第21話:ラスト一秒の奇跡



 俺が欲しいのはイメージ。

 ああ、昆虫のイメージを払拭できる程の、強烈なカニのイメージだ。


 なので、カニ美味しいよね、カニカマ食べたい、などとサクラに言ってもらい、カニのイメージを増幅させ、そのイメージのままぶっ叩こうという目論見があった。


 だがサクラは俺にカニバフを掛けてくれそうにないので、あの巨大な昆虫をぶっ叩く事は不可能となった。


 ごめん、まじ無理なんだ。昆虫だけは。


 ビートルキングのHPは、まだ180万も残っている。

 火力職全員がMP切れになった事に加え、ビートルキングの硬さも二段階上がっているので、120万削るのがやっとだったのだ。


「期待したあたしが馬鹿だったよ……」

 サクラはそう言ったあとも、唇をかみしめながら矢を放ち続ける。


 くっ……

 アデプトの危険な範囲魔法を放つ以外、ビートルキングを倒す方法は無くなった訳だが、もしも範囲魔法にプレイヤーを巻き込んでしまったら、それこそMPK行為だ。


 う~む。


 俺は確認のため、すぐさまレッドクリスタルロッドSを装備した。


 ふむ。メイジのファイアボールで使った分のMPはしっかり引かれているが、アデプトのMPは100万もあるので、減ったのは微々たる数字だ。


 スキル一覧を開く。


 メルトが範囲1で一番狭い。だが、これほど硬くて巨大な相手に通用するかは疑問だ。

 そうなると、範囲2で一番威力が高いのは……これだな。

 詳細を見ると『詠唱後7秒で発動』と、書いてある。急がねば。


 あとは賭けるしかない。あの変態が優秀なヒーラーである事に。


 俺はエドガーを視界に捉えると、アイトラッキングで相手を指定し、個人トークをオンにした。

 うむ、ウィンク無しの切り替え方法はとっくにマスターしている。


「[To:エドガー]エドガーさん、MP回復ポーションは使ってしまいましたか?」

「[Fm:エドガー]ロリっ娘たんだぁ。あのね、何があるか最後まで分かんないからぁ、まだ使ってないよぉ。MPは最後まで残しておくのがヒーラーの常識だよぉ」


 ――グッジョブ!


「[To:エドガー]今すぐ皆さんに最大効果の防御バフを掛けてもらえませんか? その後、リュート君の指示で動いてもらっていいですか?」


「[Fm:エドガー]ロリっ娘たんの頼みならぁ、聞いてあげてもいいけどぉ、後でオイラにスカートの中をぉ、いっぱい覗かせてねぇ」


「[To:エドガー]とんだ変態さんですね。自分のケツでも眺めてろ、この変態野郎!」


「[Fm:エドガー]ありがとぉぉぉ!」


 罵声を浴びせられて喜ぶタイプなのは分かってた。効果、有り。


「うおおおおおおおお!」

 エドガーは雄叫びを上げた後、ドスドスと走りながら、戦闘に参加しているプレイヤー全員に、最大効果の防御バフを掛けて回った。


 男女に限らずバフを掛けられたプレイヤー達。

 今頃になって何故防御バフなんだ? という顔をしていたが、彼らに説明する時間は無い。


 次はリュートに個人トークだ。


「[To:リュート]今すぐ皆さんに、ビートルキングから離れるように指示を出して下さい。私を信じて、リュート君もなるべく遠くに離れて下さい。あ、勿論ですけど、戦闘参加状態を保てる範囲でお願いします」


 視線をこちらに向けたリュートは、俺がレッドクリスタルロッドSを持っている事に気付くと大きく頷いた。

「[Fm:リュート]分かりましたミリア先輩!」


「[メガホン:リュート]皆さん! 大至急ビートルキングから距離を取って下さい! ただし、戦闘状態が解除されない距離だけは保ってください!」


「[メガホン:リュート]繰り返します! 大至急ビートルキングから距離を取って下さい! 戦闘状態がキープできる範囲は、対象のビートルキングを中心に半径180メートルです。超えない程度にぎりぎりまで離れて下さい!」


 うむ。レベ1ロリっ娘な俺の指示など、ド変態のエドガー以外は誰も聞き入れてくれないだろうが、この場を仕切る立場にあるタンクの指示なら、すぐさま動いてくれるだろう。


 ――残り1分。


 ただならぬ雰囲気のメガホントークを聞いたプレイヤー達が丘を駆け下りて行く中。一人だけ動こうとしないサクラに俺は声を掛ける。


「サクラさん、お願いです。早くこっちへ!」

「何で退却なのよっ! あたし……まだ諦めたくない……」

 サクラは涙を滲ませながら、尚も弓を引き絞る。俺の方へは顔さえ向けていない。


 俺は瞬間的にサクラの横に移動すると、矢を持っている方の手を取った。

 ようやくこちらに顔を向けてくれた。


「――その赤い棍棒、まさか⁉」

「棍棒じゃなくてロッドです。それと、スキルをぶっ放したいので早く離れましょ、サクラさん」

「……スキルって……」

「ごめんなさいサクラさん。危険なスキルだから使うのを躊躇っていたんです。その代わり、絶対に一撃で倒すと約束します!」


 ――残り18秒。


 俺とサクラは手を繋いで走り出す――

 エルフ族アーチャーのサクラも足が速い。俺は内心ホッとする。


 ――残り12秒。


 130メートルは離れたか……エドガーの防御バフがあるから、この辺りまで離れていれば問題ないだろう。万が一危険が及んでも、サクラ一人ならアデプトの俺が守れる。


 俺は繋いでいた手を離すと両手でロッドを握り締めた。

「サクラさん、私の後ろで身をかがめていてください」


 後は発動が間に合ってくれるかだが――

 ビートルキングがいる方向へ、ロッドを向けロックオン。


 俺は大きく息を吸い込む――

「――ストライクエラプション!」

 レッドクリスタルロッドSが真紅に輝き始める……


 限りなく黒に近い微粒子が、どこからともなく現れ、ビートルキングの居る場所を中心に集まってくる。

 微粒子は間もなく、丘の上に半径50メートル程のどす黒い雷雲を形成した。


 ――残り3秒。


 集まった微粒子が互いに衝突し合って帯電すると、空を裂くような青白い火山雷が黒雲の中を走り、バリバリと凄まじい雷鳴が轟いた。


 薄れゆく雷の残響――訪れる沈黙――


 ――残り1秒。


 ――ビートルキングが居る地点を中心に、丘の中腹辺りまでが真っ赤に光る――

 ――刹那――そこから超荷電粒子ビームのように一直線に噴き上がったマグマが、天空までをも瞬時に貫いた!


 ――脈打つように天空へと吸い込まれるマグマの赤光。僅かばかり遅れた大迫力の重低音がビリビリと大地を振わせた――


 ――まるでその空間から切り取られたかのように、ビートルキングは一瞬で蒸発し――999999999という、桁がおかしい与ダメージ量を表す数字だけが残った。


 ◇



『CONGRATULATIONS!』


 金色に輝く大きな文字が、エリアボスの討伐に参加していた全員の視界モニターに流れた。

 そして、俺個人の耳と視界モニターには、システムメッセージが流れ始める。


『[システム]エリアボス・ビートルキングの討伐に成功しました。

ラスト1秒チャレンジの成功により、経験値及び討伐ポイントにボーナスが加算されます。


ラストアタックのダメージボーナスとして、ウォレットに300,000,000Eが追加されました。更に経験値も加算されます。

アデプトのレベルが99になりました。レベルは上限に達しています。


討伐ポイントを20,000入手しました。


ドロップ品抽選の999面ダイスで999を出しました。それにより白い宝箱を入手しました。


ランダムドロップアイテムとして、カマキリの左鎌を入手しました。

ランダムドロップアイテムとして、カブトムシの胸角を入手しました。』


『[システム]警告:インセクトステップのフィールド規定により、レベル21以上のプレイヤーは、30秒後にポータルへ自動転送されます。

インセクトステップに留まる場合は、30秒以内にレベル20以下のジョブへ変更して下さい。』



 一度に多くの情報が流れ込んできたので、ちょっと頭が混乱しそうだが、警告の文字だけ赤く点滅しているので、俺はすぐに接がれた木の杖へ装備し直し、レベルが99になってしまったアデプトから、レベ1メイジにジョブチェンジした。


 リュートの指示により、丘のふもと辺りまで距離を取っていた討伐参加プレイヤー達は、何が起こったのか理解できない様子で、焼けた鉄のような鈍い光が残る丘の上を眺めていた……


 ここで分かった事がある。スキルから発せられる直接的な熱や爆風では、プレイヤーはダメージを負わない。


 ただし、間接的な部分の、焼けただれた場所を歩いてもダメージを負う負わないは、誰かに歩いてもらわなければ検証できない……それは無理だが、まぁ大きな進歩だ。


 ◇


 ……30秒経過後。


 何名かのプレイヤーは、警告通りそのままポータルへと転送されたが、最初に駆け付けていたリュートのパーティメンバーは、どうやら予め低レベルジョブの武器を用意していたようで、その場に残っていた。


 リュートのパーティ以外で、残っていたプレイヤーも含め、全員しばらく唖然としていたが、間もなく大歓声が上がった。


「「「「「うわぁぁぁぁーーーーー!!」」」」」


 そして、俺の両手を取り、強く握り締めてくるサクラ。

 感情が高ぶっているのか、肩を震わせているのが手を通して伝わってきた。


「凄い……凄い凄い凄い……」


 そう声を漏らすと、今度は俺を力一杯抱きしめてきた。


「ミリアは、最初からラスト1秒チャレンジを狙ってたんだね。それなのにあたしったら急かしちゃって……うわぁーん……」


 んんん……ラスト1秒チャレンジってなんだ?

 いや、それより……身長差的に、俺の顔がサクラの胸に埋まってるんだが……。


 か、勘違いすんなよ? 見た目的には、ロリっ娘がグラマーなお姉さんに抱きしめられてるだけだから、犯罪性は皆無なんだからねっ!


 よし。しばらくこのままでいよう。ああ、ロリっ娘冥利に尽きるなぁ。


「ぐすんっ……これで夢だったAクラスのドラゴンスナイパーになれるよ。有難うミリア……」


 ……ん、Aクラスになれる武器でもドロップしたのか? 良かったなサクラ。


 ――その時。

 地響きが近付いてくる。


 ――ドスドスドスドス……

「サクラたぁぁん。オイラにもロリっ娘を抱かせ――ゲフッ!」


 サクラのハイキックが、変態オールラウンダーなエドガーの顔面にめり込む。

 どう見てもクリティカルヒットだが、本人はケロリとしているので、やはり痛覚はきちんと軽減されているようだ。


 いや、まぁここはPKエリアでは無いので、蹴られた痕さえ残っていない。


「ピンクのヒモぱんつぅ……ありがとぉ、目に焼き付けましたぁっ。満足満足ぅ」


 慌ててスカートを押さえるサクラを見て、大満足な様子のエドガーは変態行動をやめたようだ。

「それにしても凄いよぉ、こんな可愛いロリっ娘たんが奇跡を起こすなんてぇ」


 むっとした顔で口を開くサクラ。

「ロリっ娘じゃないわよっバカエドガー。この子はミリアっていうのよ?」


「そっかぁミリアたんかぁ。ミリアたん、いつでもオイラがペロペロしてあげるからねぇ。無料奉仕だよぉ」


 ――待てサクラ、再びキックをしようとしては駄目だ。ぱんつ見えちゃうから。


 この手の変態は、残念な人でも見るような哀れみを浮かべた表情で、自然な感じにスルーするのが一番だ。いや、それもエドガーを喜ばせるだけだった。


 俺はサクラの手を引いてキックを止めさせると、エドガーに顔を向けて右の方を指差した。


「エドガーさん。丘を下りた向こうに見えている木の下で、傷を負ったビキニアーマーの巨乳美女が休んでいましたよ。治癒してあげたら喜ばれるかも知れないですね」


 そんな巨乳美女なんて居るわけ無いのだが、向こうの方にぽつりと一本だけ背の高い木が見えたので、指を差してみただけだ。


 まぁ、いくら変態でも、こんな見え透いた嘘に引っかか……


「うほぉぉぉ! ビキニたーん!」

 ドスドスドスドスドスドスドスドス……


 引っかかりよった……









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