第18話:タンクのセンスと全滅スイッチ



「[エリア:リュート]X163、Y48地点にビートルキングが湧いています。討伐への参加、ご協力をお願いします。タイムアップまで残り59分です」


 どうやらリュートが、インセクトステップ全体に聞こえるエリアトークを飛ばしたようだ。


 既に駆けつけていたヒーラーが、リュートに防御バフを入れると、リュートは剣を鞘に収め、盾を両手でしっかりと持った。


 防御のみに専念するスタイルのようだが、DPS、いわゆる火力職に、タゲを剥がされないかが心配だ。


 などと考えている間に、ビートルキングが、ブォォォ……という音を立てながら巨大鎌の付いた両前脚を振り上げ――


 ――ゴォォッ!

 ――振り上げるモーションよりも遙かに早い速度で振り下ろされる左前脚!


 リュートは盾を使って上手く受け流すと、逆にその反動を利用し、カウンターバッシュを繰り出した――


 ――ガキィィィン!


 ほほう。リュートはプレイヤースキル自体がかなり高い。綺麗にカウンターが決まったので、ヘイト値も跳ね上がったようだ。


 カウンター効果で三度みたびスタンさせてしまうところも、見事としか言いようがない。


 これなら他の連中がどれだけ攻撃しようが、タゲを奪われる心配は無さそうだ。


 周囲を見渡すと、数名のプレイヤーが丘を駆け上がってくるのが見えた。


 早速俺はそのプレイヤー達に対し、木の棒を振り回しながら、背後に来るようジェスチャーを送る。


 うむ、交通整理だ。大型トレーラーよりも遥かにデカいカブトムシにかれないようにな。


「皆さん、こっちですよー!」

 ストレートロングな金髪をなびかせながら木の棒をブンブンブン。


「[メガホン:リュート]タゲはしっかり固定できています。DPS(火力職)のかたはビートルキングの背後からどんどん攻撃して下さい。ヒーラーのかたは僕が見える位置で支援をお願いします」


 おっと、あのヒーラーちょっと近いな。


 ヒーラーに向かって木の棒をブンブンブン。

「そこのヒーラーの人ー! そこだと鎌が当たっちゃいますから、もう少し左に移動して下さーい!」


 スタンが解けたビートルキングが、再び大鎌の付いた両前脚を振り上げ始める中、ビートルキングの背後に集まったプレイヤー達がそれぞれ攻撃を開始した。


 見学しているだけだと申し訳ないので、俺も攻撃しなきゃ駄目だな。などと思ったが、木の棒では魔法スキルが使えなかった。


 虫に近づくのは嫌だから、やっぱりここで交通整理(見学)していよう。


 ビートルキングが左前脚を振り下ろす――


 ――ズガンッ!


 今度は正面から受け止めたようだが、これもまた上手く盾を使って勢いを殺している。うむ、抜群のセンスの良さだ。


 続けてビートルキングは、振り下ろした左前脚を引き上げながら右前脚を振り下ろす――


 ――ジャキィィーン!


 受け流してからのカウンターバッシュ!


 ――バキッ!


 これもまた綺麗に決まったが、流石にスタン耐性が出来上がっているようなので、今度はスタンは付与できなかったようだ。


 ビートルキングは右前脚を引いて両前脚を上で揃えると、今度は大鎌をクロスさせるように両前脚を同時に繰り出してきた。


 ――バギィィン!!


 ――えっ⁉ 何でまともに食らってるんだ?


 リュート少年なら、ガードしながら受け流すことだって出来るはずだろ。

 ううむ、左右同時だと流石に対処できないという事なのだろうか……。


 女性ヒーラーがすかざす叫ぶ。

「ヒール!」

 続けて別の男性ヒーラーも叫ぶ。

「ヒール!」


 一瞬、二人のヒールがダブったのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 再び女性のヒーラーが、

「ヒール!」

 続けて男性ヒーラーも、

「ヒール!」


 ……二人で二回ずつ?


 俺は今、見学しているだけだが、ビートルキングの戦闘範囲内に居るので、一応戦闘状態だ。


 なので今、戦闘に参加しているプレイヤー全員のHPゲージが見えている。


 ビートルキングの攻撃は、両前脚を上げてから、「左前脚の振り下ろし」、次に振り下ろした左前脚を上げながら、「右前脚の振り下ろし」、そしてすぐに上げ、最後は上で揃えた両前脚をクロスさせるように、「同時の振り下ろし」。


 この単純そうに見える三段階攻撃を1セットとして繰り出している。


 数値までは表示されないが、三段目のクロス攻撃で、リュートのHPゲージが半分以下になってしまうのだ。


 再びビートルキングが攻撃を開始するが、リュートは、片方ずつの攻撃時は、受け流したりカウンターを繰り出したりと上手く対処している。


 だが、やはり三段目にあたるクロス攻撃には、何もせず身を任せている。


 ……クロス攻撃の時だけわざと食らっている?


 恐らく、三段目の攻撃を避けてはいけない何かがあるのだと思うのだが、木の棒持って交通整理してるだけの俺が、戦闘に徹しているプレイヤーに聞くわけにもいかない。顰蹙ひんしゅくを買うだけだからな。


 エリアトークを聞いて駆けつけてきたプレイヤーも含め、全部で二十数名集まってはいるが、ヒーラーが二人しか居ない事に気付いた俺は不安になった。


 だがそれだけではない。火力職が与えているダメージ量も不安要素になっている。


 先程俺に小生意気な口を叩いていたエルフ族アーチャーのスキル攻撃でさえ、与ダメ量として空中に表示される数字が『1』だけなのだ。


 そう、どんな必殺技スキルをぶっ放そうが、誰が攻撃をしても1ダメしか入らない。


「サンダーアロー!」

 ――1

「アルティメットシュート!」

 ――1

「五連拳弾!」

 ――1

「ウインドカッター!」

 ――1

「裂空回転斬り!」

 ――1

「ロックインパクト!」

 ――1


 ……こんな感じだ。


 試しに、落ちていた小石を投げてみる俺。まぁ、落ちている石でも一応投擲とうてき武器になるらしい。こういった所もリアルに出来ている。

「小石シュート!」

 ――0

 ……俺よわっ!


 うむ、俺は例外だが、他のプレイヤーが何をやっても1しかダメージが入ってない。これではらちが明かないどころか、ヒーラーのMPがもたないだろう。


 そう……ビートルキングが硬すぎるのだ。


 俺はエアパネルを開くと、ターゲット情報からビートルキングのステータスを確認してみた。


ビートルキング:インセクトステップエリアボス。

HP:2,999,717/3,000,000。

MP:500/500。


 HPとMPしか確認できないが、戦闘を始めてから283しかHPを削れていない事から、とんでもなく硬いボスだというのが分かる。


 インセクトステップは、高レベルプレイヤーによるパワープレイを避ける為、レベル20以下のプレイヤーしか入れないように設定されてるフィールドの筈だ。


 先程のオケラモドキは、レベル4でHPは580だった。


 フィールドボスとはいえ、硬い上にHPが3百万もあるのは、どう考えても異常だ。


「[エリア:リュート]タイムアップまでまだ48分も残っています。インセクトステップに居るプレイヤーの皆さん、どうかビートルキングの討伐に参加して下さい」


 再びリュートがエリアトークを飛ばしたが、駆けつけたのは五人だけだった。

 せめてもの救いは、ヒーラーが二人加わった事だ。


 だが、討伐参加プレイヤーが全部で二十八人まで増え、手数が増えたところで、何をやってもダメージを1ずつしか与えられないのでは、圧倒的に火力不足だ。


 俺がヒキコモリの現役だった頃は、こういった特別なボス討伐は、あっという間にお祭り騒ぎになっていたものだ。


 過去にやってたゲームと比べる訳ではないが、随分と集まりが悪いので、すぐさまブラウザを起動して調べてみる事にした。


 以下、まとめサイトに記載されていた情報。


『フィールドボス:ビートルキング』

インセクトステップでは唯一のアクティブMOB。

ポップする座標及び時間は完全にランダム。


※タイムアップはポップしてから60分。


HPは3,000,000。MPは500。

ATK推測120。クロス攻撃時180。

INT推測280。

※魔法系の状態異常は付与できない。


※DEFに限り初期状態は推測で150だが、HPが50万減る毎に50ずつ増え、最大で推測300まで上昇する。


※推測値はこれまでのデータに基づき算出。誤差は1%未満。

他の能力パラメータは推測に至らず不明。


サービス開始から現在までの23ヶ月の間に、出現が確認されたのは16回のみ。

かなり希少性の高いボスである。


※これまで討伐に成功したのは1回。それ以外はタイムアップによる失敗か参加者全員DEADによる棄権。


※基本の攻撃パターンは左前脚からの三連続物理攻撃だが、三番目のクロスブレイクを、タゲを受け持っているタンクが、パリィを含めた防御行動を取ってしまうと、回避不可の無属性全体攻撃魔法を放ってくる。


※全体攻撃魔法を放たれた場合、INTは推測280とかなり高いので、HPを1だけ残して耐える即死回避スキルを習得しているタンク以外はDEAD必至である。


※尚、タンクがクロス攻撃を回避しなくても、ある条件で全体攻撃魔法を放たれたという報告がある。以下、その時の……



 ……ううむ。相当な鬼畜仕様だ。

 やはりリュートが三段目を避けなかったのには理由があったんだな。


 それと、南ゲート付近にわりとプレイヤーは居たが、参加するだけ時間の無駄だと考えているのだろう。


 百人集まったとしても、一人あたり3万回も攻撃しなきゃ倒せない計算だからな。


 いやいや、HPが50減る毎にDEFが上がるらしいから、DEFが上がってしまうと、レベル20以下のプレイヤーが、何人集まったところで、恐らくどうにもならないだろう。


 その時サクラが、ビートルキングの前方にいるリュートに向かって声を張り上げる。

「ねぇリュート! エドガワはまだ来ないの?」


 リュートも、盾を構えたまま大声で答える。

「すみませんサクラ先輩! リアルトイレに行ってくる、とだけメッセージを残して、そのままログアウトしたみたいです!」


 それを聞いたサクラが、怒りをあらわにギリギリと歯を擦り合わせた。


「Aクラスのアークビショップのくせに、あいつほんと使えないわねっ!」


 サクラはご機嫌斜めか。怖いから少し離れとこ。


 少し離れたその場所で、すっぽ抜けて転がってた杖の上部を回収した。


 やっぱ杖といえばこれだよな……。


 下半分の木の杖は、見た目も性能も只の棒切れだが、こうやってさっきのように紐で縛れば……


『[システム]接がれた木の杖を装備しますか?』


 よし、杖として認識されてる。YES。


 これならスキルが撃てる。今度はすっぽ抜けないようにしなきゃ……

 かーらーのー……


「――ファイアボール!」


 俺の放ったファイアボールが、ビートルキングのお尻の中心部にある、生殖器だと思われるとんがった部分に――ポフンと命中。


 ――2

 という数字が空間に表示された。


 おっ! 2ダメとか、みんなの倍じゃないか。もしかして昆虫のくせに感じちゃったのか。っていうか、やっぱその小さな出っ張りが弱点なんだな。


「――ちょっと、どこに当ててんのよ! リュート大変よっ! この初心者がアソコにファイアボール当てちゃったみたい!」


 サクラが大声を上げると同時に、リュートが声を張り上げる――


「皆さん! 全体範囲攻撃魔法が来ますっ! 一箇所に集まって体を伏せて下さい!」


 何かやらかしたのか、俺……



 まとめサイトに、

※尚、タンクがクロス攻撃を回避しなくても、ある条件で全体攻撃魔法を放たれたという報告がある。という下の行に――


お尻の中心にある小さな突起部分に、Cクラスのメイジがファイアボールを当てると、発動してきたとの報告有り。


尚、同じ炎系スキルでも他のジョブだと発動はしなかったので、メイジの低レベルプレイヤーに限られている可能性有り――


 ――そう書かれているらしいのだが、最後まで読んでなかった。







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