第12話:取り扱いには注意が必要



「これ以上は何も言う必要はないみたいだね。じゃあオレはギルドハウスに戻るから。何かあったらまず、オレかユキに個人トークでも飛ばしてくおくれよ。フレンドリストから簡単に送れるからね」


 頭を撫でられているが抗えない。恥ずかしい気持ちと悔しい感情が入り乱れている。本当に自分が情けない。


 俺は涙を拭いながら小さく頷いた。それしか出来なかったというのが正解だが、どうとでも思ってくれ。まんまお子様だ。


「ああ、そうそう。この部屋のクローゼットは個人倉庫とリンクしてるから、荷物はそこに預けられるからね」


 くっ……俺が荷物を預けなければならない事を踏まえて、部屋を借りてくれたんだった。


 ラブホとか逮捕とかロリコンだなんて思ってスマン。


 このイケメン、やはり只者ではないな。

 恐らくユキに俺の事を聞いて、一も二もなく駆けつけてくれたんだな。


 それに引き換え、俺の思考はお子様そのものだ。昔から全く進歩していない。

 こんなだから俺は、妻になってくれた莉佳にも呆れられたんだろう。


 いつの間にか俺は、嫌な大人になっちまってたのか……。


 ……いかん、滅茶苦茶ネガティブになってしまった。これでは、心配してくれていたアラタに失礼だ。


「あ、あの……アラタさん。えっと……」


 俺が泣いてたなんて、ユキにだけは言って欲しくない。俺のカッコ悪い所なんて知られたくないんだ。それに、折角ユキがプレゼントしてくれたSロッドを……


「何だい、ミリアちゃん。Sロッドを売ろうとした事なら、ユキには内緒にしておくけど?」


 うぐっ……手のひらで転がされるとはこの事か。いや、俺の思考回路が単純になりすぎているのか。


 ここはどう返せばいいんだ?


「が……ガチャを回す女の子は嫌いですか?」

 ――うっは。最早自分がなに言ってんだか分かんねぇ!


「何か欲しい物でもあるの? 別に嫌いにはならないけど、折角もらったお小遣いをガチャに注ぎ込むのは感心しないなぁ」


 自分で稼いだお金なんだが……まぁ、確かにそれは正論だ。子供にギャンブル性の高いガチャというクジを引かせるのは、ギャンブル依存症の芽を育む事にも繋がりかねないからな。


 とりあえず、言い訳をしておこう。

「み、ミニスカサンタのコスチュームが欲しいんです」


 アラタが小さく頷く。

「そうなんだ。でもあれは季節限定クエストの特別報酬だから、課金ガチャからは出ないよ?」


「――え!?」

 今なんと申された……イケメンのそなたよ。


『ハッピークリスマス・ドリームカプセル』なんて書いてあれば、ミニスカサンタコスチュームは、ガチャの景品だと思うのが当たり前ではないか。


 ちょっと頭が混乱してきたんだが……。

 俺はすかさずアイテムボックスを開いてガチャカプセルを確認する。


『ドリームカプセル:何が出るかはお楽しみ。開けてみてね。』

[1個開ける] [まとめて10個開ける]


 ……だよな。普通に考えて、中身が見えないのがガチャだもんな。

 季節限定の課金ガチャから出るもんだと、俺が勝手に勘違いしてたってオチか……。


 ガチャではなくクエストの報酬だとは、予想がつかなかった。

 くっ!


 アイテムボックスの1枠に、重ねて五百個納められているドリームカプセル。

 こんなに買ったのに、ガチャから出ないなんて……。


 ドリームカプセルが収められている場所に指先を持っていく。


 あー、無駄な買い物をしてしまった……恥ずかしー!

 カプセルの場所で、無意識にのの字を描いたあと、コイツめっ、と、指先をつんっつんっつんっ――


 ――ガラガラガラガラガラ――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……


 ――うっは! ……どうやら、やってはいけない操作をやってしまったようだ。

 五百個のドリームカプセルを床にぶちまけてしまったあぁぁっ!


 ぬあぁぁぁっ! ガチャカプセル自体もここまでリアルに再現してるのか!


「あわわわわわ……」

「ミリアちゃん、これは……」


 どこまで誤魔化せるか――やってみるっきゃねえ!

 少女力全開じゃあぁっ!


 はにかむスマイルで、はにかむポーズを取る俺。


「ぱ……パパに貰ったお小遣いで買ったんですぅ」てへぺろ。

 いやいやいやいや、パパなんて言うと別の勘違いをされかねねえ!


「お、お父さんに貰ったお小遣いで買ったんですぅ」

 言い直したった。俺がお父さんなんだけどな。再度てへぺろ。


 あ、やべ。たった今、「お小遣いで買うのは感心しないなぁ」って言われたばかりだったぁ……。


 そして、慌てて拾い集めようとした俺は、床一面にぶちまいた直径が5センチ程のガチャカプセルを踏んづけてしまった。


 コロン――ドスンッ!

 うぐう……思いっきりお尻を床に打ち付けてしまった。


「痛てててて……」


 何かのギャグみたいに両足を跳ね上げてお尻から転ぶなんて、パンツ見えちゃったかも知れなくて、ちょっと恥ずかしい。


 それにしても形状保持の為なのか、このカプセルは落としても踏んづけても壊れない仕様なんだな。


「大丈夫? ミリアちゃん、さあつかまって――うわ――」


 ゴロンッ――ドッスーンッ!


 はい。壁ドンならぬ床ドンです。っていうかアラタって意外と鈍くせえ。

 カプセル踏んでテメエまですっ転んでやんの――


 ――うん。人の事笑ってる場合じゃねえな。床一面に五百個ものカプセルをぶちまけた責任は俺にある。しかも先にすっ転んだのは俺だ。


 その前に、近いぞアラタ。顔面が5センチの所まで迫ってるんだが。


 ……いや、まぁ、アラタは金属でできたカチューシャのような頭装備以外、ほぼフルプレートな鎧を装着している。


 うむ。すんでの所で、しっかりと両腕を床に付けて勢いを吸収し、俺をきちんと庇えたんだから、それだけの腕力と柔軟さが有るって事だ。


 仮にアラタじゃなかったら、俺は顔面に思いっ切りヘッドバットを食らってたかもしれない……痛い痛い痛い。考えただけで痛い。


 ――その時。ガチャッとドアの開く音がした。


「ミリアー、そろそろログアウトしてランチに――え!?」


 ――ユキ!? 何故ここに……


 小さくイヤイヤをするように、ユキは首を振り始めた。

「……そ、そんな……マスターとミリアが……そんな関係に……」

 うう……と唇を震わせ、絶望が浮かぶ瞳には、みるみる涙も滲み始めた。


「「待てユキ! 勘違いだ!」」


 ユキはブワーッと涙を引きながら客室を飛び出して行った。


 俺はアラタに抱き起こされ、急いでユキの後を追う……のだが。

 ユキのやつ加速しやがった。俊足が売りのアサシンエルフに、俺達が追い付ける筈もない。


 あっという間にユキの姿を見失ってしまった。


 俺はユキが駈けて行った方向に、暫くとぼとぼと歩いて立ち止まると途方に暮れた。


 ……くっ、泣いてしまいそうだ。


 ◇


 しばらく途方に暮れていた俺だったが、はっと気付いたようにユキへ個人トークを飛ばしてみた。


『[システム]只今ユキさんはログアウトしています。』


 ……色々と遅かったか。ログアウトしているならプレイヤーサーチも出来ない。


 俺も直ぐさまログアウトしてユキに弁明したいのだが、言い訳がましいと思われるだけだろう。


 ユキは高校に進学してから、父親とベタベタする年頃ではないと感じ始めたのか、最近俺を避けるようになっていた。

 以前はなにかとハグをするのが当たり前だったが、最近ではハグさえ拒否されていた。


 ――だから今日は嬉しかったんだ。

 ユキとゲームができて本当に嬉しかったんだ……


 だけどこれで、もう完全に嫌われてしまったな……


 見た目と同じ少女のように、嗚咽を漏らし始めた俺の手をアラタが引き始める。


「ミリアちゃん、あのカプセルを回収しなきゃいけないから、取り敢えず客室に戻ろう。それに、誤解はきっと解けるから心配要らないさ」


 茫然自失となった俺は何も考える余裕が無く、ただただアラタの言葉にうなずいて涙を拭う。


 とぼとぼ歩く俺の手を取り、歩調を合わせてくれているアラタ。


 ああ――ユキがここまで優しいイケメンを好きにならない訳がない。


 性格というのはリアルでも変わらないだろうから、ユキが望むのなら、いや、相手がこの男なら……俺は同性婚だって認めよう。


 なのに、ユキが大好きな男を、俺が誘惑したような勘違いをさせてしまった。


 ……あの体勢。

 そう、仰向けにすっ転んだ少女である俺の上に、覆い被さるようにすっ転んだアラタ。


 そこへ、タイミング良くも悪くも俺を迎えに来たユキ。

 プレイヤーサーチで俺が宿屋に居るのを確認したので、迎えに来たんだと思うのだが……。


 ――そりゃあ誰だって勘違いする。客室の入口方向から見れば、ラブストーリーのクライマックスシーンの様な有り様だったのだからな。


 ああ。ユキの視点から見れば、色とりどりにキラキラと輝くカプセルが、一面に散らばるフローリングの中心で、イケメンと美少女が抱き合っているというシチュエーションだ。


 更にアラタの赤いマントがベッドシーツのように、程よく二人の体を包んでいたので、何かの営みの最中という妄想を抱かせるには充分だ。


 加えて場所はラブホ(宿屋)。


 ――アウトだよ! 一片の曇もないアウトだよ! 果てしなくアウトだよ!

 恐らく、口も聞きたくないだろう。


 ……ログアウトするのが辛い。


 再び嗚咽を漏らし始めた俺の肩にアラタが手を乗せた。

 小さくとんとんと叩くその手からは、温もりまで伝わってくる。


 お陰で少し落ち着いてきたんだが……同時に疑問点が浮かんできた。

 それは、俺が客室でしこたまお尻を床に打ち付けた時の疑問だ。


 ――そうだ。このゲームでは痛覚は5パーセントしか再現されない筈なのだ。

 なのに俺のケツは、全く軽減されていないと思えるほど滅茶苦茶痛かった。


 ……これはどういう事なんだ?


 あの痛みが無ければ俺もすぐに立ち上がる事が出来ただろう。

 ケロリとして立ち上がっていれば、アラタが手を差し伸べてすっ転ぶ事も無かったのだ。


 いや、そもそもアラタは、痛覚が再現されていないと知っている筈なのに、なぜ俺に手を差し伸べたのか。


 これは恐らくアレだ。


 親と公園を散歩中に転んでしまった幼い子供が、実は柔らかい芝の上だったから全然痛くはないのに、甘えたいがために大袈裟に痛さをアピールする。或いは泣く。


「自分で起きなさい。痛くはないでしょ」

 と言って、放置する親もいれば、

「あらあら、しょうがないわね」

 と言って、すかさず起こしてあげる親もいる。


 アラタは後者……お前、お子様扱いが過ぎるぞ。

 ……いや、だが本当に痛かったのだ。


 もしかして、何も装備していない状態だと、痛覚が再現されるという仕様なのだろうか?


 いやいや、本当にそうなら、たとえ一切の注意書きを含め、オープニングムービーもチュートリアルクエストもスキップしていたとしても、フィールドに出ようとした時点で何かしらの警告が出る筈だ。


 オープニングムービーが終わり、チュートリアルクエストが始まった時点で、初期装備が配られ、それを装着してチュートリアルクエストをクリアしたら、その報酬でアイテムボックス枠が追加されるというのは分かった。


 プレイヤーは必ずそこを通らなければならないという事だ。


 だが、それをスキップしたプレイヤーに対して痛みを再現するのは、罰というには余りに厳しい。


 なにしろリアルと同程度の痛覚の再現は、精神への悪影響どころか、中枢神経の損傷を引き起こす恐れまであるみたいだからな。


 そもそもだが、このゲームは間もなくサービス開始から二年を迎えるので、俺のように先を急いで、チュートリアルをスキップし、MOBに攻撃されるバカなプレイヤーだって居たはずだ。


 それを運営が放置しているとは考えられないので、やはり俺だけに起こっている不具合なのは確定だ。


 ――待てよ!? って事は……


 レッドスライムに攻撃されて死んだ時に、痛みが全く伴わなかったのは、即死だったからか?


 ……なにそれ怖い。


 思わず身震いしたのが伝わったのか、アラタが俺の方を向いた。

 ……心配顔まで様になるイケメンだな。


 中身はオッサンなのに、将来の息子の婿に心配されてどうすんだ俺。


 それに、息子の婿になるであろうアラタに甘え、精神まで少女になりきり、現実逃避している訳にはいかない。


 優先すべきは、息子の勘違いをどう解くかだ。不具合のお陰でケツが痛かったなんて話、今はどうでもいいじゃないか。


 うーむ、考えろ俺。リアルでは大人なんだから……。


 ――あっ!


 そうか、二時間までならデータが残ってる筈だ。そう、人間の目の解像度とほぼ変わらない程の、鮮明な映像データが。


 それと、フルダイブしている状態でも、エアパネルからブラウザの起動が出来るので、ユキのメールアドレスへのデータ送受信も可能な筈だ。


 俺はすぐさまエアパネルを開くと、急いで映像データの送信作業に取り掛かった。


 古典型パソコンの感覚だと、人間の目とほぼ変わらない解像度とリフレッシュレートの映像データ量は膨大に思えるが、量子パソコンは処理速度がずば抜けているので、僅か1秒で送信が完了した。


 あとは祈るだけだ。


 お願いだ。この映像を見てくれ……ユキ。









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