第11話:息子からのプレゼント



 腕を組んでしかめっ面をしている俺は、未だバドポートの中央通りに立っていた。

 アラタも少女である俺に気を遣っているのか、急かしてくる様子は無い。



 突然、「ピコン」と、小さなお知らせ音が鳴った。


『[システム]アスドフさんからトレードの申請が来ています。トレード内容を確認しますか?』


 む、これは……アスドフをアルファベットにして略すとASDFだな。


 キーボードの配列順というネームのキャラは、昔からRMT業者と相場が決まっている。


 ……だが、気分転換という意味での気晴らしになるかもしれないので、確認するくらいは良いだろう。


 俺はYESを選択。


『(買)レッドクリスタルロッドS:(売)100,000,000E』


 ……ふむ。昔と同じなら、Eというのはゲーム内で使われるゲームマネーの通貨単位……確か、エリプスだったかな。


 まぁ要するに、1億エリプスで俺のレッドクリスタルロッドSを売って欲しいという事だ。


 だが、この街路は多くのプレイヤーが往来している。立ち話をしている者も多いので、どのプレイヤーが申請してきたのか、すぐに確認できる状態ではない。


 ともあれ、取り引きを申し込んできた相手が予想通りのRMT業者であるならば、俺から購入した後は、リアルのネットオークション等で売り捌いてリアルマネーを得るのだろう。


 仮に俺が取り引きに応じたとしても、この段階ではゲームマネーでの正当な売買に当たるので、利用規約には抵触しない。


 現在の俺の所持マネーは100E。これはNPCが経営するアイテムショップで、低級のHP回復ポーションが1本買える額だ。


 ふぅ~む……1億Eともなれば、プレイヤーズマーケットに出品されている、レベル1から装備できるレア品を、全身に揃えたってお釣りが来るだろう。


 ――よし売るか。


 だって俺は、現状レベル最強装備で全身を固め、床ペロしないレベ上げをする必要があるからな。


 激レアロッド一本なんかより、その方がユキのマイルームにプレゼントが置ける近道に決まってるじゃないか。


 アイテムボックスに余裕が無いお蔭でガチャを開けられず、ゲームマネーを稼げていないから、これはチャンスだと考えて良いのではなかろうか。


 それに、業者っぽい名前というだけで、業者だと確定している訳でも無いんだし。


 ――アラタがいきなり俺の手を引いた。


 ちょっ、アラタ。ロッド売るから待て。俺はこのロッドをさっさと売っ払ってゲームマネーを……


 アラタはグイグイと俺の手を引く。

「[Fm:アラタ]ミリアちゃん。いくら大金を積まれても、そのロッドは売っちゃ駄目だ」


 ――何故俺が、取り引きウィンドウを開いてると分かったのか聞きたかったが、アラタは何やら険しい表情を浮かべているので、個人トークを返せるような雰囲気では無かった。


 俺はアラタに手を引かれたまま、バドポートの中通りを南へと進んでいった。



 人混みから離れたので、俺は口を開いた。


「もういい加減に手を離して頂けませんか?」

「宿屋に付くまで離さない」


 むむ、口調も厳しい。


「アラタさん、手は繋いだままで構いませんが、何故私が取り引きのウィンドウを開いていると分かったのですか?」


「アスドフがミリアちゃんの方を見ながら、エアパネル操作のアクションを起こした時に、連動するように、ミリアちゃんが指を動かし始めたからピンときたんだ」


 ふむむ。あの人混みの中で、アラタはアスドフの姿を捉えていたという事か。


 しかもアスドフという名前を既に知っていたという事は、奴はそれだけRMT業者としての知名度が高いという事なのだろう。


 俺がロッドを売れば、結果としてRMT業者をはびこらせてしまう事になるから、険しい表情になっているのだと思われる。


 そして……俺に対しては、そういった裏事情までは知らない少女だと思っている。

 これは、まずい予感がする。


 宿屋に入ると、アラタはカウンターにいるNPCの女将に声を掛けた。


「休憩で一部屋」


 休憩でとか……ラブホかよ!

 ……いや、分かっている。


 今の雰囲気からして、アラタは俺に説教する気だろう。子供に説教をするような感覚でな。


 そう、正に聞き分けのない子供の手を無理矢理に引っ張って、家に連れ帰ってから叱る親の典型パターンだ。


 女将から鍵を受け取ったアラタに手を引かれたまま、木の香が漂う木造のロッジのような客室に入った。


 左側にはダブルサイズのベッドがあり、右側には、小さな丸テーブルに椅子が二脚。

 奥にも扉があるが開けられていて、ドレッシングルームが見えるので、バスルームも完備されているのだろう。


 うん。ベッド横の小さなサイドテーブルの上に、花瓶ではなくティッシュでも置いてあれば、質素だが完全にラブホだ。


 現実世界なら、既にこの時点で条例に触れている。

 ……アラタ、お前いつか逮捕されるぞ。


 そして、ベッドではなく椅子に座らされた。知ってた。

 アラタは丸テーブルを挟んで、俺の向かいに腰を下ろした。


 アスドフがRMT業者だと認識しているにも関わらず、売ろうとしていた後ろめたさがあるからか、アラタから顔を逸らして下を向く俺。


 そして上目遣いにアラタの顔をチラ見。


 ――!?

 微笑むイケメンの視線が突き刺さる。


 慈しむような笑顔……だ……と!?

 こ、これは、頭ごなしに説教されるよりキツい。むしろ厳しい顔と厳しい口調で説教してくれ。


「怒ってないから安心してよ」

 微笑みを崩さないアラタがポツリと言った。


 ……という事は、やべえ、コイツただのロリコ……


「ミリアちゃん、売るのは悪い行為じゃないよ。それに、見たこともないような金額を提示されれば尚更だからね」


 ……ロリコンじゃなかった。すまん。


 ここはどう返答すべきか。素直にRMT業者の存在は知っていたと言うべきか。


 そこそこ大規模なギルドのマスターをやっているくらいだから、恐らくアラタは規約違反に該当するRMT行為は容認出来ない派なのだろう。


 なにしろ正義感に溢れていると見受けられるからな。


 それが信頼であり人望だ。そうでなければユキも、この男が束ねるギルド、アンデルセンには入っていなかっただろう。


 ならば、不本意ではあるが敢えて……

「先程の方は1億で買いたいと提示してきていたのですが、どうして売っては駄目なのでしょうか?」


「それを答える前に、少し聞いていいかな?」


 何処までも優しそうな眼差しだ。やばい、中身オッサンなのにちょっと照れる。


「なんでしょうか?」

「君は、お兄ちゃんの事が好きかい?」


 何の関係があるのだと言いたい……が。言わずもがな大好きだ。世界で一番愛している俺の息子だからな。

 ――くっ、ユキの事を考えたからだろうか、何だか顔が火照ってきた気がするんだが。


「ユキも妹の君が大好きなんだよ」


 この場合、アラタの言う大好きとは、恋愛感情ではなく兄妹として好きか嫌いかだという事なのは分かる。


 だが……ユキが俺の事を大好きなんだよ、なんて言われたら、いや……お父さん、めっちゃ恥ずかしいだろがぁぁぁぁっ!


 ……もう顔を上げられねえ。


「ダイス権って知ってるかな?」


 ああ知っている。過去にやってたゲームにもあったシステムだからな。


 複数人でMOBを倒し、何かの武器や防具がドロップした時に、999面のダイスで抽選を行うシステムのことだ。


 ダイスは事前にルールも設定できる。

 例えば、装備できるプレイヤーが優先というルールだ。


 装備できるプレイヤーが一人だけなら確定入手となるが、

 戦利品が必要がなければ、ダイス権を放棄して他のプレイヤーに譲ることも出来る。


 装備できる者が居ない場合は、全員にダイス権が発生するが、アイテムボックスを圧迫するだけなので、全員がパスすることも多かった。


 ルールを設定しなくても、初期設定デフォルトとして、装備可能ジョブ優先が適応されている。


「はい。公式サイトでその辺のルールは勉強しています」

 と、言っておこう。


 このゲームの前身にあたる、スパークスをやってたから知ってるなんて言うと、中身年齢がバレてしまうからな。


 それに、俺が手に入れたSロッドとは、何の関係も無い話じゃないか。


「あの、アラタさん。ドロップしたのはあくまで宝箱であって、武器や防具とは限らないので、ダイス権は関係無いと思うのですが……」


「ミリアちゃん。名称にカラーが含まれている色付きカラード宝箱には、レア度は異なるけど必ず何かしらの武器が入っているんだよ。だから見た目は宝箱でも、武器に分類されているんだ」


「――えっ⁉」


「それとね。色によって武器種も決まってるんだよ。まぁ、大抵はCクラス武器なんだけどね」


 ま、まさか――

 くっ……うぐぐ……うっ……ううっ……


 目頭が熱くなってくる。


「ごめんね、泣かせるつもりじゃなかったんだよ」


 な、泣いてなんかいないんだからね! ぐすっ……。


「ううっ……ぐすっ、うっうっ……」


 なんて事だ……サブクラスがメイジ系のユキが、ダイス権を放棄しない限り、俺が激レアロッドを拾う事はなかったんだ。


 あの場にはユキと俺だけしか居なかったんだから、ユキがダイスをパスすれば当然、俺の確定ドロップになる。そう、確定だからダイスは振られない。


 ああ――答えはもっと単純だったんだ。俺の頭は、過去の無駄な知識で濁りきっていた……。


「ぐすっ……ぐすっ、うっ、ううっ……」


 プレゼントしたいが為に始めたネトゲで、逆に息子が俺にプレゼントしてくれたんじゃねぇか。


 それを俺は……さっさと売っ払おうだなんて……


 ――ちくしょう! 涙が止まんねえ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る