第16話:アデプトとかいうジョブ



 歩きながら公式ページを開く。


 とことことことこ……


 う~む、獲得する経験値が増える課金アイテムは無かった。残念だ。


 ついでにフィールド情報も見てみるか。


 インセクトステップは、レベル1からレベル20までのプレイヤーを対象にしているフィールド。レベル21以上は入れない。


 インセクトステップのMOBはノンアクティブ設定。


 ほほう。攻撃を仕掛けない限り襲ってこないのか。

 でも、レッドスライムのときみたいに、踏んづけるのは注意だな。


 あ、そうだ。

 確かユキは、Aクラスのカンストタンクがギルドメンバーに居るとか言ってたな。


 やっぱ、ディフェンス値が8しかないCクラスのレベ1メイジと違って、Aクラスのカンスト(レベル99)タンクは、ディフェンス値は相当高いんだろうな……まとめサイトで調べてみるか。


 ……ふむふむ。Aクラスのタンクは、ディフェンス値を280まで特化できるって書いてあるな。


 280あれば、あの凶悪フィールドのMOBの攻撃も平気ということだな。

 Aクラスのタンクすげー。


 しばらく歩いていると、左手に付近を見渡せそうな小高い丘があったので、さっそくブラウザを閉じて登ってみることにした。


 ◇


「はぁっはぁっ……」


 登るのに5~6分程度だったけど、いくら緩やかでも、上り坂は疲れるな。

 それにしても、日頃の運動不足まで反映されるとか……おかしくないか?


「おや?」


 丘を向こう側に下った辺りに小さな穴が開いていて、そこから何かがピョコっと顔を出しているので、ターゲットを固定してズームアップしてみた。


『オケラモドキ:Lv4』


「触覚が付いてるということは、昆虫型のMOBなのか? よし、行ってみるか」


 下りなので少し楽だけど足が吊りそう。

 俺は時間をかけてとことこと丘を下り、そのMOBに近寄ってみた。


 ……全く逃げる様子は無い。


 見えている頭部は焦げ茶色のバッタのようだが、随分と目が小さく、しっかりとオケラの特徴がある。


 頭部の大きさから判断すると、体長は大きくても50センチといったところだろうか。


「……ふむ」


 ――昆虫嫌いな俺でも、これなら楽勝だぜ!

 近くに他のプレイヤーは居ないようだし、こいつは頂きだ。


 少し距離を取った俺は、早速、渋い感じの木の杖を構える。


「我より召喚されし炎のけんぞくよ、その意思を示し闇に巣くう者を焼き払え! ファイアボーーール!」


 ほんとは『ファイアボール』って言うだけで音声認識されて発動する仕様なんだけど、テンション上がってるので、適当に格好良さそうな言葉を付け足して叫んでみた。


 ――ポフンッ。と、小さな炎の玉が、オケラモドキの頭部に当たった。


 ――3


 えっ、3ダメージだけ?


 あっ! 完全に忘れてた。


 大抵のゲームでもそうだけど、レベル1では、レベルが1つ違うだけでも、けっこう差があるんだった。


 ――刹那。オケラモドキが顔を出している周りの地面が盛り上がる。


 ――ボゴッォォォ!


 土煙を上げながら、地面から何かが飛び出した――


「うわぁっ――なんだコイツは⁉」


 ――地面に隠してた胴体はまるでゴリラじゃないか!


 体高は2メートルを超えてる。頭部と体のバランスも明らかにおかしい。

 しかもその両腕には、岩でも平気で削れそうなギザギザの爪が生えている。


 オケラとゴリラを合体させたMOBという事なのだろうか……それって生物学的にどうなんだ。


 オケラモドキが両腕を上げたが、腕を入れれば3メートルはある。


 すると――両腕を上げた状態のまま、二足歩行でドスドスと俺に向かって突進してきた――


 ゴリラよりは脚が長く、二足歩行に適しているようだ。


 ――ドスドスドスドスドス……


「うひゃあ! ファイアボール!」


 ――ポフンッ。――3


 ――ドスドスドスドスドス……


「ファイアボール!」

『[システム]発動できません。ファイアボールのクールタイムは5秒です』


 ――ヤバいヤバいヤバいヤバい! 俺のダッシュより全然速い――。


「うわわわわわ……」

 あっという間に距離を詰められてしまった――。


 あまりの恐怖に目を閉じてしまったが、持っている木の杖を力任せに振り下ろす。

 そう、無駄な抵抗、最後のあがきだ――。


 ブン――ポキッ!


 空を切って地面を叩いてしまった木の杖は、無残にもまっぷたつに折れてしまった。


「――えっ、折れるもんなの⁉」


 ――やめてー、そんなリアルさ!


 だが、木の杖が折れたはずみに、前のめりになった俺は足をもつらせ、コロコロと転がったお陰で、偶然にもオケラモドキが繰り出した爪攻撃をかわせたようだ。


 しかも、上手い具合に股の間を転がっていったので、背後に回っている状態だ。


 俺を見失ってキョロキョロしているようだし、距離が取れてる今なら脱げられるかも知れない……。


 ところが――転んだときに地面に打ち付けてしまった膝が痛くて、すぐに立ち上がれなかった。


 ――現実と変わらない痛みが再現されている事に気付いた俺は、ガタガタと震え始めた……


 防具を装備したら痛覚は5パーセントしか再現されない筈だろ……。

 いや、それも俺の勝手な判断だったって事なのか――とんでもない不具合じゃないか……怖い……怖いよ……


 ――その時。


『ナオ、すぐにSロッドを装備して』


 頭の中に声が響いた。


 個人トークなら相手の名前が表示される筈だが、そんなの見当たらない。


「……だ、誰?」


『ナオ、お願い。急いでそれを装……』

「――り、莉佳なのか?」


『今は……が……なって……を……しか……』

「良く聞こえない。もう一度言ってくれないか?」


 だが、途切れ始めていた声はそれきり聞こえなくなった……


 俺のキャラクターネームはミリアだが、本名は奈和なおだ。


 俺を「ナオ」と呼べるのは……いや、呼び捨てで俺の名前を呼ぶ人間は、この世に只一人しか存在していない。


 ああ、声の主は元妻の莉佳で間違いない。


 ……だが何故だ?


 何故莉佳が、離婚時に交わした誓約を無視してまで、ゲーム内にいる俺にアクセスしてくるんだ?


 いや、恐らく俺に何か重大な事を伝えたかったに違いない。


 俺は離婚されても未だに莉佳の事が好きだ。一方的に離婚されたとしても大好きなんだ。嫌いになんてなれない。


 だから信じよう。けっして俺の個人情報を営利目的で使ったのではないんだと。俺の身を案じてくれているんだと。


 未練がましい俺なので、莉佳の声だと確信した途端に、あれだけ怖くてガタガタと震えていた筈が、今は妙に落ち着いている。


 莉佳の言葉を思い返した俺は、すぐさまアイテムボックスを開くと、レッドクリスタルロッドSを取り出した。


 ――これを装備しろって事だな。分かった、莉佳がそう望むのなら、俺はそれに従おう。


『[システム]レッドクリスタルロッドSを装備しますか?』

 YES!


『[システム]装備すると譲渡不可品になります。よろしいですか?』

 YES!


『[システム]装備すると特定のジョブに変更されます。よろしいですか?』

 YESだ。莉佳、俺はずっと愛してる!


『[システム]メイジからアデプトにジョブチェンジしました』


 ――何だ⁉

 ……体の痛みが引いてくる――


 膝に出来ていた擦り傷、いや、打撲痕さえも、見る間に消えていった。


 ――自分に起こっている現象がちょっと理解できないので、すぐさまステータスを確認してみる。


メインジョブ:アデプト(Sクラス)

Lv:1

サブジョブ:設定無し


HP:1,000,000

MP:1,000,000


 ――アデプト? 聞いたこともないジョブだ。

 それに、HPもMPも百万って、なんだこれ⁉


 メイジの時はHPもMPも100しかなかったんだが……

 同じLv1でもSクラスは1万倍って、比率がおかしくないか?


 ――いや、それだけじゃない。


 HP、MPといった身体の状態を示す『コンディションステータス』以外に、能力を示す『アビリティーステータス』というものがある。


 次にこのゲームのアビリティステータスをズラッとあげる。

 多いので、さっと目を通すだけで構わない。


 VIT(体力)、INT(魔力)、ATK(物理攻撃力)、SPD(攻撃速度)、STR(持久力)、DEF(防御力)、AGI(敏捷性、反応速度)、DEX(器用さ、命中力)MND(精神力)、RES(抵抗力)


 このように、全部で十種類に分かれている。


 これらアビリティーステータスと言われる能力値は、どれも三桁が上限となっている。要するに999が上限だ。


 それなのに、アデプトはLv1の段階で、全てのアビリティステータスが600もあるのだ。


 Aクラスのカンストタンクでも、DEFを最大特化で280。

 280で相当硬いということだ。


 そのDEFも含め、全て600というのは明らかに異常な数値だ。


 それにしても、S武器を装備するだけで、本人までSクラスジョブになるなんて話は聞いたことがない――。


 一瞬俺の姿を見失ってキョロキョロしていたオケラモドキだったが、俺を見付けると、再び両腕を上げ、ドスドスと突進してきた。


 うわ――怖えぇぇ!


 ――オケラモドキが俺に向かって鋭い爪を振り下ろす!


「うひゃー!」


 ――ガギーンッ!


 咄嗟にレッドクリスタルロッドSで受け止めてみたんだが――


 ――力で押されることなく受け止めているし、相手の大きな腕の重ささえ感じない。


 ふぅ……助かった。今度は回避してみるか。


 オケラモドキが再び攻撃してきたが、相手の動きがもの凄くスローに見える俺は、その攻撃を余裕で回避し、後ろに回って充分な距離も取れた。


 俺には相手の動きがスローに見えたが、相手にとってここまでの動作は恐らく一瞬。残像のみ残っている事だろう。


 600だとここまで速くなるんだな。凄いなんてもんじゃない。


 距離が取れたし、再び俺を見失っているようなので、スキル一覧を開いてみる。


 ……ふうむ。アデプトはレベル1でも使えるスキルが多いようだ。


 よし。試しに発動時間が一番短いこのスキルをぶっ放してみるか。


 淡く光るロッドを構える――ターゲットをロック。


「――メルト!」

 声を上げた刹那、レッドクリスタルロッドSが真紅に輝く――


 ――バチィィッッ!


 ――オケラモドキの体の中心部の極一点から、スパークが弾けた――


 ――目も眩む一瞬のスパークと共にオケラモドキは跡形も無く焼滅した――。


『99999999』という、俺が与えたダメージ量を示す数字だけが、その空間に浮かぶ。


『[システム]経験値を17獲得しました。ウォレットに72Eが追加されました』


 その直後――起こった現象を見た俺は唖然となる。


 オケラモドキが居たであろう地面が融解を起こし、真っ赤になってボコボコと沸騰している。


 MOBをスパークさせ、地面まで一瞬で融解する程の、とんでもなく超高密度な熱放射だ。


 この与ダメ量も明らかにおかしい。


 もしかしてSクラスだから、クラス補正として何かが加算されているのだろうか。


 いや、クラス補正だとしても威力が桁外れだから、これも不具合という事だろう。


 なぜこんな物を装備させようとしたんだ……。


 ユキを一人占めしてる嫌がらせだろうか。





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