第8話:まるでアトラクション
ふぅむ。
表情豊かというか、感情表現まで反映されるというのは、凄い技術だとしか言いようがないな。
おっと、イケメンが再び口を開こうとしているではないか。
この手の輩は自慢に拍車をかけてくるのは明白だ。
なので間髪入れず、
「――ところで、アイテムボックス枠を増やすクエストとか、あったりするのですか?」
と、本題に入っておこう。
小首を傾げる仕草も忘れてはいない。これで自慢話への歯止めは掛かっただろう。
残念だったな小僧。可愛らしい仕草を嘗て極めている中身オッサン少女を舐めるなよ。
「え? 君、もしかして、チュートリアルクエストをまだやってないの?」
このイケメン、今度は信じられないといった表情になりやがった。
うむむ? これは予想外の表情だが、バグってはいないよな。
……チュートリアルクエスト。それはオープニングムービーにオマケのように付いてくるクエストだ。
大抵が移動方法とか攻撃方法を解説に沿って行い、「大変良く出来ました~」なんて、お姉さん的なNPCに褒められて終わるやつだ。
それをやってないと分かった途端に、こんな顔になるという事はだな……
恐らくだが、取説的なチュートリアルクエストに、冒険者に必須とも言える、アイテムボックス枠の獲得を織り交ぜているという事だろう……。
なんて面倒くさいんだ。ユキのマイルームへの道のりが遠のいてしまうじゃないか。
だが……運営は余程オープニングムービーを見せたいのだろう。
まぁ、オープニングムービーは制作側にとって、「ツカミ」な部分でもあるからな。
それをスキップされるのは不本意なので、オープニングムービーとチュートリアルクエストを抱き合わせる形にして、アイテムボックスという人質まで取ったに違いない。
「チュートリアルクエストはスキップしてしまいました。えへへ」
今はロリっ娘だからな。えへへ。
「うっかりしちゃったのかな?」
「そ、そうなんです。ついつい……」
思いっ切りスキップしたけどな。えへへ。
「あはは、君ってうっかりさんなんだね。でも大丈夫だよ、あそこに立ってるNPC(お姉さん)に話しかければ、もう一度チュートリアル受けられるからさ。ただし、チュートリアルはオープニングムービーとセットだから、もう一度オープニングムービーを見る事になるけどね」
やはり俺の予想は正しかったようだが、オープニングだろうがチュートリアルだろうが、どっちもすっ飛ばしてるので、もう一度もなにもなかった。
わはははは……えへへ。
それにしてもコイツは、勝手に俺が思い描いた、只の自慢厨ではないらしい。
すぐにお姉さんNPCの前まで駆けて行って「こっちこっちー」などと手招きをしている。最早ウザい。
だが折角の厚意だ。俺は手招きされるまま、とことこ歩いて行き、お姉さんNPCの前まで辿り着くと、可愛らしく微笑んでから口を開いた。
「どうもご親切に有難うございました。では、早速受け直しますので、私はこれで失礼します」
再びにっこり。そしてぺこり。
「オレ、君がムービーとチュートリアルが終わるまで待っててあげるから、心配しないで行っといでよ」
――ああ、親切なんだろうけどウゼー。
待ってるとか言ってるけど、大きなお世話って言葉を知らないのかな、このイケメンは。
いや、まぁ、俺のアバターが可愛すぎるのがいけないんだと思う事にしよう。
もしもチュートリアル終わっても、俺に付きまとってくるようなら、それこそストーカー行為として運営に通報すれば済むだけの話だからな。
イケメンだとしても、ストーカー行為は規約違反。BAN対象なんだからねっ!
よし、お姉さんに話しかけよう。
「あのぉ、チュートリアルクエストを受け直したいのですが……」
NPCのお姉さんが白い歯を見せる。
「はぁ~い、冒険者さん。こちらで受け付けまぁ~す」
ああ――NPCまで表情が豊かだ。思わずにっこりと微笑みを返す俺。
◇
お姉さんに話し掛けた俺は、ゲーム開始時に映っていた、何も無い空間へ転送された。
すると間もなく、空中に半透明なキーボードが現れる。
うむ、勿論だがこのキーボードを見るのは二度目だ。
白い手袋をはめた両手も現れたので、ESCキーに手を伸ばしておこう……いや、待てよ?
先程のイケメンの、「もう一度オープニングムービーを見る事になるけどね」という言葉が、妙に引っかかる。
二度目なのだから、大手を振ってESCキーでスキップすればいいだけの話だが、そういう概念が無いように思えるセリフだったからだ。
それに、気が回るタイプのイケメンだったので、
「二度目なんだから、オープニングはESCキーでスキップしちゃいなよ」とか、付け加えてくるだろうと予想していたというのもある。
……ううむ。気になるので、試しにオープニングムービーはスキップしないでおこう。
◇
『ようこそ。スパーク・オン・ファイアの世界へ』
うむ。ようこその部分だけ二度目だな……おや、何か文字が浮かんだぞ。
『雲に乗って空を巡る:Sキー』
『ドラゴンに乗って空を巡る:Dキー』
『ユニコーンに乗って大地を巡る:Yキー』
『自走式ベッドに寝転んで大地を巡る:Bキー』
……全部気になるんだが……。
まぁ、雲でいいか。俺は高所恐怖症じゃないからな。
Sキーをタッチすると、体全体がふわりと宙に浮くような感覚に襲われた。まるで無重力のようだ。
「うわわわ……」
間もなくしっかりとした重力を感じると共に、俺の全身が反映されたようだ。
うむ、全身の感覚がある。自分の顔は鏡でもなければ見えないが、首を動かして見る限り、手も足も体もちゃんとある。
――刹那――色とりどりの野花が揺れる草原、清らかに流れる小川、その先には広大な森林、彼方には連なる山脈――大自然の雄大な景色が視界に飛び込んできた。
――いやいや凄いぞこの演出。
感心していると、目の前に柔らかそうな質感の小さな雲が現れた。
透明な風防が付いていて、きちんと座席もある。もちろん一人乗りだ。
まるでオープンカーのような雲に乗り込んでみると、座席のシートは予想以上に柔らかく、座り心地は最高だ。
「ゴーゴー!」
テンション上がりまくりで思わず叫ぶ俺。
うはぁぁぁ――上昇していく! 加速も感じる!
――なんだこれは……俺が昔やってたゲームとは全く次元が違う。
見とれるほど美しい世界を、雲に乗ってヒューンと飛びながら見る……いや、見るというより、体全体で体感するオープニングムービー、これは最早アトラクションだ。
――眼下に広がる蒼碧の海には遥か彼方まで白波が列をなし――
――眼前に広がる紺碧の空には遥か彼方まで巻雲が筋を引く――
面倒くさいだけだと思っていたのに、いざ始まってみれば、いつまでもオープニングの世界を漂っていたいとさえ思えてくる……。
ムービーの長さは15分程度だったが、感動してる間に終わってしまった。
――ああ――俺がオープニングムービーもチュートリアルクエストもスキップして、さっさと広場に降り立った時、ユキが物凄く残念そうな顔をしていたのを思い出した。
――これを体験して欲しかったんだな……ごめんなユキ。お父さんはプレゼントの事しか頭になくて。
ゲームの中では、せめてもっと冷静かつ真剣に、息子の意図を汲んであげるべきだった。
◇
概念が更新されるほどの感動的なオープニングムービーが終わると、乗っていた雲は地面へと降りた。
このままチュートリアルに入るようだが、うむ、スキップは無しだ。
すると、先程のお姉さんNPCが現れ、こちらにお辞儀をしてきた。
ああ、この場面は覚えている。お姉さんがお辞儀しようとした所で、思いっ切りスキップしたからな。
でも今回はスキップしないので、俺もお辞儀しておこう。
ぺこぺこ。
「オープニングは楽しんでもらえたかな?」
どうやらテンプレのようなので、
「うむ。満足じゃ」
と、両手を腰に当て、大いにふんぞり返りながら返答をした。
まぁ、チュートリアルクエストは、他のプレイヤーに見られる訳でもないからな。ロリっ娘なのでユルシテ。
「うふふっ、随分とおませさんな女の子のようですね。それでは、おませで可愛らしい冒険者さん、チュートリアルクエストを始めてもいいかな?」
――なっ!? 相手の容姿や態度にまで反応するNPCなのか?
NPCを動かすAIまでリアルを追求しているということか。
だが、反応されたとしても、今更このスタンスを変えるつもりはない。負けたようで悔しいからな。
「うむ、よかろう。始めたまえ」
俺はふんぞり返ったまま返事をした。
――ピコン。
『[システム]冒険者の箱を入手しました。アイテムボックスを開いて使用してみましょう』
ん? チュートリアル開始で何かもらえた。
早速、アイテムボックスを開いて、冒険者の箱なる物を確認してみる。
『冒険者の箱:初心者用のメイン武器、サブ武器、頭防具、胴防具、腕防具、脚防具、靴……』
――え、なんだか種類が多いぞ。いや、まだある。
『……耳飾り、首飾り、指輪、以上十種のアイテムが入れられた箱。使用する事により一括で入手できます』
十種を一括とか、嫌な予感しかしない。取り敢えず『使用する』の場所に指先を持っていき、表示されている空間をツンツン……
『[システム]アイテムボックスに余裕が無いため使用する事が出来ません。スパークコインでアイテムボックス拡張パックを購入してください』
――やっぱりか、この商売上手めっ!
……いやいや、ちょっと落ち着け俺。
そもそも最初からスキップなんてしていなければ、手持ちが何もない状態なのだから、初期装備十種がピッタリとアイテムボックスに収まってたという訳だ。
うむむむむむ……なんだか全て裏目に出ているようだ。
スキップなんかしないで、心に余裕を持って望まねばならなかったって事だな。ちょっと反省だ。
このスパーク・オン・ファイアというゲームのジャンルはロールプレイングだ。
なので基盤となるストーリーがある。
オープニングムービーを通して世界観に触れておくことで、後々展開されていくメインストーリーに入り込みやすくなる。
――ああ俺は久しく忘れていた。構想されたゲーム世界に、思いを馳せていた時期があった事を。
はぁぁぁぁ~~……と、深いため息。
いずれにせよ、冒険者の箱が開けられない今の状態では、チュートリアルクエストは先に進めない。
……もしかしてユキのやつ、俺が面倒くさがり屋だと知っているから、さっさと広場に降り立った時、呆れて何も言わなかったのかな……。
こうなったら一旦ログアウトして、俺の隣でログインしてるユキ本体を、
「ごめんなー、お父さんがバカだったー」なんて反省の言葉を掛けながらハグしておくか……。
――そうと決まれば退散退散。ハグだハグ。
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