第13話:幸せすぎて目眩がする



 視界モニターの右上に、返信メールをすぐに確認できるよう、ブラウザを半透過で表示したまま、歩調を合わせてくれているアラタと並んで宿屋へ向かった。


 しばらくすると、お知らせ欄に新着メールの表示がついた。

 逸る気持ちを抑え、内容を確認してみる……


『送られてきたデータ見ました。完全に僕の勘違いでした。ログアウトしちゃってごめんなさい。シャワーを浴びたらログインしてさっきの宿屋に行きます。マスターにも謝りたいので、できればマスターと一緒に待ってて欲しい。』


 噛みしめるように読み終え、目頭が熱くなってきた時、宿屋の前に到着した。


 宿屋で婚約発表されてもお父さん泣かないぞ。お前がアラタを好きなことは分かっているからな。


「ミリアちゃん、大丈夫?」

「……あの……アラタさん……」

「なんだい? 何でも言ってごらん?」


 涙を拭った俺は大きく息を吸い込んだ。

「――ちゃんと責任取って下さいね!」


 誤解の責任取って俺の息子と婚約しろ。お前なら許す!


 様々なアバターの周囲のプレイヤーたちが立ち止まり、こちらを注視しているのが分かった。

 ささやき声も聞こえ、少しずつ人垣ができていく。


 まあ、人通りの多い街路に面したラブホ……ではなく宿屋の前で、「責任取って下さいね!」などと、大きな声で言い放ったのだからな。


 うむ。観衆が増えたので更に付け加えておかねばなるまい。


「初めての経験だったから、本当に痛かったんですからね!」


 うむ。このゲームですっ転んだのは初めてだったから、嘘は言ってない。

 これは俺をお子様扱いした罰。それと、将来、息子を嫁にもらうお前への嫉妬だ。


 中通りを往来していたプレイヤー達の中でも、特に女性キャラ達から厳しい視線がアラタに降り注ぐ。


「[Fm:アラタ]み、ミリアちゃん……その言い方だと誤解を招くからやめてくれないかな」


 む……敢えて個人トークだと? 何故周囲にも聞こえる一般トークで弁明しないんだ?

 今の言葉をそのまま出せば、みんなの誤解が解けるかも知れないのに。


 そして更に人が集まってきた。何やら修羅場っぽい雰囲気だからだろうか。

 ところがアラタは、きりりと顔を引き締めて俺の肩に手を乗せた。


「わかった。必ず責任は取ると約束する!」


「「「「「おおおおおおおおーーーーー!!」」」」」


 大歓声だ。中には拍手する者さえいる。


 ――これはまさかの反撃! しかもクリティカル。

 うむむむ……そうきたかイケメン。


 ふっ……だがいいだろう。お前には色々と恩がある。それに、息子の婿になる男なのだからな!


「じゃあ早く私を宿屋に連れ込んでください」

 早くガチャカプセルを回収しなきゃならんしな。


「だけど……(ユキの事は放っておいても)大丈夫なのかい、ミリアちゃん?」


「さっきは初めての経験だったからとても痛かったけど、もう大丈夫です。今度はもっと優しくしてくださいね?」


「分かった。責任を取ると言った以上、今度は(ミリアちゃんが転んだりして)痛がらないようにするよ。でも本当に(ユキの誤解を解かなくても)いいのかい?」


 おいアラタ。お前墓穴を掘ってるぞ……うむ、ならば期待に答えねばな。

「私……(お前ならユキのことを幸せにしてくれると)信じてるから大丈夫です」

「うん。元気になったみたいでなによりだね。じゃあ客室に戻って(ガチャカプセルの回収を)早くしよう」


 ふっ、完璧だ。

 多少天然が入ってるっぽいアラタは、既にユキの誤解が解けている事を知らないからな。


 ここは、宿屋でユキと再開するサプライズを与えてやろうではないか。


 野次馬共が『やれやれお熱いことで』といった感じで散開していく。いや、苦笑いを浮かべながらと言うべきか。

 まぁ、俺がロリっ娘なので、みんな複雑な心境なのだろう。


 ……面白いな、このネトゲ。


 性別に関しては本人と同じでなければならないという規定があるようだが、見た目、要するにアバター年齢に関しては規定を定めていないので、いわば合法な部分がある。


 このゲームに限らず、現在のバーチャルは質感も限りなくリアルに近いので、近年、バーチャルの風俗業なども増えているのが現状だ。


 世間では、いくら中身が二十歳以上だとしても、アバターをロリっ娘やショタっ子に出来るバーチャル風俗が、合法か違法かで議論が分かれている所も有るというのは念頭に置いて頂きたい。


 まあ、CEROーCではお子様も多いので、リアルと同じく色々と注意が必要と言うことだ。


 このゲームが安心だと思える所は、行動データが残るという事だろうか。

 行動データを証拠として運営に通報すれば、違反行為が確認された時点で相手はBANされる。


 新たにアカウントを作るにしても、DNA認証による登録が必須なので、BAN暦の有る前科者は、二度と同じゲームは出来ない。なので抑止効果は絶大だ。


 そのお陰なのか、最近ではネトゲでそういった違反行為が横行しているという話は聞かない。


 ――おっと、こうしちゃいられない。ガチャカプセルをとっとと回収しなければ、ユキに示しが付かない。


 俺のように金銭感覚がおかしくならないようにと、敢えて一般的な高校生のお小遣いの平均額に近付けているので、ユキの月々の小遣いは一万五千円だ。


 二十五万円分もガチャ買ってるのがバレたら、それこそ何言われるか分からない。


 アラタより先に宿屋へ駆け込んで客室に向かい、ドアを開けた俺は振り返るなり声を上げる。


「アラタさん、急いで回収しますからそこで待っていて下さい。それと、決して中を覗かないで下さいね」


 そして急げ俺、急がないとユキが来てしまう。だが慌てるな。慌てるとまた踏んづけて転びそうだから。


 まとめて全部拾う機能は無いのかな。などと思いつつ、客室の入り口付近からガチャカプセルを回収していく俺。


「一体何個あるんだい?」


 ビクゥッ!

「の、覗かないでって言ったじゃないですかアラタさん」


 アラタが顔をそらしながら頭をかく。

「ごめんごめん。でも、本当に手助けしなくていいのかい?」


「け、結構です。さ、三十個くらいしか有りませんから……あ、確認しようとしないであっち向いてて下さい。お、多くても四十個ですから」


「そうかなぁ……ざっと見た感じ、もっと沢山あったような気が……」


「き、気のせいだと思います!」


 ドアのほうに体を向けたアラタが、指先を動かしながら声だけ掛けてきた。


「あ、どうやらユキがログインしたみたいだよ、現在地はバドポートのポータルか。個人トークで教えた方がいいかな……あ、まっすぐこっちに向かってる。良かったねミリアちゃん」


 どうやらユキを対象にプレイヤーサーチをしているようだ。


 今ログインしたなら、ここに来るまで少し時間が掛かるだろう……だが、五百個も拾うのって結構大変だ。急げ急げ、ユキが来ちゃう。


 アイテムボックスにポイポイポイポイポイポイ……

「よいしょ、よいしょ、よいしょ……」


 ふぅー、これで百個くらいは拾ったか。

 まぁ全部は無理でも、残り五十個くらいなら誤魔化せるかもしれ……


「ミリア。範囲とアイテムを指定して一括取得すれば早いよ?」

「うわぁ~い、一括で拾える――って、ユキ⁉」

 ――ビクッビクッ。

 

 ……ポータルからここまで割と距離があるのに、ユキの足――速っっ!


「さっきミリアが送ってくれたデータで、ガチャの個数は分かってるからね?」

 にっこりとするユキ。


 ――あっ! アイテムボックスを開いて指で突っついてしまうシーンからのデータを送ってるんだった!


 1枠に五百個ストックしてたのバレてるぅ!


 だが、あの部分からじゃなければ誤解を解く事は出来なかった。

 す、素直に謝ろう。


「兄妹で色々と話したいことがあるみたいだし、オレはお邪魔だから先に失礼するよ。宿代も延長してるから心配要らないぞ。じゃあユキ、ミリアちゃんは任せた」


 ま、待て――気まずいから待ってくれよアラタ。


 それに、ユキはお前に告白したがってるんだぞ。一緒に来るようにメールにも書いてあったんだからな。


「マスター。色々と迷惑掛けちゃったみたいでごめんなさい。それと……」


 その調子だユキ、頑張れ。お父さんも応援しているぞ。


「……ミリアの面倒を見てくれてありがとう」


 んー、焦れったいぞユキ。お礼ついでにそのまま告白してしまえ。


「ユキ。お礼なんていいよ。オレが勝手にお節介を焼いただけだからさ。それにしてもミリアちゃんはお兄ちゃんが大好きらしいぞ。こんな可愛い妹がいるなんて、ユキが羨ましいよ」


 おいおいアラタ。俺が可愛いなんてどうでもいいから、ちゃんとユキの気持ちを汲んで、告白しやすい雰囲気を作ってやれよ。


「うん、マスター。僕もミリアがいて幸せだよ。できれば結婚したいくらい、僕はミリアが大好きなんだ」


 それは俺じゃなくてアラタに……いや――ちょっと……え?


「アハハハ、相当仲がいいんだね。それじゃユキとミリアちゃん、またな」


 客室を出たアラタが、パタンとドアを閉めると同時に、ユキが俺を抱きしめてきた。


「変な誤解しちゃってごめんね、ミリア」


 うおおおおお――ユキにハグされてる!


 アラタの事も含め、様々な疑念が、全て頭から吹き飛んでいく。

 嬉しい……嬉しいぞ……うっ……ううっ……ぐすっ……


「謝らなきゃいけないのは俺の方だ。ぐすっ、今度からきちんと話を聞く。ユキの言葉に絶対耳を傾けるから。ぐすっ……だから……嫌いにならないで……うっ……ぐすっ……」


「じゃあミリア。一つ聞いていい?」

「ぐすっ……うん、ぐすっ」


「五百個もドリームカプセルを買ったのは、どうして?」

 ――ギクゥッ!


「……は、早くユキのマイルームに行けるようになりたかったから……あ、当たり品を売って……げ、ゲームマネーを稼ごうかと……」


 ユキがハグを解く。

 俺は怒られるのを覚悟してギュッと目を閉じた。

 刹那――額に暖かな感触が伝わってくる。


「――チュッ。大変よく言えました」


 どうやら、おでこにキスをされたようだ。幸せすぎて目眩までしてくる。

 ……正直に言ってみるもんだ。


 ユキは俺の手を引いた。そしてベッド……ではなく椅子に座らされた。


 円形の小さなテーブルを挟んで、向かいの椅子に腰を下ろしたユキが、そのテーブルに身を乗り出して、間近で俺を見詰めてきた。


 改めて言うが、ユキはリアルのフォトデータをアバターに反映している。

 どこからどう見ても、うーん……可愛い男の娘エルフだ。


「今度はきちんと僕の話を聞いてくれる?」

「――勿論、きちんと聞く!」


 そこからユキは、ゲームに関する様々な説明を始めた。


 




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