第17話:丘の上に巨大なカブトムシ
しばらくすると、溶岩のように融解を起こしていた地面は、フィールドやオブジェクトの形状を維持するオートリペアプログラムにより自動修復され、元の草地に戻った。
フィールドが自動修復される前に、あの溶岩の沼のような場所をプレイヤーが歩くとどうなるんだろう。
ずぶずぶと沈んで、そのまま焼け死んでしまうのだろうか。
あるいは放った瞬間の、あの熱放射の範囲内にプレイヤーがいると、ダメージを与えてしまうのだろうか……。
きちんと確認するまで、このスキルは使わない方がいいな。
フィールドの自動修復からしばらく経つと、時間経過で再ポップしたオケラモドキが、再び地面からピョコンと顔を出した。
リンク範囲内に居るが、再ポップしたMOBは前回の戦闘を引き継いでいないので、俺の方から攻撃を仕掛けない限り安全だ。
それにしてもこのMOBは、地面から出している頭部だけを見れば、昆虫のオケラそのものだ。
攻撃を仕掛けた途端に、地中からぼこっと大きな体を出してくるなんて、ドアを開けるといきなり現れるゾンビのように、恐怖以外の何者でも無かった。
だがここは、このMOBをスキルの実験台として、他のプレイヤーに危害の及ばない安全なスキルが有るのか検証してみよう。
メルトは恐らく、現時点で使えるアデプトのスキルの中で、一番破壊力のあるスキルだったに違いない。
うむ。もっと威力が弱くて、人にも環境にも優しいスキルだって有るはずだ。
一撃で倒せなかったとしても、これだけの能力値があるんだし、相手の攻撃も余裕でかわせるのは実証済みだからな。
地面から飛び出してくる事も分かったので、もう驚かないだろう。
エアパネルを開くと、アデプトのスキル一覧を開いてみる。
※範囲、威力共に5段階表示。
※全て炎属性。
(範囲2/威力2)デストロイインシナレイション
(範囲3/威力2)ヘルフレイムフィースト
(範囲3/威力3)エクスプロードブラスト
(範囲2/威力4)ストライクエラプション
(範囲4/威力4)テイクメテオストーム
(範囲5/威力5)スーパーノヴァエクスプロージョン
そして……
(範囲1/威力1)メルト
――メルトが一番弱いだと⁉
しかもこれ、全部範囲魔法じゃないか!
アデプトというジョブのスキル一覧を見る限り、メルトが一番下位にあたるスキルのようだが、他のスキルも、炎属性なんて可愛いレベルじゃ無いだろ……
どれもこれも究極奥義のように、ヤバそうなスキル名だ。
念の為にと、システムで翻訳ツールを開き、スキル名のカタカナ英語を翻訳してみた。
『デストロイインシナレイション/破壊、焼却』
『ヘルフレイムフィースト/地獄の炎、狂宴』
『エクスプロードブラスト/爆破、爆風』
『ストライクエラプション/一撃、噴火』
『テイクメテオストーム/投げつける、隕石の嵐』
『スーパーノヴァエクスプロージョン/超新星爆発』
そして『メルト/溶かす』
物理的なスキルを持ち合わせていない事からも、アデプトは炎属性の範囲魔法しか使えない魔道士のようだ。
まぁ……その範囲スキルの威力がハンパないわけだが……。
それにな。範囲や威力を5段階表示にされても全くピンとこないだろ。もっと具体的な数値で書いて欲しかった。
だが、メルトで溶解した地面の半径は、少なくとも20メートルはあった。
そこから考えると、5だと半径100メートル……。
いや、範囲2のスキルを実際に使って、メルトと比較してみないと正確な比率は分からない。範囲2が30メートルなのか40メートルなのかで計算方法が違ってくるからな。
……いずれにしてもだ。このロッドもアデプトというジョブもヤバ過ぎる。
うーむ、いくら莉佳が装備を促してきたとしても、これはさすがに使えないな。
杖の上部を回収した俺は、そこら辺に生えている草を引っこ抜き、簡易作成で草の紐を作った。
強度はそれほど強くなさそうだが、無いよりましか。
木の杖の折れた部分を少し重ね、ぐるぐると草の紐で縛った。
『[システム]接がれた木の杖を入手しました。装備しますか?』
ふむ。短くなってしまったが、こんな物でもロッドとして装備できるようだな。
不格好だが『接がれた木の杖』が完成したようだ。
装備YES!
ジョブもメイジに戻ったので一安心だ。勿論レベル1ではあるが。
だが、なんという装備ゲー。
初心者でもいきなりSクラスになれるとか、よくそれで他のプレイヤー達が納得しているものだ。
これも時代が変わったという事なのだろうか……。
まぁ、いずれにせよ火力計算を間違えているようなので、莉佳には悪いが、後で運営に不具合報告しておこう。
それまではこの木の杖で……いや、こんな応急処置の接がれた木の杖で、まともに戦えるのかって話だな。
オケラモドキでゲームマネーが72増えたけど、全財産の172Eでは、杖を買い換えるには全く足りない。
やはりガチャを開けて……いや駄目だ! 意志は強く持てよ俺!
……お金が貯まるまでは誰かのレベ上げパーティに参加した方が良さそうだ。
『小首を傾げて上目遣いで訴えるアクション』を駆使すれば、不格好な接がれた木の杖を持ったレベ1初心者でも、喜んでパーティに入れてくれるに違いない。
――よし、寄生できるパーティを探しに、ゲート付近まで戻ろう。
俺は、地面から顔を出しているオケラモドキをスルーして回れ右すると、越えてきた丘を登っていく。
「はぁっ、はぁっ……」なだらかな丘とはいえ、登るのはやっぱきつい。
でも、もうちょっとで下りになるから頑張れ俺……
――突如!
目の前の空間が歪む――。
そして――丘の上に、体長が30メートルはあると思われる、カブトムシ? が、姿を表した。
――大きさも然る事ながら、リアルさも尋常じゃない!
「きゃああああっ、虫ーーーっ!」
思わず叫び声を上げる俺。
『[システム]フィールドボス、ビートルキングにターゲットされています。※注意:フィールドボスはアクティブです。攻撃に備えて下さい』
どこからどう見てもカブトムシだが、ただバカでかいだけではなかった。
前脚だけ異様に長く、カマキリのような巨大な鎌が付いている。
そして、ビートルキングが巨大鎌の付いた前脚を、大きく空高く振り上げ始める――
――ブォォォォ……
ただでさえ昆虫嫌いな俺は、咄嗟に接がれた木の杖を振り上げる――。
こんな巨大な相手に通じるか分からないけど、アイス系のスキルで足止めして逃げよう。
アイスの追加効果が発動すればスローを付与できるし、何もやらないまま死ぬよりましだ。俺はユキにとって格好いいお父さんになるんだ!
「――アイス!」
と、声を張り上げ、接がれた木の杖を振り下ろす――。
ブンッ――スポッ――カランカラン……
簡易な草の紐で縛ってるだけだったので、クルリと曲がった杖の上部はすっぽ抜け、あさっての方向へカランカランと転がっていった。
接がれた木の杖は、只の木の棒になった。
『[システム]只の木の棒は打撃武器です。アイスは発動できません』
……。
「きゃあぁぁぁぁーーーーっっ!」
俺は下半分だけになってしまった只の木の棒を凝視しながら絶叫した。
ビートルキングが巨大鎌を振り下ろそうとした、その時――
――白銀に輝くライトアーマーに身を包む少年が視界に飛び込んできた。
少年は持っている盾を両手で振りかぶりながらジャンプし、
「シールドバッシュ!」と、叫んで、盾をフルスイング!
――バキンッと、ビートルキングの頭部に叩き付ける。
地面へと着地したその少年は、まるで俺を庇うようにビートルキングの前に立ち塞がると、盾を左手に持ち変えて右手で剣を抜いた。
「タゲは僕が取りました。今のうちにビートルキングの後方へ回って待機して下さい。それと、ヘイトが安定するまで攻撃はしないで下さい」
――俺はレッドクリスタルロッドSに持ち替えようとしていたが、それをやめてアイテムボックスをそっと閉じた。
少年が放ったシールドバッシュというスキルは、相手の注意を惹き付けると共に、攻撃をキャンセルさせる『スタン』を付与する、タンク職特有のスキルだ。
スタン状態となり攻撃をキャンセルされたビートルキングは、振り上げていた両前脚を地面に下ろして動きを止めた。
一時的ではあるが、動きが止まっているうちに背後に回れという事なのだろう。
だが、守るべき対象である俺の前に立って、盾と剣を構えるという行動を取ったことが引っ掛かる。
仮に俺が逆の立場、要するにタンクだったならば、タゲを取るシールドバッシュは必ずビートルキングの背後から仕掛ける。
因みにタゲを取るというのは、モンスターのターゲットを自分に固定させるという意味だ。
そして背後からタゲを取るのには、きちんとした理由がある。
守るべき対象者をビートルキングの背後に行かせるのではなく、背後から攻撃を仕掛けてタゲを取り、そのまま後ろを向かせる方が、明らかに対象者の安全を確保できるからだ。
他のメンバーに対してモンスターが背を向けるようにするのは、パーティプレイの基本なので、特にタンクなら知っていて当たり前のこと。
なので恐らくこの少年は、ロリっ娘な俺が涙を流しながら絶叫していたので、安心させる事を優先し、敢えて前に立ち塞がるという行動に出たのだろう。
見た目は中学生くらいの少年だが、ロリっ娘への心配りが出来るのは称賛に値する。
だが、正直言って、俺がパニクって絶叫したのは、ロリっ娘だからではなく、元から昆虫が大の苦手だからだ。
俺は、絶叫しながらもアイテムボックスを開いて、レッドクリスタルロッドSに持ち替えようとしていた。
然し、ロッド特有スキルの安全性が確認できていないのに加え、不具合とも思えるステータスのアデプトとかいうジョブを、他のプレイヤーに晒す訳にいかない。
それと、少年の仲間らしきプレイヤーも数名、一緒に駆けつけているみたいだから尚更だ。
すると、スタビライザー付きの格好いい弓を持った、グラマラスなエルフ族アバター女性が俺を睨んできた。
「リュート。こんなふざけた装備の初心者なんか放っておきなさいよ」
くっ……ふざけているつもりはないが、俺は只の棒切れを持ってるマジ初心者なので仕方ない。
だが、ふむ。タンク役の少年の名前は、リュートというらしいな。
リュートがその女性へと顔を向ける。
「いいえ、サクラ先輩。怖くて泣いている女の子を放ってはおけません!」
そう言って再びジャンプをすると、今度は盾と剣を交互に繰り出す、バッシュアンドスラッシュというコンボ攻撃を、ビートルキングの頭部に浴びせかけた。
先程のスタンが解け、攻撃態勢に入ろうとしていたビートルキングが再びスタン状態になる。
ふうむ、成る程。
一度スタンを食らうと耐性が上がるので、連続でスタン状態にする確率は50パーセントになってしまうが、コンボにする事で100パーセントにしたのか。
連続スタンで更にヘイトを稼いでいるようだし、中々やるではないかリュート少年。
最初はどうかと思っていたが、これなら安心だと納得した俺は、急いでビートルキングの背後へと回った。
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