ……え、オッケー? ゴホンッ。

 えー、さあ、本題に入るぞ。

 えーっと、ラスト1秒以内に、えー、フィールドボスを倒しきると、えー、討伐に参加した全員の経験値と討伐ポイントに、えーっと、百倍のボーナスが付くんだぞ。

 えー、君もラスト1秒チャレンジにチャレーンジするといいぞ……おいスタッフ、何だよこの原稿は。

 ここだけ日本語おかしくないか?

 えっ? チャレンジは英語だから大丈夫って……いいのかよ。

 ゴホンッ。

 えー、ちなみに、んー、三百万以上のダメージでラストアタック入れたプレイヤーには、三億エリプスの賞金が出……

 おいおいスタッフ、流石に三百万ダメなんて出せるプレイヤーはいないだろ。

 え? 音声拾ってるって……ゴホンッ。

 あっはっはっはっ、賞金が出るらしいぞ。

 まあ、せいぜい頑張るんだぞー。

 えー、説明は以上だぢゅぉ、あっ、また噛んだ……

 ゴホンッ……以上だぞー。

 ふぅ~疲れた。』



 サクラと会話をしていなかったら、間違いなく説明オヤジにブチギレしていただろう。

 でも……俺、三百万ダメージを余裕でクリアしてるんだけど……。


 俺の場合、三百万どころか、9が9個並んでたからな。

 9個って事は、一、十、百、千、万、十万、百万、千万……


 ――えっ、億!?


 ……ぽかーん。


 それにしても経験値と討伐ポイントが百倍になるなんて……道理でみんなが、上位クラスの武器を作る為に大急ぎで帰って行く訳だ。


 先ほどと同じような事を言うが、やはり、それだけ普段の報酬やドロップがショボいということだ。

 まあ、元々マゾゲーで名高かった会社が作ったゲームなので納得出来る。


「急に黙り込んじゃって、どうしたのよミリア。あ、もしかして何年生か答えたくなかったの?」


 オッサンの俺に答えられるわけないだろ、と言いたいが……。

「サクラ。私、兄がバドポートで待っているので、急いで戻らなきゃ駄目なんですよ」

 と、話を逸らす。

 うむ。そろそろユキが戻ってくる頃合いだから嘘をついてはいない。


「じゃあ、早く行こ?」

 そう言って、俺の手を取るサクラ。


 そこへリュートが駆け寄ってくる。

「サクラ先輩。たった今マスターに報告を入れんですけど、バドポートに来てくれるみたいです」


「やったぁ。マスターがお祝いしてくれる!」


 手を繋いだまま片手でガッツポーズをしたサクラが話し掛けてきた。

「ところでさ、ミリアのお兄ちゃんってどんな人?」


 友達感覚なのかな。


「す、すごく優しい兄です」

「へぇー、早く会ってみたーい。……ねぇ、ところでミリアって、お兄ちゃんと似てる?」


 くっ、最近の小学生は返答に困る質問しかしないのだろうか……。


「ミリア、もっと急ごうよ。あー、ミリアのお兄ちゃんに会うのが楽しみー」

 サクラはダッシュを使用して加速し始めたが、ずっと手を握られっぱなしなので、俺もペースを合わせざるを得ない。


 ところが俺は、サクラになんとか追いつこうとするも、やはり接がれた木の杖を装備したメイジでは足元がおぼつかず、すぐに息切れをする。


「ぜぇっぜぇっ……さ、サクラ、ちょっと……ぜぇっぜぇっ、止まって下さい。はぁっはぁっ……」


 サクラは不思議そうな顔をしながら足を止めた。


「なんで疲れたような演技してるのよ……あっ、もしかしてミリアは、あたしをお兄ちゃんと会わせたくないからそんな演技してるの?」

 そう言って頬を膨らませる。


「――えっ、サクラは、ぜぇっぜぇっ……全速力で走っても、ぜぇっぜぇっ……息が切れないんですか? はぁっはぁっ……」


「ゲームで息切れなんかするわけないじゃない。もういい加減に演技はやめてよ。折角仲良くなったのに……あたし、ミリアを嫌いになりたくないよ……」


 仲良くなった覚えはないが……しかしこれは、接がれた木の杖によって起こる不具合なのか……いや、最初からなんだが。


 俺はすぐさまアイテムボックスを開くとレッドクリスタルロッドSを装備した。

 途端に息が整い、つりそうだった脚の痛みも引いていく。


「ごめんなさいサクラ。私、まだ慣れていないので、リアルで運動するような錯覚を起こしてしまったようです。ほら、もう大丈夫ですし、兄にもきちんと紹介しますから」


 咄嗟に俺に抱き付き、再び豊満な胸を俺の顔に押し付けてくるサクラ。

「……ミリアに嫌われてなくて良かった。ぐすん……」


 よしよしサクラ、もう泣くな。でもな、胸は自重した方がいいぞ。


『[システム]警告:フィールドのレベル制限が掛かっています。30秒以内に20レベル以下のジョブに……』


 ――おっとやばい。


 再び接がれた木の杖に持ち替えようとした俺は、アイテムボックスに白い宝箱というのが入っているのに気付いた。


 これは……ビートルキングを倒した時のドロップアイテムなのかな。

 ふうむ、お知らせマークが光ったままだし、確か、ダイスを振って一番高い目を出したというログを見た気がする。


 アラタから聞いた話だと、色付き宝箱は必ず何かしらの武器が入っている。


 大抵はCクラスのハズレ武器らしいが、ハズレだとしても、レベル1から装備できる物理専門ジョブの武器であれば、日頃の運動不足まで反映される不具合が解消される可能性が無きにしもあらず。


 それを装備してから運営に報告し、火力計算の不具合を起こしているレッドクリスタルロッドSを返却すればいい。


 知らなかったので、二発だけスキル撃っちゃいました。とか書き添えておけば、不具合と知っていながら使用し続けた場合の、30日間のアカウント停止処分を、3日間程度に軽減してくれるだろう。


 おっと、急がないと30秒経ってしまう。

 俺は急ぎ白い宝箱を、指先でダブルタップした。


『[システム]白い宝箱の使用により、ホワイトキャッツガントレットSを入手しました』


 ――パッパララパッパッパーーン!

 と、どこかで聞いた覚えの有る、短いファンファーレが鳴り響き、頭上で紙吹雪が舞った。

 

『[お知らせテロップ]おめでとう御座います! アデプトのミリアさんが、ホワイトキャッツガントレットSを入手しました』


 ――はい?













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