第14話:ゲーム感覚か否か



 ユキが最初に説明してくれたのは、このゲームでの通貨についてだった。


 金額の後に付けられている『E』は、やはり俺が気付いた通り、スパークスでも使われていた通貨単位『エリプス』の略だったようだ。


 エリプスという言葉の響きが懐かしい。


 スパークスを無課金でプレイしていた頃は、バトルアリーナの賞金目当てで張り切ってた時期があったなぁ……。


 今日は賞金で百万エリプス稼いだぞー、とか、ほんと頑張ってたな俺。


 あの頃、1対1バトルは何連勝してたっけ、千勝までは数えてたけど、まぁ、負けたことだけはなかったな……それに、あんな事さえ無ければ……。


 おっと、話が逸れるところだった。


 通貨単位の説明が終わり、にこにことしているユキを改めて観察する。


 胴防具は、極端に丈の短いショートレザージャケット。色は黒。

 ショートレザージャケットの下には、黒いへそ出しインナーシャツ。


 腰防具は、極端に丈の短い黒のレザーショートパンツ。

 その下に脚防具として膝丈の黒いスパッツを履いている。


 更に腰防具であるショートパンツの上には、片側結びで黒い布を巻いている。

 そして靴は、トラックソールのショートブーツ。色はもちろん黒。


 可愛いに加えてセンス抜群。黒で統一しているので、ユキのメインジョブであるアサシン系の防具感がよく出ている。


 じろじろ観察していると、ユキはジャケットのポケットから銅貨を一枚取り出した。


「見てごらんミリア。このゲームで使用されている硬貨は楕円形なんだよ」


「――成る程! 楕円形だからエリプス、そのままの意味だったんだ……」


 長年の謎が解けた気分だ。


 スパークスでは、物を買うにしても売るにしても、数字が移動するだけだったから、通貨単位の意味まで考えた事は無かった。


 ユキが再び俺の顔を覗き込む。

「ゲームなのに通貨の実物が有るって面白いでしょ?」


「うん、それを見るまで、俺……い、いや、私、何でエリプスって言うのか知らなかったよ。スパークスと違って、スパーク・オン・ファイアは、徹底的にリアルさを追求してるって事だな、あ、だよね」


「ウォレットも外見上は反映されない仕様なんだけど、僕のようにポケットで登録することも出来るんだよ。それとね、金貨でも銀貨でも銅貨でも、残高分の硬貨が入ってるって設定になってるから、いつでも取り出せるんだよ」


「硬貨で支払うって、重要なファンタジー要素だから、ファンタジーファンは大喜びだな……だよね」


「気に入ってもらえてよかった。あ、勿論、ウォレットはキャッシュレス決済にも対応してるからね」


「まぁそうだよな。いちいち面倒くさいって人も一定数は居るだろうからな。あ、だよね」


 前のめりだった姿勢を正したユキは、

「ちょっと見ててね」

 そう言って、テーブルの上に硬貨を並べ始めた。


 ふむふむ。並べた硬貨は全部で七枚、七種類。


 ファンタジー感を損なわないため、紙幣を取り入れないというのは、大変素晴らしい考えだ。ファンタジーへのこだわりが半端ない。


 硬貨をテーブルに並べ終えたユキの説明によれば、


 最初に出していた小さな銅貨が、一エリプス。これは、長い方向で2センチ程度。カメオのような楕円形という事もあってか、何だか可愛らしい硬貨だ。


 次に並べた、赤味を帯びた銅貨が、十エリプス。長い方向で2.4センチ。

 三番目に並べた、少し白味を帯びた銅貨が、百エリプス。長い方向3センチ。


 ほほう、銅貨は三種類あるんだな。


 四番目の銀貨が、千エリプス。長い方向2.7センチ。

 五番目の銀貨が、一万エリプス。長い方向4センチ。


 うむ、銀貨は二種類だな。


 六番目に置かれた金貨が、十万エリプス。長い方向3センチ。

 最後に置いた七番目の金貨が、百万エリプス。長い方向5センチ。


 単純な10進法で、5や50、あるいは500などのハーフ単位の硬貨は無いみたいだが、百万まであるのはなんだか凄い。

 

 それにしても、四番目の銀貨までは、割と質素な模様と数字が刻まれているのだが、

 五番目の銀貨以降は、価値が高いほど、その価値に見合うと言わんばかりに、大変美しい模様が彫られている。


 ああ――ファンタジーといえば、やっぱこれなんだよな。


 ――宝飾品が入れられた宝箱と金貨の山!

 そして、金貨の山に突き立てられた宝剣!


「ミリア、何だか楽しそうだね」


「そりゃあテンション上がるってもんだろ。こんな素晴らしいファンタジー世界に居るんだからな、あ……だもの」


「まだあるから、取り敢えず座ってくれる?」


 おっと、立ち上がってバンザイしてた。

 椅子にちょこんと座り直す俺。


「これが一千万エリプス金貨だよ」


 ――ガタッ!

 俺は思わず腰を浮かせて身を乗り出した。


 ……大きさは、長い方向で12センチ。厚みは1センチ、といったところか。


 その金貨には、ルビーのような宝石と、サファイアのような宝石が、長い方向で対を成すように埋め込まれている。


 埋め込まれているそれらの宝石は、平面部分の面積が大きくなるバゲットカットで仕上げられているので、ステンドグラスのような趣がある。


 眩いばかりの輝きに、思わず目を細めてしまう。


 ……うむ、これまで並べられた銀貨や金貨と比較にならないほど、非常に美しい金貨だ。美術品としての価値も高そうに見える。


 一千万エリプス金貨の表面も裏面も、彫刻部分以外は平面になっているので、積み重ねられるよう作られているのだと思われる。素晴らしい。


 ……まぁ俺は現在、百エリプスしか持ってない訳だが。


「……もしかして、一億エリプス硬貨とかもあるのか、い、いや、あるの?」


「あははっ、ミリアなら聞いてくると思ったけど、流石にそこまで高額な硬貨は実装されて無いよ」


 良かった。硬貨を積み上げるのは男のロマンだからな(カジノのチップ的な感覚)。

 ……まぁ俺は現在、百エリプスしか(以下略)。


 あー、それにしても楽しいなぁ。


 ユキは、テーブルの上に並べていた硬貨をポケットに戻すと、今度は武器についての説明を始めた。


 俺は両手で頬杖をついて、可愛いユキを間近で眺めながら聞き入った。


 ユキの説明によれば、S武器は各クラス『一個限り』という限定品らしい。


 ううむ……最高レアが各クラス一個限りで早い者勝ちなんて、よくそんな設定で企画が通ったな。


 だが……要するにレッドクリスタルロッドSは、後にも先にも俺だけが持っている武器という事になる。


 只の激レアでは無かったんだな。道理で人だかりが出来る訳だ。

 だが、そんな貴重な物を俺に譲ってくれたのか?


 俺は、頬杖を解いた腕をテーブルに置く。

「俺なんかより、ユキが使った方が良いと思うんだけど」


 ユキが首を振る。

「ううん、Sレアを引き当てたのはミリアの運だよ。だからミリアに使って欲しいんだ」


 ユキが俺の運だと言うのだから、その気持ちを汲むべきだな。

 だがな……


 ダイス権を放棄してくれた事や、色付き宝箱には確定で武器が入っている事。

 黙っていても後で分かる事なのだが、敢えてそれを言わなかったというのが引っかかる。


 う……む。今更ほじくり返しても誰も得をしないから、この件は一旦保留だ。


 それよりも、今重要なのは……

「あのな、ユキ……ちょっと聞きたいんだが、あ、聞きたいんだけど」


「ミリアはボイスも可愛いんだから、だよねを付け足したり言い直す必要はないと思うんだけど、なあに、ミリア?」


「ユキはアラタの事をどう思ってるの?」

「強くて優しくて人望が厚い、パーフェクトなギルマスだと思ってるよ」


「……す、好きか嫌いかでいうと?」

「好きに決まってるよ。マスターが嫌いなギルメンなんて、アンデルセンには居ないと思うよ」


 そういう意味で質問したんじゃないんだが……ならば、愛してるか愛してないかで質問し直すか。

 いやいや、それこそオッサン臭い質問だった。やめとこ。


「ゆ、ユキは将来、結婚したい人とかは……も、もう居たりするの?」

 これくらいにとどめておくのが無難だな。


 ユキは俺を直視したまま、唇に人差し指を当て、

「んー、ミリアと結婚したいかな」


「――えっ⁉」


「僕じゃ嫌だった?」

 そう言って首を傾げた。


 ――可愛いかよ!


 お、落ち着け、落ち着くんだ俺……。


 もしかしてユキは、ゲーム感覚で言ってるんだろうか。まぁ、プレイヤー同士でパートナーになる、ゲーム内挙式なんてのもあるくらいだからな。


 だけどな。俺、リアルでは一応お前の父親だぞ。

 冗談でもそんな事を……まぁ、嬉しいんだけど!


「て、照れるからもうやめてくれないか……」

「分かったよミリア。でも、僕との結婚、考えておいてね?」


「う……ん~……」


 息子にからかわれる父親って……いや、ユキが俺をからかうなんて事が今まであったか?

 う~ん……それだけ大人になったって事なんだろうか……。


 俯き加減になったユキが、上目遣いになった。


「……ねぇミリア。僕を身籠ったのを知って、ミリアはネットゲームから引退したって、母さんの口から聞いたんだけど、辞めるきっかけになった僕が、ネットゲームしてるのは嫌だった? 今回もやっぱり、僕に気を遣って始めてくれただけ? 断ってもよかったんだよ?」


 ……質問が多いときは不安なんだ。

 お前の癖を俺が知らないとでも思ってるのか。


 俺は立ち上がるとユキへと駆け寄った。

「自分の意志で引退したんだ。タイミングが重なったというだけだ。だからユキは関係ない。ユキは何も悪くない」


 座っているユキを、背中からそっと優しく抱きしめる。

「ユキと一緒にゲームが出来て、俺は凄く幸せだ。愛してるぞ、ユキ」


 息子への愛してるの使い方、最高だと思わないか?


 ユキは立ち上がると振り返り、渾身の力で俺を抱きしめ返してきた。


「――僕も愛してる。ミリアを愛してる! ミリア……ミリア……あぁミリア、愛してる!」


 ――ちょっ、強い、腕の力強いから! ギブギブギブ……


 ユキがヤバい!

 明らかに俺を父親として見ていない。確かに俺のアバターはロリっ娘だが、お父さんはお前をそんなロリコンに育てた覚えはありません。


「お、落ち着くんだユキ。俺はお前の父親だぞ!」

「ううん、ミリアは僕のミリアだよ!」

「言ってる意味が分からないぞ、ユキ!」


 ユキが突然両腕を解いた。

「な~んてね。びっくりした?」


 一瞬、そう、ほんの一瞬だけ、何かの違和感を感じたのだが……いや、俺の思い過ごしだったか……。


「吃驚するに決まってるだろ。すっごく嬉しかったけどな」

 あぁ。心の声の部分まで言葉に出してしまった。


「あははっ、ごめんね、ミリアが可愛いのがいけないんだよ?」


 ふぅ~、からかわれていただけか……。


 まぁ、ゲームだから羽目を外すのは大いに結構。ユキが喜んでくれるなら、何度だってからかわれてやるぞ。


「あははははっ、やったなユキ。すっかり騙されちゃったよ」



 ああ――俺だけが異性アバターになっている事や、ユキがそれを黙認している事。


 それに、無い筈の痛覚が自分にだけ有る事も含め、自分の身に起こっている不具合など、どうでもいいと思う程、俺は浮かれていた。







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