第10話:俺だけ不具合が発生してる模様



 アラタが俺に微笑む。


「[Fm:アラタ]何はともあれミリアちゃん。宿代はオレがもつからまずは宿屋に行こう。そこに冒険者の箱以外の荷物を預けて、十種類のアイテムを装備したら、チュートリアルクエストをきちんと最後までやろうね。全てはそこからだからね?」


 最早お子様扱いか……遊んでないで宿題やろうね、みたいな。

 面倒くさいけど、ここはイケメンの顔を立ててやるか……


 ――いや、ごめん。

 昔は廃課金の廃人ゲーマーだったとしても、今の俺は初心者ロリっ娘な訳だから、相手を下に見るのは良くないな。


 俺がロリっ娘だから説明口調で喋ってくれてるのに、それをウザいなんて思うこと自体が失礼っだった。


 イケメンの提案は正にイケメンだ……いやすまん、イケメン過ぎてイケメン以外の言葉が見付からなかった。

 この気遣い……まじ悔しい、惚れそう。


「[To:アラタ]有難うございますアラタさん。ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 俺の返答に笑顔で頷いたアラタは、俺の体を覆っていたマントをひるがえした。

 ううむ。レア品というだけあって、アラタの着ているプレートメイルはとても格好がいい。


 胴装備の付属品か、或いは後付けアクセサリーなのかは分からないが、この赤いマントが絶妙なファンタジー感を醸し出している。更に本人は性格までイケメンときているので文句の付け所が無い。


 ……それにしても、ここに集まってる大半の男性プレイヤーは、ロッドじゃなくて俺の裸が見たかったという事か?


 細部までリアルに再現されていると思えるVRだから、それこそ俺は変態男性どもの格好の餌食になってしまうところだったようだ。


 それと、初心者の俺なんかが激レアらしいロッドを拾っちゃったもんだから、集まっている民衆共には妬む気持ちも少なからずあったのかもしれない。


 世知辛く感じるゲームに価値など無い。

 こういう現状を知ってしまうと、昔やっていたようにガチャの当たり品をばら撒いてやりたくなる。


 だが……アラタのようないい奴が、マスターをやっているギルドだからこそ、ユキも所属しているのだろう。その点は安心だ。


 まあ……久しく眠っていた自慢厨が掻き立てられ、年甲斐もなく燥いでしまったのは事実だから、後々自責の念に駆られようというもの。


 アラタの方へと向き直った俺は、無意識に「ミリア反省」と言ってから頭をコツン。


 アラタは微笑んで、「じゃあ、行こうかミリアちゃん」と、優しく俺の肩に手を乗せた。


 すると、観衆の中から申し訳なさそうな表情の少年が進み出てきた。


「ぼ、僕は、この子の裸が見たかったんじゃないよ。まさかこの子が、初期装備も付けていないとは思ってなかったんだよ」


 ……いや、騙されては駄目だ。

 アバターこそ年端もいかない少年だが、中身は陰湿そうなオッサンという可能性だってある。同じオッサンでも、俺は陰湿じゃないけどな。


 別の一人も進み出る。


「俺たちもそうだ。いくらなんでもチュートリアルも終わらせていないプレイヤーが、Sロッドを拾うなんて思わないだろ」


 ううむ、この男のアバターも、誠実そうな好青年にしか見えないな。

 ……まあ、男性プレイヤーが全員変態だとは限らないからな。


 これは一括りに変態と決めつけるのは間違いだったかもしれない。中にはこうやってきちんと申告するプレイヤーも居る。


 それに、本当に変態なら、異性アバター作って自分の裸を鑑賞すれば済む訳だし……。

 ――いや、俺は違うからな! ロリっ娘アバターだけど。


 そこへ、一人の女性プレイヤーが進み出てきた。

「この子ってさ、チュートリアルをスキップしたって事だよね。そもそもだけどさ、スキップするプレイヤーが居ること自体信じらんない」


 周りにいる観衆も、女性の意見にうんうんと頷く。


 これは……ごもっともな意見という事か。

 ……くっ。


 俺が調子に乗りすぎて、勝手に彼らを加害者に認定していたようだ。

 すまない……ううっ、な、泣きそうだ。


 ――咄嗟に俺は、深く頭を下げる。


「皆さん。ロッドを見せられなくてごめんなさい! チュートリアルもやってなくてごめんなさい!」

 変な妄想してたのは俺だ。俺が変態でした、ごめんなさい!


 すると観衆は、それぞれ手を横に振り、「いいんだよ」とか、「気にすんな」とか、「それより早くチュートリアルやってきな」とか、「今度会った時にでも見せてね」とか口々に言い、その場を去って行った。


 なんて優しい世界。益々泣きそう。



 ……涙を拭っていると、ふっ、と、新たな疑問が浮かんだ。


 何故なら、このゲームは『CEROーC』だからだ。

 これは十五歳以上を対象としているレーティング設定だが、法的拘束力は無く、年齢に達していなくとも、保護者が許可すればプレイ可能というものだ。


 分かり易く例えると、

「ねぇお母さん、このゲームやっていい?」

「いいわよ。ただし宿題をすませてからね」

 くらいの感覚でプレイする事が可能というものだ。要するに、かなり緩い規制なのだ。


 だが、ここまでリアルな外見と質感を有するアバターなら、近年新たに制定された、『RZ18』という、年齢証明が必須で、法的拘束力のある18禁規制にしなければ、色々と問題が出てくる筈なのだ。


 うむむ……


「[Fm:アラタ]大丈夫かい、ミリアちゃん?」

「[To:アラタ]あの……アラタさん。実は私、リアルではユキの妹ではなく弟なんです」


 するとアラタは、すぐに俺の頭を撫でてきた。

「[Fm:アラタ]このゲームは現実と同じ性別でしかキャラクターは作れないから、騙されないぞミリアちゃん。あははっ」


 ――遠回しに確認してみたが、やはりそうなのか……


 ユキが男性キャラで登録している事自体がおかしいと気付くべきだった。

 異性が選べるのなら、ユキは男の娘なんて回りくどい方法ではなく、直接女性キャラで登録している筈だから……選べなかったというのが正解だったんだ。


 という事は、このゲームで異性アバター作ってるのは俺しか居ないのか?


 ……いや、恐らくそういう事なんだろう。


 CEROーCというレーティング設定である事を考えれば、同性アバターしか作れないというのは納得できる。


 このゲームは、レーティング設定の枠内で、とことんリアリティを追求しているという事だ……。


 問題は、三十代も終わろうとしている俺が、何故に金髪ストレートロングのロリっ娘で登録出来たのか。


 ――これは十八年前に誕生したガチャの神伝説が絡んでいるのかもしれない……。


 このゲームを運営している『エイツプレイス』は、過去に『スパークス』というアクション性の高さが定評の、オンラインMMORPGを提供していた。


 そう、俺がガチャをぶん回していたネトゲだ。

 当時俺がプレイしていたキャラ名は、今と同じ『ミリア・ルクスフロー』だった。

 そしてエイツプレイスにとってのミリア・ルクスフローは『神』なのだ。


『何処より現れたる神が、ガチャと共に我らに繁栄をもたらさん』

 そういう言い伝えが有るとか無いとか。


 まあ……あれだけガチャを回していればそうなるわな。


 ――だが、運営が俺を特定する事は出来ない筈なんだ!


 ここで、俺がこのゲームでガチャを購入する時に述べた、DNA認証システムについて詳しく説明する。


 DNA認証システムとは、DNAスキャナーと呼ばれる、腕時計型のウェアラブル端末でDNAをスキャンし、本人であることを「随時」保証するシステムの事だ。

 瞬時にスキャンできるDNAスキャナーにより、本人確認が瞬時に行える。


 なので、エイツプレイスに登録されるのは、15桁の英数字で構成された『DNAナンバー』だけだ。


 住所、氏名、年齢といった個人情報は、手続きに必要ない。

 生きている本人が装着しなければ反応しない「DNAスキャナー」がある限り、DNAナンバーのみ使っての、なりすまし行為も不可能だ。


 昔と違って現在では、いくら運営の人間だとしても、訴訟が絡むような問題をプレイヤーが起こさない限り、国が管理しているプレイヤー本人の個人情報を知る術は無い。


 最先端のAIに質問したとしても『ハッキングは事実上不可能である』との回答が出るので、本人が教えない限り、個人情報は漏洩しない筈なんだ。


 だとすれば、エイツプレイスの現取締役本部長である元妻の莉佳りかが絡んでいる可能性も浮上してくるが、それも有り得ない。


 元妻だとしても、俺の個人データを営利目的で利用するのは、法律にも触れるからだ。


 このゲームでも俺は『ミリア・ルクスフロー』だが、ミリアの部分はキャラクターネームで、ルクスフローというのはアカウントネームだ。

 両方足してフルネームとでも考えればいい。


 そして、キャラクターネームに関しては他人との重複は可能だが、アカウントネームに限って、「他人との重複は不可」となっている。


 ……という事は、十七年前に削除したはずのゲームアカウントが生きている?

 いやいや、それも絶対にあり得ない。


 何故なら、莉佳が祐希を身ごもった事を知った俺は、大勢のガチャバイトが見守る中でネトゲの引退式を行ったのだが、引退式のフィナーレは、『全てのゲームアカウントの削除』だったからだ。


 それが全て、無かった事になる筈がない。


 それに、ルクスフローというアカウントネームで登録できた事自体、他に同じアカウントネームが存在していなかった事を証明している。


 ううむ……。

 これは、どう考えてもデータの読み込みミスとか、そういった不具合のたぐいなのだろう……。


 ――いや待て……。

 ああ――もっと大事なことを忘れていた。


 ――何でユキは、俺が少女アバターを作成している時に、何も言わなかったんだろうか。


 ユキの真似をして男の娘アバター作ってると思ったのか?

 

 ――いや待て。そもそもだが……


 このゲームにログインしてからのユキとの会話を、思い出せば思い出す程、ユキが俺のゲームアバターを、最初から女の子として認識していたのは間違いないという事実に行き着いてしまう。


 だとすれば、異性キャラは作れないと知っている上で、黙認していたという事か……。


 だが……何だ、この違和感は。










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