第9話:オフ会に絶対行けない設定



 クエストを中断し、中央広場のポータルに帰還した途端に声が掛かる。


「やあ、おかえり。随分早かったけど、チュートリアルクエストはちゃんと終わったのかい?」


 ――む?

 さっきのイケメンじゃないか。冗談では無く本当に待っていたのか。


 いくらお節介なイケメンでも、ロリっ娘へのストーカー行為として運営に通報するぞ。


 だが、俺の中身はオッサンなので、ここはちょっと我慢しよう。それこそ大人げないからな。


「いえ、リアルで急用が出来ましたので、ログアウトする為にクエストを中断しました」

 リアルで息子をハグする為に、一旦ログアウトするなんて言えない。言えるわけがない。


「そうなんだ。チュートリアルクエストが終わったら色々と教えてあげるつもりだったけど残念。じゃあユキにはオレから伝えておくよ」


 ――なっ!?

「あ、あの……もしかして、ユキと知り合いなのですか?」


 すると、イケメンがクリスタルブルーの髪を掻き上げながら微笑んだ。

「ごめん、自己紹介が遅れたね。オレはアンデルセンっていうギルドのマスターをやってる、アラタっていう者……」

「――それを先に言えやっ! あ、失礼しました……アラタさんですね。わ、私はミリアといいます」


 くっ、やべえ。もしかしたら俺の素性をユキから聞いているのかも……いや、このイケメンの口ぶりから察するに、俺の中身が自分より年上のオッサンだと分かっているのなら、こんな甘ったるい喋り方はしない筈だ。


「じゃあミリアちゃん。ログアウトする前にフレンド登録いいかな?」


『ちゃん』付けだと? 完全にお子様扱いだな。


 だが、このイケメンマスターが、どういう経緯で俺の前に現れたのか、そして、ユキが俺の事をどう説明してるかが分からない。


『[システム]アラタさんからフレンド申請が来ています。フレンドを承認しますか?』


 ユキが絡んでいる事は確かなので、迷わずYESを選択。


『[システム]アラタさんとフレンドになりました』


「フレンド登録ありがとう、ミリアちゃん」

「い、いえ、こちらこそ」

 ちゃん付けで呼ばれるのは流石にムズ痒い。


 それよりもだ。

 むむむむむ……俺がログアウトした瞬間にアラタは、「ミリアちゃんログアウトしたよ」という旨の個人トークをユキに飛ばすだろう。


 そうなるとユキの事だ。ソッコーで自分もログアウトして、俺の至福のハグを断固拒否するに違いない。ちくしょうっイケメンめ。


「ログアウトするのは止めます」

「え、急用があるんじゃなかったのかい?」


 だって、ハグできないなら、ログアウトする意味ないじゃん。

 ……なんて言えない。


「たった今、用事はキャンセルになりましたので」

「そうなんだ……」

「では、これで失礼します」

「待って、ミリアちゃん。これから何をする予定なんだい?」


 ……うーむ。

 アイテムボックスを空にしなければチュートリアルクエストは進められないが、初心者の場合、アイテムを預けられる個人倉庫へは、宿屋からしかアクセス出来ない。


 ……だが、今の俺には宿代さえ無い。


 ガチャを開けるにしても、アイテムボックスに冒険者の箱まで追加されたので、7個までしか開けられないが、7個だけだと全部ハズレの可能性が高いので、宿代が稼げるとも限らない。


 不本意ではあるが、課金でアイテムボックス枠を五百枠拡張してやるか。

 1枠で五千円分のスパークコインが必要だから、五百枠だとニ百五十万円になるが仕方ない。


 何はともあれ、当たり品をプレイヤーズマーケットで売り捌いて、ゲームマネーを稼ぐ事が先決だからな。


「[Fm:アラタ]ちょっと個人トーク失礼するね。もしかしてミリアちゃんは、チュートリアルが進められなくて戻ってきたのかな?」


 む、個人トークだと?


 ……ふぅむ。一般トークは現実世界の会話と同じく、余程小声で喋らない限り、近くの人達にも聞こえてしまう。


 という事は、なんだか混み合っているこの状況を見て判断しているのだろう。


 俺の中身的には、俺の耳に口を寄せて小声で喋ってくれても構わないのだが、いくらコイツがイケメンとはいえ、部外者から見れば、ロリっ娘に耳打ちしている不審者という構図だからな。


 まぁ、俺は美少女な訳だから、このアラタというイケメンマスターは、その辺の配慮は心得ているという事だな。


 それにしても、このイケメンがそこそこ有名なのか、いつの間にか俺達の周りに人だかりが出来ている。


「[To:アラタ]もしかしてアラタさん。私がチュートリアルを進められない事を、最初から知っていたのに黙ってたんですか?」


「[Fm:アラタ]ごめん。実は、ユキからミリアちゃんの好きなようにさせてあげてって言われてたんだよ。だけどさ、ミリアちゃんがS武器を取得したというテロップが流れてたから、流石に放っておけなくて声を掛けたんだ」


 まさかとは思っていたが、このゲームはレアを拾った奴を、テロップでプレイヤー全員に晒すシステムが採用されているという事だな。


「[To:アラタ]あの……アラタさん。私の事は、ユキからどういった説明をされているのでしょうか?」


 イケメンが微笑む。


「[Fm:アラタ]心配しなくても大丈夫だよ。リアルではミリアちゃんがユキの妹だって事を、オレからは絶対に他言しないから。どうやらユキは、他のプレイヤーに教える判断は、ミリアちゃんに任せるみたいだよ。ユキは良いお兄ちゃんだね」


 ――なっ!? い、妹だと!?

 リアルでは俺が妹って……いやいやいやいや。


 いくらなんでも実の父親捕まえて、リアルでは妹なんです設定は無いだろユキ。

 せめてお姉ちゃんくらいにしといて欲しかった……。いや、このロリっ娘アバターでお姉ちゃん設定にも無理があるな……。


 だが、そういうのは登録する前に言っておいて欲しかった。それなりのお姉さんアバターだって作れたんだから。

 それに、ユキが望むのなら、イケメンなお父さんアバターでも……


 うぅーむむ、いずれにせよ、オフ会に誘われても絶対行けない設定なのだが……くっ、仕方ない。こうなったら話を合わせるしかない。


 だってお父さん、世界中の人に嫌われたとしても、ユキにだけは嫌われたくないからな。


 よし、とくと見よアラタ。この妹スマイルをな。


「[To:アラタ]お、お兄ちゃんが大変お世話になってます」

「[Fm:アラタ]ミリアちゃんって礼儀正しくていい子なんだね」


 ――くっ。中身はオッサンなので、いい子なんて言われるのは滅茶苦茶恥ずかしい。


「[To:アラタ]と、ところでアラタさん。このゲームって随分人が多いんですね」

「[Fm:アラタ]いや、普段だとバドポートはここまで混み合うことはないよ。ここに居るほとんどのプレイヤーは、恐らくミリアちゃんが入手したS武器を見たくて集まってるんじゃないかな」


 成る程。これが晒しテロップ効果か。

 レアドロ情報をオープンにする事によって、プレイヤー全体のモチベーションを促しているのだろう。


 ふぅむ。自慢厨にとってはこの上なく嬉しいシステムだな。

 ……うむ。こんなに人が多いと、元自慢厨の血が騒ぐではないか。


 くっくっくっくっくっ……いいだろう皆の者。この麗しきロリっ娘を、とくと堪能するがよい。


「みなさーん! 私のレアロッドを見たいですかー?」

 おっと、思わず叫んでしまったではないか。まぁ、思わずではないんだがな。


 俺達を取り囲んでいる観衆達に歓喜の表情が浮かんだ。

 ああ――嘗て課金ガチャに物を言わせてブイブイやってた頃の記憶が蘇るようだ――


 更に俺が、どうなんですか? と、言わんばかりに可愛らしく首を傾げると、観衆達から一斉に声が上がった。


「「「「「見たぁーい!」」」」」


 うむうむ、そうだろうそうだろう。

 ちょっとテンション上がってしまったが、ここは乙女チックにいこうではないか。


「じゃあ今、装備してあげるからね?」にこっ。


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!!!」」」」」

 まるで地響きのような歓声が上がった。


「ストーップ! ミリアちゃん待って!」

 アラタが俺の身体を、自分が羽織っているマントで覆いながら叫んだ。


 すると一斉にブーイングの嵐が巻き起こる。

 当然だ。みんなが見たいと望んでいるのに、それをアラタが遮ったのだからな。

 人の楽しみを奪うとか、なんて事してくれてんだこのイケメンは。


 直後、アラタが観衆に対して厳しい眼を向ける。

 なにやら穏やかならぬ表情だが……。


 その表情のまま声を張り上げた。

「お前ら! 何も知らない初心者をBANさせたいのか!」


 ――いや待てアラタ。俺がBANされるとか一体何を言っている。それとも頭のおかしい奴だったのか?


 いやいや、頭のおかしい奴のギルドに、ユキが入る筈がない。


 だが……ほらほら、いきなり大声出すから民衆もビビってる様子じゃないか。イケメンに怒られると、敗北感が半端ないものなんだぞ。


「[Fm:アラタ]ごめんミリアちゃん、先に言っておけばよかったね。ここでそれを装備すると、公序良俗違反でアカウントをBANされちゃうから駄目なんだよ」


 なにそのアブナイ用語。

「[To:アラタ]な、なんですか、装備するとBANされるとか意味が分かりませんけど?」

「[Fm:アラタ]ミリアちゃん、いいかい? ロッドのような特定のクラス専用武器を装備すると、初期コスチュームはクリアされちゃうんだよ」


 ……うん? いや、よく分からん。

「[To:アラタ]え……と……イマイチ意味が分からないんですけど?」


「[Fm:アラタ]初期アバターは服を着た状態で反映されているけど、それはあくまで仮の服装なんだよ。実際は何も装備していない状態だという事は分かるかな?」


 うむ、確かに今は何も装備していない。

「[To:アラタ]……えっと……という事は……」

「[Fm:アラタ]うん。だからこそ、チュートリアルクエストでもらえる十種類の初期装備が重要って事なんだよ」


 ――アイテムボックスの拡張枠だけで無く、更に初期装備という伏線まで張ってあったという事だな。


「[To:アラタ]そうなんですねアラタさん。仮に、ロッドを装備してしまった場合、どういう状態で反映されるのしょうか?」

 まぁ、下着姿という事なのだろう。


「[Fm:アラタ]当然だけど、素っ裸でロッドだけ持ってる状態だね」


 ――うっは! 何だよそのトラップは!

 それに素っ裸っておかしいだろ。下着はどこいったんだ?


 だが、そこまでリアルにこだわってるVRって事は、人体の細部、要するに隅々まで再現されていると確信できる。


 それこそ起こり得る事態を想定、あるいはテストを繰り返してプログラミングしている筈だから、素っ裸になってしまうのは不具合ではなく仕様だという事だ。


 そうなると、下着は装備品とセットになっているのだと思われる。

 恐らく、腰防具とパンティ。そして胴防具とブラジャーがセットなのだろう。絶対後で確認しよう。


 然し、ふぅむ……開発陣がチュートリアルクエストを消化させたがっている理由はこれだったのか。


 ……でも、素っ裸になってしまうとか、ツッコミどころが満載な仕様ではないか。

 それと、素っ裸になってBANされた奴が既に居るという事なのか。


 相当に面倒くさがりのバカだなソイツ……あっ。


「[Fm:アラタ]ミリアちゃんが、ここで装備するって言い出した時は焦ったよ」

「[To:アラタ]で、でも、おかしくないですかその仕様。だって普通、武器を入手したら装備しちゃいますよね?」


 アラタが驚いたような顔をする。


「[Fm:アラタ]え、武器を入手すると、システムログに注意事項が赤い文字で表示されるはずだけど……あ、そうか。ミリアちゃんって、かなりのうっかりさんだったね」


 くっ――取説全く読まない主義が祟ったか!


 ……いや。そもそも入手した直後にユキから個人トークが飛んできたから、

 システムログなんて見る余裕なかったな。






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