第15話:良い事だらけだった
ユキは、遅くなってしまった昼食を食べるために、もう一度ログアウトをするそうだ。
なんだか心が痛む。ガチャカプセルですっ転んだお陰で勘違いさせてしまい、ランチが遅くなってしまった訳だから。
俺はユキに顔を向けた。
「それならユキ。レストランの料理長にメール入れておくから、何でも好きな物を食べておいで」
エアパネルでログアウト操作を始めていたユキが、指を止めて俺と目を合わせる。
「そのレストランって、うちのマンションの地上部にある高級レストランの事だよね?」
「そうだけど」
ユキは首を横に振った。
「遠慮するよ。僕は天然素材より合成素材の方が口に合ってるからさ」
「そ、そうか……」
「ミリアが作ってくれるなら食べてもいいけど?」
「俺が料理下手だと知ってて言ってるのか? まともに作れた料理なんて無かっただろ?」
にこりとするユキ。
「それもそうだね。でもさ、一つだけ美味しいのがあったよ?」
「そ、そうなのか? どの料理が美味しかったんだ?」
「それは秘密。それよりミリアはお昼どうするの?」
毎日きちんと早起きをするユキとは違い、俺はかなりのお寝坊さんだ。
それに昨晩は、ニューヨーク外国為替市場の現地担当者と明け方近くまでリモートミーティングをしていた事もあり、今日の起床時間は午前11時近かった。
「ランチを兼ねてボリューミーな朝食を取ったからお腹空いてないはず。俺、あ、私はユキがログアウトしてる間にチュートリアルクエスト終わらせて、少しでもレベ上げしておきたいかな」
笑顔で頷くユキ。
「その方がいいねミリア。じゃあ僕は自分で昼食作って食べるから、少し時間が掛かるかもだけど、食べ終わってログインしたら個人トークを飛ばすね?」
「うん。レベ上げしながら待ってるよ」
ユキは再び俺をハグしてからログアウトした――
「よおおおおおおし! お父さん頑張るぞおおおおおお!」
◇
――客室のクローゼットを開け、個人倉庫とアイテムボックスをリンクさせる。
補助機能が優れているので簡単だ。
これでアイテムボックスには、冒険者の箱しか入っていない。
冒険者の箱を指先で2回つっつく。
『[システム]冒険者の箱を使用しますか?』
――YES!
十種ある初期装備を全身に装着できた。
ようやく……ようやくだ!
ここで、少女である俺の初期装備を、取り敢えず三つだけ紹介しよう。
1、頭装備、布のバンダナ。
因みに頭装備は、反映させるかさせないかを任意で選べる。
ロリっ娘である俺の金髪ストレートロングには似合いそうにないので反映させていない。
2、胴装備、布のベスト。
前開きになっているが、ボタンも紐も付いておらず、小さくて質素なベストだ。
これでは、走っただけで胸元が開くので、胸が見えてしまいそうだが……ブラはどこいったんだろうか。
3、腰装備、布のワンピース。
胸元にボタンが一つだけ付いた、ひざ丈のスキッパーワンピースだ。
ワンピースだから、胸は見えないので安心だ。
後でちゃんと、ブラがセットになってるか確認しよう。ゴホン。
それにしても、このベストもワンピースも見るからに素朴な色合いで、初心者なのは一目瞭然だ。
逆に今まで反映されていた仮の服の方が、若干見栄えが良いとも思えるのだが。まぁ質素さは五十歩百歩。
客室を飛び出した俺は、お姉さんの元へと駆ける――。
◇
「はぁっ、はぁっ……お姉さん、チュートリアルを受け直したいのでお願いします!」
お姉さんの、パァァァーとした笑顔。
「可愛らしい冒険者さん、戻ってきてくれたんですね! それでは、転送を開始しま~す」
◇
チュートリアルとセットになってるオープニングムービーが始まった。
気になっていたので、今度はユニコーンを選択した。
空も良かったが大地も良い。
ロリっ娘な俺を乗せて大自然の中を疾走するユニコーン。
トンボのような羽のついた小さな妖精たちが、キラキラとしたエフェクトをまとい、ユニコーンを追いかけてきては、燥ぐように手を振ったり、投げキッスをしたあと、見送ってくれる。
もう素敵すぎる――何度でも体験したい!
◇
そして、いよいよチュートリアルクエスト。
初期のメイン武器は短剣。サブ武器は小さな木の盾だ。
先ずは数分間の説明を、お姉さんNPCから受ける。
ふむふむふむふむふむ……このお姉さんの、どでかい胸が気になって、説明が全然頭に入ってこないんだが……。
「――説明は以上で~す。では実際にやってみましょう。まずはモンスターの確認からで~す」
説明は頭に入ってないが……。まあいいか、なんとかなるだろう。
早速、少し先にポップした練習用のMOBをジロジロと目視。
『対象の確認、クリア』
え、これでクリアなのか? 今ポップしたイノシシのようなMOBを見ただけなんだが。
……ま、まぁ、ゲームコントローラーもキーボードも無い訳だから……こういうものか。
「次はダッシュでモンスターに近づいてくださ~い」
タッタッタッタッタッ。
「ふぅー」
『ダッシュ、クリア』
……まじか? 5歩だぞ。
「次は攻撃してみてくださ~い」
「えいっ!」
――スカッ!
『攻撃、クリア』
いや、空振りしたから当たってないんだが……
「ポーションを渡しますから、飲んでみましょう」
――スポンッと蓋を取り、口を付け、
「ごくごくごく……これ、うまっ!」
――ゲプッ。
『ポーション使用、クリア』
お姉さんが、たわわな胸を揺らしながら拍手をしてきた。
「大変良く出来ました~。チュートリアルは以上でおしまいで~す。これは私からのささやかなプレゼントで~す。今後の冒険に役立ててくださ~い」
――えっ、まじこれで終わり?
『[システム]アイテムボックスが100枠になりました。更に装備品専用枠が10枠追加されました』
おおおっ――百枠も増えるのか。すげぇ! 五十万円得した気分だ!
「では、可愛らしい冒険者さん。最初のジョブを決めて下さ~い」
直後、目の前の空間にジョブ一覧が表示された。
うーん……悩む。
でも俺ビビりだから遠距離職がいいな。
……操作が簡単そうな遠距離職といえば、やはりメイジだな。それにメイジなら、ユキがプレゼントしてくれたロッドだって使える。
俺が空間に手を伸ばしてメイジを選択すると、お姉さんNPCは再び胸を揺らしながら喋り始めた。
「メイジですね。では、初期装備の短剣と盾を装備から外して渡して下さ~い」
言われた通りに短剣と盾を渡すと、長さが1メートル程の、見た目から渋い感じの木の杖と交換してくれた。
『[システム]木の杖を入手しました。装備しますか?』
うむ、YES。
おおおーっ! これぞ王道ファンタジーの木の杖!
――シンプル、イズ、ベスト!
アンティーク調で、節といい木目といい、円形状にクルリと曲がった上部といい、魔法職であるメイジに最も似合いそうな一品ではないか。
テンション上がってきたぁぁぁぁ!
――くっ、簡単だし良い事だらけのクエストなのに、最初からスキップしてた俺が大馬鹿だったぁぁ!
これを面倒くさいなんて思う奴の気が知れない……あっ。
「それでは、バドポートの広場へ転送しま~す。バイバ~イ、可愛らしい冒険者さん。素敵な冒険を~」
「うん、バイバーイお姉さぁぁぁん。ありがとぉぉぉ」
胸を大きく揺らしながら手を振るお姉さんに、感謝の気持ちを込めて大きく手を振り返した俺は、バドポートの中央広場にあるポータルへと転送された。
◇
ふうむ……まずは宿屋に戻ろう。
チュートリアルクエストが予想以上に早く終わったので、宿屋の延長時間が残っているうちに、個人倉庫からドリームカプセルを回収しておいた方がいいからな。
俺は駆け足で宿屋の客室に戻ると、はぁはぁと息を切らせながら個人倉庫にアクセスして、ドリームカプセル五百個をアイテムボックスへと移した。
――おっと、ついでだからレッドクリスタルロッドSも取り出しておこう。アイテムボックス枠は百枠に増えてるから、1枠使うも2枠使うもそう変わらない。
よし。早速ガチャカプセルを開けてみるか。98個まで開けられるから、そこそこ高値で売れるようなレア品も出るだろう……いや、駄目だ。
俺はユキの前で心に誓ったんだ。ユキに嫌われない努力は絶対に惜しまないとな。
――なので今はレベ上げが最優先だ!
……それにしてもこの客室は良く作られているな。
俺は改めて室内を見まわしながらドレッシングルームに入ってみた。
「ちゃんとお湯も出るのかな?」
ドレッシングルームに備え付けられている洗面台で、お湯の蛇口をひねってみると、程よい温度のお湯が出てきた……。
――すげぇ! よし、シャワーでも浴びてみるか。
不具合だとしても自分の身体なんだから、どんだけ鑑賞しようが罪にならんだろ。
……待て俺、早まるな俺、素っ裸のロリっ娘を鑑賞するなんてそれこそ変態ではないか俺。
それに今はレベ上げが大事だろ俺。
――目的を見失うな俺!
そう自分に言い聞かせた俺は、カウンターの女将に鍵を返すと宿屋を出て、南ゲートへと向かった。
バドポートの南ゲートを出ると、そこには『インセクトステップ』という草原が広がっている。
ゲートの外側から、はるか地平線まで続いているように見える一本道は、多くの冒険者達に程よく踏み固められ、靴を履いていても尚、心地よい土の感触を伝えてくれそうだ。
さて、レベル1のMOBを探そう。
ところが、背丈の高い草が生い茂り、MOBが潜んでいるだろうと思われる場所では、既に大勢のプレイヤーが狩りを行っていた。
ゲートに近い場所だから混み合ってるんだな。
だが、ここまで混んでいると、俺は遠距離職だから、意図せず近距離職の獲物を横取りしてしまう恐れがある。
他のプレイヤーとの揉め事だけは避けたいので、俺は人の居なさそうな場所を探すべく、一本道をとことこと南方向へと進んでいった。
左右には所々樹木も生えていて、木陰で休憩もできそうだ。
なんかいい。大自然の中にいるようでほんといい。
「ピークニーックやっほー、ピークニーックやっほー……」
即興で作った歌を歌いながら、柔らかい日差しの中。
艷やかな金髪をなびかせて俺は進む。
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